第24話 『女王の娘』
「この10カ月。皆には心配をかけたな。皆が見守ってくれたおかげで無事に娘が生まれて来てくれた。第7代ブリジットとして皆には深く感謝している。礼を言うぞ」
ブリジットの私邸である金聖宮では彼女と親しい者らが招かれ、彼女が数日前に生んだ娘、プリシラのお披露目式が開かれていた。
小さな揺りかごの中では、まだこの世に生を受けて数日しか経っていない小さな赤子がスヤスヤと眠っている。
皆は代わる代わるプリシラの顔を覗き込んでいく。
まだ薄く生えている程度の髪の色は色素が薄く、これから成長と共に美しい金色になっていくことが窺えた。
未来の金髪の女王の姿に思いを馳せながら、愛らしいプリシラの姿に皆が嬉しそうに頬を緩ませている。
「まだブリジットに似ているかどうかは分からないな」
そう言うベラにシルビアは笑った。
「赤児の顔は生まれてから数ヶ月の間にすごく変わるのさ。アタシはブリジットがライラお嬢様としてこうして揺りかごに揺られていらした時のお顔を覚えているけれど、プリシラお嬢様もそっくりだわ。間違いなくブリジットに似たお美しい女性になられるでしょうね」
その話になるほどと頷くベラの隣では、ソニアがプリシラを凝視している。
その様子をブリジットとボルドは微笑ましく見つめた。
以前に自分もいつか子を産みたいと言っていたソニアは珍しく頬が緩んでいて、それを見たベラがプッと吹き出す。
「おいソニア。気持ち悪い顔になってるぞ」
「うるさい」
「イテッ!」
反射的にベラの頭を小突くソニアだが、2人のやり取りの物音に目が覚めたのか、プリシラが泣き始めた。
それを見たソニアがオロオロし始めてブリジットに視線を送る。
思わず笑い出しそうになるのを堪えながらブリジットは立ち上がり、揺りかごからプリシラを抱き上げた。
「よしよし。泣くなプリシラ。この者たちは母の友で、いつも騒がしいがとてもいい奴らだぞ」
そう言って優しげな視線を向けてくるブリジットにベラとソニアは思わず照れたように頭をかいた。
そしてブリジットはプリシラをあやしながら玉座に戻って腰をかける。
まだ産んだばかりでブリジット自身も安静が必要だが、実はこの場にはもう1人安静が必要な者がいた。
ボルドだ。
ブリジットの抱くプリシラを慈愛に満ちた目で見つめるのは父親であるボルドだが、彼はまだ我が子をその手に抱くことが出来ていない。
なぜなら彼は負傷しているからだ。
ブリジットが出産の際にボルドにしがみついたことで、彼は肋骨を3本骨折していた。
異常筋力による人並み外れた腕力を持つブリジットは、出産の最後の一踏ん張りで手加減をすることが出来ずにボルドに力いっぱい抱きついてしまったのだ。
すべてが終わった後、ボルドが脂汗をかいて青ざめているのを見たブリジットは、自分のしでかしてしまったことに愕然とした。
だがボルドは度重なるブリジットの謝罪に嫌な顔ひとつ見せずに、これはブリジットと共に戦った証であり、名誉の負傷だと言ったのだった。
「早くおまえにもプリシラを抱かせてやりたい。ボルド」
お披露目式が終わって皆が帰り、2人だけになった部屋でブリジットは申し訳無さそうにそう言う。
ホルドは指先でプリシラの頬を優しく撫でながら笑った。
「治ればこれからいくらでも抱けますから。それにこうしているだけで私は父として満たされるのです」
そう言うボルドはプリシラがギュッと握っている小さな左手に自分の人差し指を当てた。
するとその小さな手がキュッとボルドの人差し指を掴む。
まだ赤児ゆえ弱い力で、それでもプリシラは力を込めて指を握る。
それだけで自分はこの子に必要とされていると感じられ、何があってもこの幼き命を守っていくのだとボルドは思えるのだ。
それは父になれたからこそ知る喜びなのだろうとボルドは思う。
そして出産時にブリジットに強くしがみつかれて痛みを覚えたが、それでもボルドは幸せだった。
なぜなら彼女が本当に辛い時、真に大変な時にしがみつく相手は自分なのだと実感したからだ。
「ブリジット……ありがとうございます」
「……急にどうした?」
唐突なボルドの言葉に驚いて、ブリジットは目を瞬かせる。
そんな彼女にボルドは言った。
万感の思いを込めて。
「あなたがいなければ、あの日にあなたと出会わなければ、私は人を愛することも愛されることも、そして父になることも出来なかったでしょう。奴隷のまま一生を終えていたはずです。すべては……あなたがくださった幸せです。感謝してもしきれません」
「ボルド……それはアタシも同じことだ。おまえのおかげで今の幸せがある」
そう言うとブリジットはボルドに倣って自分も人差し指をプリシラの右手に当てた。
まだ目もあまりハッキリとは見えていないであろうプリシラは、それでも母の指をグッと掴む。
左右の手で父と母の指を掴む幼子を見下ろし、夫婦は微笑んだ。
女王も情夫も今は関係ない。
そこには、ただ一組の幸せな家族がいるのだった。




