秘密というのはバレル物
人というのは凄く知的で賢い。
だからこそ対処に困ってしまう。
昼休みに遠江先輩に会ってから数日、あの時何があったのか理由を未だに聞けていない。
先輩一人の問題と言われたらそれまでだが、隠し事を知りたいと思ってしまうのは本能で、それ以上は考えなかった。
とにかく、早いうちに行動をしないといけないと感じた僕は
「まったく、うちの貴重な昼休みに屋上に呼び出して何かな」
「来てくれてありがとうございます、先輩」
昼休みの屋上。まだ強く照らしていない太陽の光を受け、僕は体をフェンスに預けながら暖かい春風を感じて声がするのを待っていた。
先輩の表情は怒りを表に出しながらも、どこか暗く憂いを帯びたような影がかかっていた。
本来ならこのシチュエーション、告白をするのが王道だろう。
だけど僕らにはそういうのは無い。それは明白でお互いに理由が分かっているから。
本来なら家で聞くべき事だろう。だが、それではいけない。
先輩がみんなに隠していることをわざわざ聞くのはお門違い。かといって先輩の部屋で話したとして、いつみんなに聞かれるのかわからない。
極力人の耳に入らない場所がいいだろう。
ならば学校という場所が最適解だ。
人が多い場所だが、逆に各々が会話に夢中に聞いている人は少ない。
もっとも、学校には人がいない場所が生まれる。
そこであれば安全であるはず。
「はぁ、それで紡は何でうちを呼んだの」
先輩は嘆息し、わざとらしく肩を落とし、わざとらしく言葉を吐いた。
逃げ場はないけど触れてほしくない。そんな感じがしてどうしようもない。
だけど聞かないと何も始まらないから。
「わかっていると思いますが単刀直入に聞きます。この前、職員室で何があったんですか」
「何もない、と言ったら」
「………」
何もない、か。
何もないと言う人は大抵何かがある。
僕も昔、何もないと言って見破られて。
そういう事があったからわかる。
先輩のそれには何かがある。
職員室に呼ばれて言われるもの……
成績関係という線は薄い。
先輩は優秀とまではいかないが、いつも真ん中より少し上の辺りだ。
ならば部活関係か。
でも違う気がする。
茶道部がどういう活動をしているか知らないが、先生に呼ばれてまで何かあるということは多分ない気がする。
考えろ、他に何か……
思考を巡らせ様々な憶測を立てていくと、一つだけ当てまハマるものがあった。
職員室に向かう途中の廊下に貼ってあったポスターを思い出した。
「……留学」
僕がそう言った途端、待っていたかのように風は止み、車の音や人の声も聞こえなくなった。
先輩の方を見るとバツが悪そうな笑顔を浮かべた。
どうやら正解らしい。
だが、あまりにも不自然だ。
留学にしては季節が早すぎる気がする。
普通こういうのは夏や秋頃にするものだと思う。
それに対し今は春。
「留学にしては早すぎませんか。本来なら夏や秋だと思うのですが」
「そう思うでしょ。でも、今の方がいいって先生は言ったんだ。紡、うちのなりたい夢何か知ってる?」
「………CA、でしたっけ」
「正解。だからか、先生はチャンスをくれた。外国語を覚えるならこんなにもいい機会はそうそうない。そう思ってる」
先輩の話している時の眼は輝いていた。
さっきとは比べものにならないくらいの希望に満ちた笑顔をしていた。
こんな顔をしていたら、僕はもう何も言えないや。
先輩がその道を進むと決めたなら否定しないし止めもしない。
後輩である僕が出来ることは応援するだけ。
「先輩は留学に賛成なんですね。頑張ってください」
「あはは……。そのつもり、だったんだけどね」
またしても少し暗い顔をしている。
「正直ね、留学が怖い。」
腕は少し震え、平然を保っている感じだった。
先輩はある程度の事はそつなくこなし、周りからも信頼される。そんな頼れる先輩。
それが今は恐怖で侵食されている。
いや、人なら誰しも初めてのものは怖いはずだ。
だから先輩が震えているのも当然で。
僕は初めてこの人の弱さを見れてホッとした。
………ホッとした?なぜ?
普通は同情するとか慰めの言葉を掛けるとかだろう。
なぜ僕は今ホッとしたのだ。
まだ何かを見落としている?
無意識に顎に手を添えて考えていた姿勢から先輩を視界に捕え、考える。
先輩は少し落ち着いたのか腕は抑えているけど怖がっている様子はしていなかった。
一応だが、天気のせいでもない。今はまた暖かい風が吹き始め陽も当たっている。
寒いわけでもない。
では一体なぜ。
長考している最中、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、僕らは一度教室に戻ることにした。
廊下で先輩の知り合いとすれ違う際はいつも通りの先輩を装っていた。
…………でも、この引っかかりはなんなんだろう。
僕はおもむろにスマホを取り出し、ある人物にメッセージを送った。