第13話 『女王の懐妊』
「ご懐妊の可能性が極めて高いです」
助産師の言葉に診察台の上のブリジットは歓喜の笑みを浮かべた。
来るべき時に月のものが来なくなり、そこから半月ほど経ったブリジットはある夜、いつもの食事前にふいに吐き気に襲われた。
前日まで何でもなかったはずの食べ物の匂いが急に気持ち悪く感じられたのだ。
そして微熱を伴う倦怠感を感じた彼女は助産師の診察を受けた。
これまで多くの女たちの妊娠から出産に携わってきた歴戦の助産師は、ブリジットに明らかな妊娠の兆候があることをすぐに見抜いた。
そして笑顔で祝福の言葉を告げた。
「おめでとうございます。新たなお世継ぎがお生まれになりますね」
「そうか……そうか!」
ブリジットは助産師の手を握って礼を言うと、診察台から降りた。
そして着替えを済ますと、隣の部屋で待つボルドの元へと急ぐ足がついつい駆け足になりがちで、助産師に諌められる。
「どうか慌てず。これからは常にお腹に御子がいるという意識でお過ごし下さい。御子はとても弱い存在なのです。とくに安定期に入るまでは絶対に御安静に」
助産師の言葉にブリジットは神妙な面持ちで頷くと、気持ちが急くのを必死に堪えて、ゆっくりとした歩調で隣の部屋に向かった。
隣の部屋では馴染みの小姓が2人、そして奥の里から連れて来た老女であるシルビアがその時を今か今かと待ち構えている。
だがブリジットが誰よりもこのことを伝えたいのは、彼女の情夫にしてお腹に宿りし子の父親であるボルドだった。
「ボルド! 子が……おまえとの子が宿ったぞ!」
扉を開けて開口一番そう言うと、張り詰めた表情でその報告を待っていたボルドが嬉しそうな泣きそうな表情でブリジットに歩み寄って来た。
「ブリジット……良かった。お体は……大丈夫なのですか?」
「ああ。しばらくは安静にしないといけないらしいが、大丈夫だ」
安堵と歓喜と幸福で唇を震わせながらボルドは、そっとブリジットの体を抱きしめる。
お腹を圧迫しないよう、まるで壊れもの扱うかのようなボルドの態度に苦笑し、ブリジットはボルドをグッと力強く抱きしめ返した。
「アタシとおまえの……子だ」
「はい。私たちの子ですね。2人で必ず大切に育てていきましょうね」
ボルドは思わずこみ上げる涙を堪えてブリジットの胸に顔を埋める。
そんなボルドの黒髪を優しく撫でるブリジットの視線の先では、部屋の中でボルドと共に待っていた小姓ら2人が珍しく歓喜に弾けるような笑顔を見せている。
そしてその後ろでは老女のシルビアが顔を両手で覆いながらむせび泣いていた。
ブリジットは思わず苦笑しながらシルビアに声をかける。
「シルビア。そんなに泣くな。涙が枯れてしまうぞ」
幼き頃から母代わりとなって育ててくれた乳母であるシルビアが大粒の涙を零しているのを見ると、ブリジットも思わず視界が涙で潤んでくる。
シルビアは声を絞り出す様に涙で震えながら言った。
「ああ……ああ……あのお小さかったライラお嬢様が……お子を授かるなんて。きっと……きっと天の国で先代もお喜び下さっておりますよ」
「シルビア……そうだな。おまえにはこの子のことも抱いてもらいたい。だからまだまだ長生きをしてもらわないと困るぞ」
「ええ……ええ……おかげでまだ10年は生きられそうです」
この日、ブリジットの懐妊の報は新都中を駆け巡った。
新たな命の誕生に新都は大きな高揚感に包まれたのだ。
新たな都に次代の女王が生まれる。
そのことに皆が新しい時代の到来を感じ取っていた。




