第33話 『女王の疑問』
「はしゃぎ過ぎです。クローディア」
夜会がお開きになり、控え室に戻ったクローディアにアーシュラは開口一番そう言った。
「ええ。あなたにはそう言われると思ったわ。さすがに大人気なかったわね」
そう言うクローディアも恥ずかしそうに自らの行いを反省している。
先程の夜会では、マージョリーに対抗するかのようにイライアスとの舞踏に身を投じたクローディア。
そのおかげで夜会はたいそう盛り上がった。
「会場の絶賛を浴びましたね。マージョリーからの反感も買うことになりましたが」
「そう言わないでよアーシュラ。自分でも後悔してるんだから。まあマージョリーの反感なんかはどうでもいいけどね」
そう言う主に嘆息してアーシュラは小言を打ち切った。
クローディアも慣れない異国の地での仕事で、色々と気苦労もあり、鬱憤も溜まるのだろう。
部下として、そして友としてあまり責め立てる気にはならなかった。
「明日は1日お休みですから、お仕事のことは忘れて羽を伸ばしますか」
「それはいいけど、あまり人の目には触れたくないわね。気疲れするし」
「ではお忍びでどこかに行きましょう。イライアス様に静かに過ごせる場所はないかと聞いておきます」
そう言ってくれるアーシュラの気持ちに感謝しつつ、クローディアは先ほどの舞踏を思い返す。
こちらからの唐突な誘いの後の激しい舞い。
イライアスはさぞかし困惑したことだろう。
それでも彼はすぐに順応し、笑顔で舞踏を終えた。
終わった後も文句一つ言ってこない。
(彼……決して取り乱さないわね)
クローディアがイライアスのその鉄仮面ぶりを少し気にするのは、彼の身に起きた悲劇をアーシュラから聞かされているからだ。
クローディアはぽつりと言葉を漏らす。
「イライアスはどんな気持ちでマージョリーと踊ったのかしら」
恋人を死に追いやったマージョリーに対して、相手を殺したいほど憎しみを抱いたとしても不思議ではない。
だが、あの時のイライアスはそんなことはおくびにも出さず、舞踏の相手女性をエスコートすることに徹する紳士の態度を見せた。
「ワタシが得られる情報は事実から出てくる客観的事象のみです。人の心の中までは分かりません」
アーシュラはそう言った。
彼女は正しい。
だがクローディアはイライアスの心が理解できないことがどうしても引っかかるのだ。
恋人を失って悲嘆にくれたイライアスは、どのようにして自らの心に折り合いをつけているのか。
それを知りたいという気持ちがクローディアの胸に少しずつ広がりつつある。
そしてクローディアはふと思い立った。
「明日の出かけ先の件、ワタシからイライアスに尋ねてみるわ。先程の一件も突然で驚かせてしまったから謝っておかないと」
「分かりました。ただ、後にしたほうがいいですよ。今はマージョリーがイライアス様にベッタリ貼り付いていますから」
そう言うアーシュラにクローディアはやれやれと息をついて肩をすくめるのだった。
☆☆☆☆☆
「イライアス様。何なのですか。あのクローディアの無礼な振る舞いは」
夜会が終わった後、着替えもせずにイライアスの控え室まで押しかけて来たのはマージョリーだ。
彼女は夜会の舞踏の主役をクローディアにすっかり奪われたことに憤慨していた。
それで我慢がならずにイライアスの元へ向かったのだ。
「マージョリー殿。落ち着いて下さい」
「いいえ。落ち着いていられません。何なのですか。あの傍若無人な振る舞いは。女性のほうから殿方の手を奪い取る様にして、はしたない。それにあれはとても舞踏と呼べるものではありません。まるで戦で暴れる蛮族のようでしたわ」
気性の激しいマージョリーがこうなると手を付けられないことはイライアスも知っていた。
だから一通り彼女の怒りを吐き出させ、イライアスは宥める役に徹する。
「イライアス様。大統領閣下の応援演説が無事に終わられましたら、早々にあの無礼な蛮族の女王を国に帰すべきです。そしてあまり今後は関わりになられないほうがよろしいですわ。あの無礼な女王はイライアス様に災いをもたらします。私はあなたのことが心配なのです」
そうまくし立てるマージョリーの話を10分以上に渡って丁寧に聞くと、イライアスはその顔に優しい笑みを浮かべたまま言った。
「マージョリー殿が私の身を案じて下さるのは大変にありがたいことです。ですが今宵はもう遅い。今日のところは私に免じて、どうかお引き下がり下さいませ。ご自宅まで私がお送りいたしますので」
イライアスが自分を気遣うその言葉にようやく満足したようで、マージョリーは大きく息をつく。
「分かりました。では私、着替えてまいりますので。でもイライアス様。あのような気品の欠片もない女王に決して御心を許さないで下さいましね」
言い含めるようにそう口にすると、マージョリーはようやくイライアスの控え室から出て行った。
(……気品がないのはどちらかな)
彼女の去っていた後の扉を見送るイライアスの目には揺るぎなく冷たい光が宿っている。
それは今、決してマージョリーの前では見せることのない冷徹な眼差しだった。




