第25話 『女王の出張』
金髪の女王ブリジットが子を産む2週間ほど前。
共和国大統領の息子であるイライアスは新都ダニアの本庁舎を訪れていた。
その応対をするのはいつも通り、銀髪の女王クローディアだ。
ブリジットが身重のため、重要な外交相手であるイライアスへの応対は、ここのところ全てクローディアが担っている。
そしてこの日、いつもの挨拶もそこそこにイライアスは話を切り出した。
「今日はあなたにお願いがあるんだ。クローディア」
「購入品目を増やして欲しいということかしら? あいにく無い袖は振れないわよ」
新都は急激に人が増えたため必要な物資も爆発的に増えて、その財政は徐々に逼迫しつつあった。
ダニアは元々、ブリジット率いる本家は商隊などを襲う略奪稼業で、クローディア率いる分家は王国に従属して戦稼業で食い扶持を得ていた。
現在はそうした仕事がないため、屈強なダニアの女たちは農耕や狩り・採集などで自給自足をしつつ、近隣の鉱山から取れる鉱石を共和国に買い取ってもらい財政をやりくりしている。
だが、このままでは苦しい。
「分かっているさ。俺はこの新都の後ろ盾を自任している。無理させて潰れてもらったのでは俺も困る。今回はそういう話じゃない」
そう言うとイライアスは後ろに控えている従者の双子姉妹から一枚の紙を受け取った。
イライアスはそれを机の上に置き、クローディアに見せる。
「大統領選挙……」
それは共和国の大統領を決める4年に一度の選挙についての広報紙だった。
王族が支配する王国や、大公が統治する公国とは違い、共和国は国民の投票によってその国の指導者を決める選挙制を敷いている。
この大陸では先進的な制度だ。
イライアスの父である現在の大統領はすでに2期目であり、合計で8年になる任期を終えようとしている。
そして3期目の当選をかけて立候補済みであり、居並ぶ他の候補らとの熾烈な選挙戦を繰り広げていた。
国民による運命の投票日は2週間後に迫っている。
「単刀直入に言うと、あなたに父の選挙戦の応援演説をしてもらいたい。クローディア」
紙面に見入るクローディアにイライアスはそう言ったが、彼女は驚かなかった。
大統領選挙があることや、イライアスの父が再選を目指して立候補していることは以前から知っている。
何かしらその手伝いを頼まれることはあるだろうとクローディアは予想していた。
そしてイライアスからこの新都の支援を受けている以上、彼の頼みを断ることは出来なかった。
もちろん気乗りはしないが。
「ええ。そういうことならお手伝いさせていただくわ。もしかして明日にも出発したほうがいいかしら?」
「話が早くて助かる。明朝出発したい。護衛や同行者の選定はお任せする。急な話で申し訳ない」
そう言うとイライアスは今夜宿泊する迎賓館へと引き上げて行った。
部屋にはクローディアと、影のように付き従う秘書官のアーシュラのみが残される。
「演説ならばクローディアの得意とするところですね」
いつも通り真面目な顔でそう言うアーシュラに、クローディアは肩をすくめた。
「やめてよ。正直、会ったこともない大統領の何を応援すればいいのか困るわ」
「2週間でしたら、戻って来る頃にちょうどブリジットがご出産されているかもしれませんね」
「そうね。間に合うといいけど。それよりアーシュラ、オーレリアを呼んで。出張の同行者を選定するから。あまり大人数でないほうがいいわ」
「かしこまりました」
そう言うとアーシュラは足音もなく1人部屋を後にした。
(残酷な立ち位置だ)
アーシュラは内心でそう思いながら、本庁舎の廊下を足早に進んでいく。
ブリジットの情夫であるボルドに横恋慕し、恋敗れたクローディア。
彼女はその後も友人としてブリジットやボルドと接している。
ボルドへの想いは時間の経過と共に徐々に薄れているだろう。
しかしブリジットとボルドの夫婦が仲睦まじく子を成す様を目の当たりにして、クローディアも複雑なはずだ。
それでもクローディアは身重のブリジットの代わりに政務をこなし、一方でブリジットらへ贈り物をするなど心遣いは欠かしていない。
そうして自分を律し他人を気遣う主には、必ず幸せを掴んでほしい。
アーシュラはそう思うのだった。
この時のアーシュラはまだ知らない。
共和国への出張。
それがクローディアの運命を大きく変えることになるのを。




