第10話 『女王の妊活』
女王ブリジットが妊娠を目指す意思を示してから、小姓らがボルドに出してくれる食事の内容が変わった。
朝昼晩と必ず食事の際に添え物の小鉢が一品増えたのだ。
その食材は……スズメバチだった。
成虫を油で揚げて塩で味付けしたものや、幼虫を甘い蜜で煮た甘露煮などだ。
スズメバチは精が付く食材として、ダニアの戦士たちも戦の前などに食べることがある。
だが……ボルドはその見た目と味が少々苦手だった。
奴隷だった頃、食事がまともに与えられないことがしばしばあり、空腹に耐えかねて昆虫を焼いたものを仕方なく食べた苦い記憶が、その味とともに甦ってくるからだ。
それでも小姓たちは容赦しなかった。
「ブリジットが健やかに1日でも早くご懐妊されるためには、情夫であるボルド様のいつも以上の献身的なお世話が必要になります」
「今は特別強化期間として、ボルド様にはしっかりと精をつけてもらい、ブリジットのご懐妊に向けて連夜のご奮闘を期待します」
小姓らにそう言われ、これもブリジットと自分、そしてダニアの将来のためと思い、ボルドは必死にスズメバチをかじるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「最近すごいな。ボルド……何だか以前よりも男っぽくなってきたぞ」
深夜。
ブリジットの仮住まいとなっている天幕では、この夜3度目となる夜伽を終えたばかりのブリジットとボルドが共に裸でベッドに横たわっていた。
「この調子だとすぐに妊娠しそうだ」
そう言って微笑むブリジットにボルドは思わず恥ずかしそうに顔を赤らめた。
小姓らの出してくれる食事のおかげか、昼夜を問わずボルドは精力が有り余っている状態だった。
日中はそれを解消するべく強めの運動をしようとすると、小姓らに止められるのだ。
体力は夜にとっておくように、と。
ボルドはひしひしと責任を感じていた。
ダニアにとって金髪の女王の系譜を残すことは至上命題だ。
ボルドはブリジットとの間に跡継ぎとなる子を成すことを周囲から期待されている。
自分はきちんと情夫の役目を果たさねばならないのだ。
そう思うとボルドは期待に応えたいという気持ちと……若干の息苦しさを覚えていた。
だが、彼のそんな気持ちを分からぬブリジットではない。
「小姓らのこと、悪く思わないでやってくれ」
「えっ?」
「あいつらも責務としておまえに期待をかけているんだ。ああして精の付くものばかり用意するのは、おまえが責任感に押し潰されて夜に奮い立てなくなることを心配してのことだろう。だけどな、ここだけの話だが……」
そう言うとブリジットはボルドを抱き寄せて小声で言った。
「ダニアの跡継ぎとか、アタシの情夫としてとか、そんなことは一切考えなくていい。アタシはそういうことでおまえに苦しい思いをしてほしくない。だから無理にがんばらなくていいんだ」
「ブリジット……」
「ただ1点、おまえが男としてアタシと子を成したいと思ってくれるなら、その気持ちだけでこうして伽をしてくれ。他のことは一切考えなくていい」
ブリジットは本来ならば女王としてそんなことを言うべきではないのだ。
一族のために子を成す責務を一身に背負っているのだから。
彼女こそ誰よりもそのことには責任と重圧を感じているはず。
それでもブリジットはボルドのことを一番に思って言ってくれるのだ。
「子は授かりものだ。そして必ず授かれると決まっているわけではない。自然に任せよう。だが、もし子を授かれなかったとしても何も案ずるな。アタシがおまえを守る。誰にもおまえを責めさせはしない。誓う」
「ブリジット……ありがとうございます」
ボルドはこの優しき女王の情夫となれたことを心から神に感謝した。
自然に任せよう。
彼女がそう言ってくれたことがボルドの波立つ心を鎮めてくれたのだった。
翌日から小姓らはブリジットに命じられ、スズメバチの小鉢を出さなくなった。
それでも2人は毎晩のように愛を睦み合った。
精力剤など必要ないのだ。
互いが互いを欲し、思い合う心こそが何よりの活力となり、やがて数ヶ月の後に……ブリジットは子を授かることとなったのだった。




