第37話 『女王の雨宿り』
雨脚は強まり、雨粒は墓石を叩き、地面に無数の水たまりを作っていた。
墓地の一角にある東屋では今、クローディアとイライアスが屋根の下で雨宿りをしている。
「ほら。これで体を拭きなさい」
そう言うとクローディアは自分用に持ってきていた柔らかな手拭いをイライアスに手渡した。
すっかりずぶ濡れとなっているイライアスは黙ってそれを受け取ると、顔や髪を拭う。
クローディアは長椅子に腰掛けながらその様子を静かに見つめていた。
「ひどい顔しているわよ。色男さん」
「……みっともないところを見られてしまったな」
「そうね。けど、誰だってそういう時はあるんじゃない?」
そう言うクローディアにイライアスはしばし黙り込んだ。
いつもは多弁なイライアスが口をつぐむ様子に居心地の悪さを感じ、クローディアは思わず自分から声をかけていた。
「復讐……ワタシの知るあなたには似つかわしくない言葉ね」
「……聞かれたくない言葉を聞かれてしまったか。見苦しくて申し訳ない」
そう言うとイライアスはクローディアから2人分離れた同じ長椅子の端に腰を下ろした。
「君のことだ。俺の事はある程度知っているんだろう? 過去のことも含めて」
イライアスのその言葉にクローディアは観念したようにため息をつく。
そして取り繕うことはせずに言った。
「……ええ。けれどあなたの私的な部分まで知る権利はワタシにはなかったわ。ごめんなさい」
「勘違いしないでくれ。別に責める気はない。君には女王という立場がある。俺のことも調べて当然だ。そこに悪意はないことも分かっているさ」
幾分かいつもの調子を取り戻したイライアスはそう言うと、手拭いを首にかけた。
そして大きく息をつく。
そんな彼の様子を見つめながらクローディアは神妙な面持ちで言った。
「色々あったのね」
「ああ……大切な人を守れなかった。そのことをずっと後悔している」
「彼女のお墓にはよくお参りを?」
「お参りというより、俺が愚痴を吐きに来ているだけだから、ミアも迷惑しているかもな」
そう言うとイライアスは再びしばし黙り込んだ。
クローディアも口をつぐむ。
雨の音が2人を包み込んでいた。
少し話をしたことで先ほどのような気まずさは無く、クローディアはしばらく雨の音を聞いていた。
やがて少し雨脚が弱まり、雨の音が小さくなると、クローディアは口を開く。
「ワタシはあなたの人生に口出しをする権利はないけれど……何か言ってほしいことはあるかしら?」
その言葉に意表を突かれたようでイライアスは苦い笑みを浮かべながら言った。
「そういう時は元気付けるような言葉を何かしら選ぶべきじゃないのか?」
「だってワタシ、恋人を失った人にかけられる言葉なんて知らないもの……」
そう言うとクローディアは申し訳なさそうな顔をする。
その顔を見てイライアスは表情を緩めた。
「……そうだよな。何て言っていいかなんて分からないよな。気を遣わせてすまない」
そう言って立ち上がろうとするイライアスがいつもの笑顔を見せたので、クローディアは思わず彼の手を取って座らせた。
「取り繕わないでいいわよ。イライアス。何か慰めるようなことは言ってあげられないけれど、話を聞いてあげることは出来るわ。異国の女王になら何を言っても後くされないでしょ?」
「……クローディア」
「お墓に直接話しかけるよりは、話し甲斐があるんじゃない? ここなら誰にも見られないし、雨の音で誰にも聞かれないうちに話したら?」
手を放し、穏やかな表情でそう言うクローディアにイライアスは少しだけ目を伏せ、それから話し始めた。
「俺の恋人だったミアは平民だけど、貴族に対して媚びることのない子だった。俺とも対等に話してくれて、俺はそれが嬉しかったんだ」
イライアスはそれからゆっくりと語り出した。
ミアとの出会いから恋に落ちた日々のことを。
ミアの身を襲った数々の嫌がらせのことを。
そして……別れの日を。
「ミアが城壁の上から身を投げたその日、俺はマージョリーに抗議に行っている最中だったんだ。ミアとその家族に対する嫌がらせをすぐにやめるようにと。今でも思うよ。あの日に戻れたら……」
そう言うイライアスの顔は悲しみに歪むのだった。




