さらに西へ
洞窟で一晩を過ごし、昨日降っていた雨はすっかり止み、空を見ると雲の合間から晴れ間が見える。
今日は何処まで進めるだろう。自分とトウヤは先を目指す。
昨日の雨に当たって風邪を引いたのだろうか寒気がする。
その事をトウヤへ話しをする。
「俺、風邪引いたかもしれん。寒気が酷いんだけど。」
「子供は数の子って言うだろ?気のせいじゃないか?」
「それを言うなら風の子だよ。お前みたいに俺は体が丈夫じゃないんだ。お前も怪我してるかもしれないけど少しくらい労ってくれよ。」
「まあ、おめーは最初助けてくれたからな。それくらいはやってやろう。」
「何でお前が自慢気なんだよ。」
雑談をしながら森をひたすら歩いているうちに獣道を見つける。人が歩いた跡だろうか。先へ進んでみる。
するとトカゲが二足歩行をしている姿のモンスターが現れた。
体長は成人男性くらいだろうか。
自分とトウヤは戦闘に備えてほどよい間合いをとりながらこぶしを構える。
「ま、待ってくれ!」
トカゲのモンスターが叫ぶ。
続けてトカゲのモンスターが話しかけてくる。
「俺はリザードマン。君たちと戦う意思は無いからそのこぶしを下ろしてくれよ。」
モンスターだと思っていたが言葉を話せるようだ。
この世界での生活に慣れてきてはいるが、モンスターに話しかけられるのは初めてだ。
人間以外の種族と会話ができるとは実に異世界らしい。
その呼びかけを聞き、自分とトウヤはこぶしを下ろした。
続けてリザードマンが話しかけてくる。
「冒険者かい?良かったら村へ案内しようか?」
「トウヤ、どうする?」
「おう、案内してもらうか。」
自分たちはリザードマンに案内され、獣道をひたすら歩く。
獣道の足跡を良く見てみると、人間の足跡とは異なり、爪の跡がある。
しばらくすると集落が見えてくる。
建物の屋根は藁で作られているのだろう、編み笠のような形をしている。
壁は細めの丸太で作られている。
そのような建物が点々と立ち並ぶ。
リザードマンが話しかけてくる。
「ここが俺の村だ。ところで冒険者さんよ、何か薬草や木の実と交換出来る物は持っていないか?」
その言葉を聞き、自分の麻袋の中身を確認する。
食料がだいぶ減っており、後はボロボロといえど必需品だ。
そこで、トウヤのリュックサックの中身を思い返し、トウヤに問いかける。
「お前、リュックにガラクタいっぱい入ってるだろ?それ交換に出せないか?」
「嫌だ!全部俺のコレクションだ!一緒に遊ぶ為のおもちゃも大事だ。」
「おもちゃより生きていくための食料とか回復薬とかの方が大事だろ?頼むよー。」
トウヤはムスっとした表情でこちらを向き話し出す。
「夜は暇だろ。お前だっておもちゃで遊んでたじゃないか。」
でかい図体をしているがやはり中身は子供だ。
だだっ子を説得するのは骨がおれるので、これ以上声をかける事を止めた。
トウヤの事は仕方ないと思いながら自分はリザードマンに話を持ちかける。
「そうしたら何か熱を下げる薬とかは無いかな?風邪を引いていて少し辛いんだ。こちらは薬草なら出せる。」
リザードマンは少し明るい表情をして回答する。
「漢方薬ならあるぞ、冒険者が持ってくる薬草は珍しい物が多いからな。いいだろう。」
交渉は成立だ。
リザードマンの様子を見ているとどうやらトウヤのリュックの中を見ている。
そして何か美味しいものを見つめるような表情で話し出す。
「その袋の中の鉄は交換出来るか?そこそこの量の木の実と薬草を出そう。なんなら肉も付けるぞ。」
これは思ってもいなかったチャンスだ。
しかし、トウヤの表情を見るとどうも納得していない様子だ。
そこで自分はトウヤに話しかける。
「トウヤ、ここは交換しとけって。鉄ならまた手に入る。腹減ってるだろ?」
トウヤの渋い表情は変わらない。
グウウゥゥ
トウヤのお腹がなる音が聞こえた。
そしてトウヤが空を見上げながら話し出す。
「まあー、腹減ってるからな。食い物沢山くれるなら考えてもいいぞ。」
トウヤが腹ペコで助かった。
こちらも無事に?交渉が成立した。
そして自分たちは漢方薬、そこそこの量の木の実と薬草、小型モンスターの肉を手に入れて旅路を急ぐ。
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それからという物は順調に旅が進み、いくつかの集落を渡り歩き2ヶ月程度経過した。
トウヤでも勝てない強力なモンスターとの遭遇は始めだけであり、その後は小型モンスターや中型モンスターを退治しながら食料や物資を確保しつつ、集落を見つけては物々交換を繰り返し旅を続けていた。
その物々交換のお陰で物資はほどほどに潤い、身なりも冒険者レベル1のような服装から、道中の村で手に入れた村民服に変わっている。
トウヤのガラクタが沢山入っていたリュックの中身もだいぶスッキリし、冒険に必要な物が多くなっている。
先生にもらったトークストーンで、レイジ、ナツキ、イチノハ、先生とも定期的に連絡しており、みんな順調に旅を続けているという情報も入っている。
そしてとある村へたどり着く。
その村は今まで渡り歩いてきた限界集落のような風景ではなく、建物もレンガ造りになっており、人の数も多いように見受けられる。
ここしばらくの旅でお馴染みとなっていた物々交換を行おうと思い、村民に声をかける。
「すいません、もし良かったら物々交換してもらえませんか?」
「おや、見慣れない服装だね。物々交換?そういうのは道具屋へ行ったらどうだい?」
ここで初めて道具屋という言葉が出る。
少し大きな村だ。別に珍しい事では無いだろう。
村民に道具屋の場所を聞き、道具屋へたどり着く。
店主は恰幅がよくて口に髭を蓄えたおじさんだ。
「すいません、物資をお金に交換してくれませんか?」
「あいよ、何を売ってくりゃーるんだい?」
自分がそのようにやり取りをしているとトウヤが目を丸くして話しかけてくる。
「お前、初めて大きな村に来たのに、よく村民や道具屋とかとすげースムーズにやり取り出来るな。」
自分はドキッとする。
実際の道具屋で物を売る経験は初めてだが、このようなやり取りはロールプレイングゲームで予習済みだ。むしろ飽きるぐらいやっているだろう。
そんなことをトウヤに話す訳にいかず、苦し紛れでトウヤに話しかける。
「まあ、戦闘は出来ないけどこういうのは得意なんだよ。」
「ほぇー、ちょっと見直したよ。」
トウヤが素直な子で良かった。
何はともあれ道具屋で余った薬草、モンスターの皮を売ってお金を手にする。
「あいよ、500Gだよ。」
ここで目をキラキラさせながらトウヤが話しかけてくる。
「俺、先生の話でお金って聞いた事はあったけど実際に見るのは初めてだぞ。綺麗だなー。」
その会話を聞いていた店主がたっぷりと蓄えた髭を触りながら声をかけてくる。
「お金を見たこと無いっちゅーね、あんた達何処から来たんだい?」
それにしても訛りが独特な店主だ。
店主の質問にトウヤが答える。
「ナチュラル村だ。ずっと東から旅をしてきた。」
「おー。ずっと東とはずいぶんと遠いところから来たっちゅーね。ナチュラル村ちゅーのは非統治下かい?」
「非統治下?」
「国に所属してないっちゅー事さ。」
「そうだ、どこの国でも無いぞ!」
トウヤと店主のやり取りを聞いて自分は店主に質問する。
「という事はこの村はどこかの国に所属しているのですか?」
「んーだ、この村は黄ノ国の統治下。ガルボン村だよ。と言っても黄ノ国からはだいぶ離れちょるけどね。」
トウヤに目を向け話しかける。
「黄ノ国だって!」
確実に黄ノ国に近づいている証拠だ。
トウヤもわくわくした表情で話し出す。
「マジか!そしたらもうすぐ黄ノ国着くかな!」
店主が笑いながら話しかけてくる。
「ふぁふぁ、話をよく聞きんしゃい。黄ノ国からはだいぶ離れているっちゅーとるがな。おみゃー達、ここまでは馬車かなんかできたんかや?」
相変わらず店主の訛りが気になるが、質問に答える。
「いや、歩いて来ました。」
「おー、そりゃ大変だったぬ。こっから先は乗り合いの馬車が出てるんねん。それに乗ってくと楽っちゅーやつや。」
「それはタダで乗れるのですか?」
「まぁーここは田舎だっちゅーね、近くの村まではタダでのれっけろ、黄ノ国が近くなったら流石に金かかるっちゅーやつや。」
良いことを聞いた。この先馬車が使えるならば歩きよりはだいぶ早く黄ノ国にたどり着けるだろう。
そして乗り合いの馬車が有ると道具屋の店主から聞いたのでひとまず馬車を探しに行く。
村を歩きながらトウヤに話しかける。
「馬車があれば今までの歩きで移動してたのよりはだいぶ楽になるな。」
「まあなー、馬車って物があるのは知ってだけど乗るのは初めてだなー。」
「俺も初めてだよ。」
「なんか旅し始めてから色んな初めてが体験できるからおもろいわ!」
たわいのない会話をしながら村を歩き、しばらくすると馬車を見つけた。
馬の引っ張る荷台は木で出来ておりだいぶ簡素な造りだ。
自分は手綱を持った青年に声をかける。
「すいません。この馬車は黄ノ国方面に向かいますか?」
「ええ、西の村へ向かいますよ。」
「いつ頃出発しますか?」
「後2、3人荷台に乗ったら行きますよ。」
「トウヤ、聞いたか?さらに西へ行くってさ。」
トウヤが頷いて荷台に乗り込む。
そこには先客が2人おり、中年の女性、10歳前後の男の子が乗っていた。
見た感じ親子だろうか。
しばらくしていると同じ年ぐらいだろうか。(15歳前後)髪が茶色の三つ編みで戦闘服だろうか、腰と肩に頑丈な革のような物がついている洋服を纏った少女が荷台に乗り込む。
それから10分程経過しただろうか、男性の老人が乗り込むと手綱を持った青年の掛け声の後、馬車が出発する。
「ナスタ行き出発します。」
お世辞にも快適とは言えないが、馬車での移動は早く、あっという間に先ほどいた村、ガルボン村が見えなくなる。
馬車の荷台で揺られながらトウヤと会話をする。
「やっぱり歩きより早くていいな。」
「そりゃーな、これで直射日光が無ければサイコーなんだけどな。」
「黄ノ国までどれくらいかかるんだろうな。」
「わからん。けど近づいている感じはするよな。」
「あなた達も黄ノ国に行くの?」
突然茶色の三つ編みの少女が声をかけてきた。
自分は少しびっくりしたが、返事を返す。
「ああ、そうだよ。黄ノ国を目指して旅をしてる。」
それに対し、三つ編みの少女がニコニコしながら話しかけてくる。
「私もなんだー。行き先が同じみたいだから声かけちゃった。ちなみに黄ノ国までは馬車を乗り継いで2週間ぐらいよ。」
「そうなんだ、教えてくれてありがとう。君は何の為に黄ノ国へ向かうんだい?」
「魔法軍に入るためだよ。あなたたちは?」
「お、そうなんだ。俺たちも魔法軍に入るために向かってるんだよ。」
お互いの目的がわかったところでトウヤが会話に加わる。
「そしたら雷の魔法使えるのか?俺は使えるぞ!」
「私も使えるよ!まだまだ練習中なんだけどね。」
「良かったら教えようか?雷の纏いと遠距離雷撃なら教えられるぞ!」
「へえー!私、遠距離雷撃練習してるの。せっかくだから教えてもらおうかな!」
「コツは指先に魔力を集中させる事だ。放つためには溜めなきゃいけないからな!」
同じ雷の魔法が使える者同士。会話が弾むようだ。
自分もトウヤに教えてもらった事はあるが、そもそも魔力が無いから全く電気が出なかった。
魔法軍に入るために黄ノ国を目指していると言ったが、それはトウヤの事である。
自分は魔法が使えないからそれまでの付き添いに過ぎない。
所詮はモブキャラだ。
冒険について行くまでは良かったが、トウヤが魔法軍に入った後自分はどうするかまでは考えていない。
急に将来が不安になってきた。
「名前はなんて言うの?」
少女がトウヤに声をかけた。
トウヤが返事をする。
「俺はトウヤ。こいつはキッドだ。」
「トウヤにキッドね。私はニムリス。もし良かったら一緒に黄ノ国まで行かない?」
「おう!いいぞ!な!キッド!」
「え?うん、いいんじゃない?」
トウヤが勢いで決めたようなものだったが、黄ノ国を目指す仲間が増えた。
ニムリスは茶色い瞳をキラキラさせて自分たちを見ている。
自分も体験しているから分かるが、仲間として認めてもらえる事は結構嬉しい。
女の子が増えた事で、むさ苦しい男二人旅ではなくなることも嬉しい。
自分、トウヤ、ニムリスの3人で馬車の荷台の上で、たわいのない会話が繰り広げられる。
そして馬車で揺られたまま、夜になる。
次の村までは馬車で丸一日かかるので、一晩を馬車の荷台にいる人と過ごす事となる。
すると突然ニムリスが服を脱ぎ出す。
自分は思わず声を出す。
「ちょっ!待て待て!色んな人がいる前で堂々と服を脱ぐな!」
「え?ただ服を着替えるだけだよ?そんな大きな声を出さなくても良いじゃない。」
ニムリスはすでに上半身裸の状態で、発達途中であろう胸がもろ見えである。
異世界転生初のラッキースケベが少女の裸体というのは複雑な気持ちである。
転生した当初は少女でも美しいから、ラッキースケベがないか期待をしていたものの、この世界に慣れてきた段階での少女の裸体は焦るものがある。
トウヤはその光景を見て顔が赤面している。
他の乗客の様子だが、男性の老人は微動だにせず、中年の女性は男の子の顔を手のひらを覆い隠していた。
自分は続けてニムリスに話しかける。
「女の子なんだから人前で服脱いだらダメ!わかった?」
「別に私は気にしないけど…」
「気にしなさい!お嫁に行けなくなるよ!」
「そんなに怒らなくても…」
「お父さん許しません!」
「お父さんじゃないでしょ?」
「お父さんじゃなくても今はお父さんに怒られてると思って!わかった!?」
「う…うん…」
「ほら!早く服を着て!」
現実世界では子無しの独身だが、ついつい親心が出てしまった。
いや、おっさん心と言うべきか。
そこにトウヤが誤魔化すように話し出す。
「いや、俺なんも見えてねーし。見えるもん無かったし。」
聞き方によっては火に油を注ぐ発言である。
そんな騒動がありつつも馬車は無事に目的地の村、ナスタに到着する。