第21話 『女王と情夫』
「何だか緊張して夕飯も風呂も上の空になってしまったぞ。ボルド」
「ええ。私もです」
夜。
ボルドはブリジットと共に寝室で顔を突き合わせていた。
こうして2人きりで夜を過ごすのは久しぶりだ。
ベッドの端に並んで腰をかける2人は、互いの手を取り合って見つめ合う。
「ボルド……ゆうべのこと、怒っていないか?」
「怒るなんてとんでもない。ブリジット。もうゆうべのことはお気になさらないで下さい。今はこの時を……ここにいる私のことだけを見つめて下さい」
ボルドがブリジットの罪悪感を和らげるために、あえてそうしてガラにもなく情熱的なことを言ってくれているのだと分かると、ブリジットは心が温まるのを感じた。
「ああ。それで……伽のことは?」
そのことは聞かなければならない。
こうして寝室で共に過ごす以上、それはあらかじめ確認しておかなければならないことなのだ。
ボルドはブリジットの手をしっかりと握り直すと、考え抜いてきたことを告げる。
「助産師さんやシルビアさんの話を聞いて、自分の頭の中でしっかりと考えをまとめました」
「聞こう」
「ブリジット。やはり……伽は無事に子が生まれるまで我慢しましょう」
その言葉は予想できたものなので、ブリジットは驚かずにボルドの話の続きを待つ。
「私もあなたと伽が出来ないことは辛い。ですが私たちの子供をこの世に迎え入れると決めたのは私たち自身です。ならば私たちには子供を無事にこの世に送り出す責任があります。そのために我慢することは……愛だと思います」
「愛……」
意外なその言葉に目を見開くブリジットにボルドは深く頷いた。
「気持ちをぶつけ合うばかりが愛じゃない。互いの未来のために一時を耐え忍ぶことも愛だと思います。ブリジット。私の考えは間違っておりますでしょうか」
そう言うボルドはどこか不安げでもあった。
おそらく考え抜いた結論であろうが、だからといってその考えが絶対的に正しいという安堵は彼の胸には無いのだ。
だが彼にいつまでもそんな顔をさせておくブリジットではない。
彼女は即答した。
「おまえの言う通りだ。今は……愛が試されている時なのだろう。ならば耐え抜いてやろうじゃないか。おまえと2人なら……それすらもきっと楽しく感じられるはずだ」
ブリジットは上気した顔でそう言った。
その言葉に緊張気味の笑みを浮かべてボルドは頷く。
だが、まだ彼は何かを言いたいようで、しかし恥ずかしそうに逡巡する。
そんな彼の様子にブリジットは首を傾げた。
「何だ? 言ってみろ」
「実は……この話には続きがあるのです。伽そのものは我慢すると申し上げましたが、それでも別の方法でブリジットをお慰めすることが出来ないか考えておりました」
それからボルドは恥ずかしさを堪えるように赤い顔で必死に話を続けた。
彼はシルビアからあることを聞いていた。
負担のかかる伽をせずとも、あの手この手でブリジットを楽しませればいい。
そういうことをしているダニアの妊婦は腐るほどいる、と。
それを聞いたブリジットは思わず顔を綻ばせ、堪え切れずに笑い出す。
「プッ……ハッハッハ! おまえがさっきから何やらモジモジしているのはそういうことか。シルビアに色々と吹き込まれたんだな」
「は、はい……シルビアさんが時を忘れてあまりにご熱心に語られるので、つい帰りが遅くなってしまいまして……」
なるほど、とブリジットは納得した。
そしてしたり顔でボルドに説明する。
「シルビアは今でこそああして老いているがな、若い頃はそれはそれはいい女だったそうだ。彼女を求めて他所から訪ねてくる男が絶えなかったらしいぞ。そしてシルビアはそういう男たちを片っ端から寝室に引きずり込んでいたらしい。夜の百人斬りなどと、ありがたくない二つ名まで持っていたそうだから相当なものだったんだろう。ボルド。なかなか良い相手に相談したな。ククク……」
そう言うとブリジットはひとしきり笑い、それからボルドの肩を抱き寄せてその額にそっと口づけをした。
「しかし、そういうことだったのか。アタシと子に負担をかけずとも方法はある。そんな簡単なことだが、こうして互いにきちんと意思確認をしないと、ままならないものだな。だがボルド。ひとつだけ間違っていることがあるぞ」
「何でしょ……んっ」
そう言いかけたボルドの唇をブリジットの唇が塞ぐ。
深く濃い接吻の後、潤んだ目をするボルドを見つめながらブリジットは言った。
「おまえがアタシを慰めるのではない。互いに慰め合うんだ。おまえだって欲求はたまるだろう? ならばそれを解消するのはアタシの役目だ」
そう言うとブリジットはボルドの夜着の首元をはだけさせ、彼の艶やかな素肌に指を這わせる。
ボルドも手を伸ばしてブリジットの美しい乳房に手をふれた。
「ブリジット……愛しています」
「ああ。アタシも愛している。ボルド」
この夜からブリジットとボルドは再び毎晩2人きりで寝室で眠るようになった。
そして毎夜のようにその指や唇で互いを慰め合い、愛を睦み合うのだ。
もちろん伽をしないという約束を、2人は子供が生まれるまで貫き通した。
それが愛の証だという誇りを胸に。