入学式
出雲先輩が家を出てから続々とリビングに集合し、朝食を食べ終え、三年生も入学式の準備があるらしいし、充先輩も行きたくないと駄々をこねていた早乙女先輩を連れて早くに行ってしまったから家には今俺一人だけという状況。
いつも誰かしらがリビングにいたから、改めて一人でいると、こんなにもひどく静かなものだったのかと思わされてしまう。
ふとテレビをつけると、ニュース番組にとある高校生ながらにして数多くのドラマに出演している女優が取り上げられていた。
名前はなんだったっけ...
テレビを見ればわかるはずなのに、なぜか俺は下を向いて考えてしまった。
いくら考えても思い出せず、テレビへ目を向けたらすでに別の事柄へと変わっていた。
結局何を取り上げていたのか、内容さえもわからないまま終わってしまった。
「っと、そろそろ出ないと間に合わなくなる」
家の戸締りをし、カバンを手に取り充先輩から預かった鍵を取り出し玄関の鍵を閉め学校へと歩を進めた。
◇
「お、やっと来たか」
校門で陽斗君を待っていると、遠くの方に歩いている姿が見えた。
在校生の八割は登校しているから、見つけるのは簡単だった。
それもそのはず。新入生の大半は親と来ていることが多い。
だから、一人で歩いている彼は少し浮いて見える。
僕は彼に向けて手を振った。すると彼は手を振り返しながら走って来た。
走るスピードが速いのか、距離があっという間に縮まっていく。
僕の目の前に着いたら一呼吸おいて「ここで何やっているんですか?」と疑問を抱かれた。
「入学式場の案内みたいなものをやっているんだよ」
「へ~、そうなんですね」
平然と返してくる彼をよく見ると、ざっと見ても600mはあった距離をさっきまで走っていたのに一切息が上がっていない。
バスケの特待で来ただけあって、体力が相当あるようだ。
「ところで、充先輩一人なんですか?てっきり早乙女先輩とかいると思ったんですが」
「さっきまではいたんだけどね」
今この場には僕一人しかいない。
乃亜はというと「弥音の様子見てくる―!」といってどこかへ行ってしまった。
先生から頼まれた仕事だから、これくらいはちゃんとやってほしかったな。
「乃亜を見つけたら、僕が怒ってたと伝えてくれる?」
これ以上陽斗君からの乃亜のイメージを壊したくないため、言えるわけがない。
彼も何かを察したのか「あはは、わかりました」と苦笑まじりな返事をされた。
どうやらすでに手遅れだったようだ。
「それじゃあ、俺はもう行きますね」
「うん。入学式楽しんでね」
「入学式を楽しむ?...まあ、わかりました」
そういうと彼は校舎の方へと消えていった。
さて、乃亜が来るまで一人で対応しないと。
結局入学式が始まる直前になっても来ず、仕事はそこで終了だったので教室に戻りホームルームだけして入学式に出ない在校生は帰宅となり、乃亜のクラスに行ったがすでにもういなく、呆れしか出てこなくなる。
学校にいてもすることが無くなったので帰宅する準備を始める。
確か吹部と軽音も演奏が終わったら帰宅ということを思い出したので、弥音が来るまで待つことにした。
待っている間は暇なのでスマホで暇つぶしをする。
とりあえずでニュースを見ていたら、一つ気になるニュースが目に入った。
「これって...」
確証はないが、でも多分合っているという自信はある。
これは先輩に伝えておくべきことかどうか。ひとまず、遠江先輩に相談しとくか。
ニュースを見終わりスマホを閉じ、ふぅと息をつくと真横にはよく知っている顔が合った。
「お疲れ様、弥音」
「つかれたよ~...」
本当に疲れた、といわんばかりに腕を掴んでは軽く振ってを繰り返していた。
何回かやって、弥音が準備をしながら問いかけてきた。
「充。さっきのって」
「...多分そう。確証はないけど、あってると思う」
「そっか...」
少し重い空気になってしまい、お互いに手が止まってしまう。
何を言えばいいかわからない。どう動けばいいかもわからない。
それほどまでに空気がどんと重くのしかかってきた。
「と、とりあえず帰ろう」
「そうだな」
弥音が何とか声を絞り出してくれたおかげで次へ進むことができた。
そうして僕らは教室を後にした。
家に帰ると、乃亜が部屋着の状態でリビングのソファに座りアニメを見ていた。
さすがにイラッときたからリモコンを取り上げ、重たい声で「乃亜」と名前を言った。
そうしたら乃亜の体がビクッとなり、恐る恐る僕の方に顔を向けてきた。
「正座」
「いやぁ、そのぉ」
「正座」
「ハイ...」
誤魔化そうとしていたが、無理そうなのを悟るとおとなしく正座をしていた。
いつの間にか弥音は消えていたが、そんなことは気にせずに説教をした。
途中、残りの三人が帰って来て。凪先輩と遠江先輩はまたやってるよといったような表情をしていた。
それに対し陽斗君はひどく驚いた顔をしていた。
30分くらいだろうか。そのくらいの時間説教をし、終わったとタイミング良く夕ご飯の時間へとなった。
すでに料理は完成していて、みんな席に着いていた。
「ごめん、おまたせ」
「うぅ、酷い目にあった」
「またなんかお前がやらかしたんだろ」
「天津先輩黙って」
軽い談笑(言い合い)をして合掌をし、食べ始める。
少し食べたころに陽斗君から
「入学式を楽しめって、ああいう事だったんですね」
と言ってきた。
楽しめ、といっても軽音と吹部の合同伴奏というだけだが、弥音が出ているから楽しめと言っておいた。
「感想だったら本人に言ってあげなよ」
「出雲先輩。とってもいい演奏でした!」
「あ...ありが、とう」
本人へと誘導すると陽斗君は身を乗り出すような勢いで感想を言っていて、少し弥音が可哀想な感じに見えてしまった。
僕は自分でやったものの、それを横目に見つつ遠江先輩の方に目を向けた。
視線に気づいたのか目が合い、言葉を発しようとしたとき
「何が言いたいかわかってる。まだ日にちがあるから大丈夫よ」
と先に言われた。
なら、まだ大丈夫か。
今はまだ、この楽しい空気を味わっておこう。
そうして、みんなで楽しく夕ご飯を食べた。
あのニュースが流れているとは知らずに。