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第17話 『女王の苛立ち』

 妊婦となった女王ブリジットは、自分のお腹が少しずつふっくらとふくらみ始めたのを感じていた。

 安定期となり悪阻つわりも落ち着き、そうするとブリジットの心身に幸福感が満ちてくる。

 愛するボルドとの間に授かった子が、このふくらみつつあるお腹の中に確かに息づいているのだと思うと、今まで感じたことのない幸せが身の内からふつふつと込み上げてきて、血と共に全身を駆け巡っているかのようにすら感じられるのだ。

 それと同時にあることが気になるようになってきた。


「ボルド……」


 女王の妊娠中、夜伽よとぎは一切禁止になる。

 夜伽よとぎによって万が一、母子に何かがあってはいけないということから、助産師やシルビア、小姓こしょうたちからはひかえるように言われていた。

 だが、妊婦だからといって性欲が完全に無くなるわけではない。

 ボルドと肌を重ねたいという欲求は、お腹に彼の子を宿した今でも消えずに残っている。


 そしてブリジットも子供ではないのだからよく知っていた。

 妊娠中のダニアの女たちも、することはしているのだ。

 ただ自分だけが女王として世継ぎを産む体であるために、夜伽よとぎを禁じられている。

 禁じられているといってもそれは建前の話であり、夜に誰かが寝室を見張っているわけではない。


 禁じられているが、見咎みとがめられるようなことはない、ということなのだ。

 それにブリジットはボルドの気持ちが気にかかっていた。

 彼は優しく誠実な性格だ。

 ブリジットの身を案じて、その夜伽よとぎ禁止の慣習を愚直ぐちょくに守ろうとするだろう。


 だがボルドとて人間であり、男である。

 何ヶ月もご無沙汰ぶさたになれば悶々(もんもん)とした気持ちが腹の底にまってくるはずなのだ。

 ボルドは妊活中には食べたくないスズメバチまで食べて精力をつけてはげんでくれた。

 それを「妊娠したからもう不要」とばかりに相手にしなくなるのは、彼に対して忍びなかった。


 そんな勝手でボルドを悶々(もんもん)とさせるのは、彼の伴侶はんりょとしての自分の矜持きょうじが許さない。

 ゆえにブリジットはある夜、彼を寝室に誘った。

 妊婦となってからはシルビアが毎日のように付き添いとして同室に泊ってくれていたが、この日、彼女は持病の腰痛が悪化して自宅で寝込んでいる。

 シルビアには悪いが好機だとブリジットは思った。


「失礼いたします」


 おずおずと寝室を訪れたボルドはいつも通りに一礼する。


「いかがいたしましたか? ブリジット」


 そんなボルドのいつも通りの様子にブリジットは若干の苛立いらだちを覚えた。

 自分が求めていたボルドの表情や態度とは違ったからだ。


「いかがいたしましたか? ではない。ボルド。おまえは平気なのか? こんなにも離れ離れで毎夜眠って」

「いや、しかし……夜間にこうして寝室に通うこと自体が今ははばかられることなので……」

「ボルド。生真面目きまじめなのもいい加減にしろ。アタシはおまえの気持ちを聞いているんだ。今日は誰もいないぞ。アタシに対して何も思うことはないのか?」


 そう言われてボルドは一瞬言葉に詰まり、それからブリジットのふくらみ始めた腹部に目をやる。

 彼はブリジットの身を案じているのだ。

 その視線と表情だけでブリジットは彼の気持ちが分かってしまう。

 だからこそブリジットは苛立いらだちから吐き出す言葉を抑えられなかった。


「……もういい。下がれ」


 自分の口から出たその言葉が思いのほか冷たく、ブリジットは思わず胸が痛んだ。

 その言葉にボルドは頭を下げる。


「……失礼いたします」


 ボルドが出て言った後、ブリジットは思わず頭を抱えた。

 彼の目にほんの一瞬浮かんだ悲しみの色に、ブリジットは罪悪感を抑え切れずに拳を握り締める。


「……アタシって奴は」


 自分の身勝手な感情から愛する者にあんな顔をさせてしまったことに、ブリジットは深い後悔を覚えるのだった。

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