少年少女
レイジの家に戻り、夕食の準備をしている間にレイジが話しかけてくる。
「キッド、先生から話を聞いたのかい?」
穀物を潰しながら視線を合わせず質問をしてきた。雑談をするような口調で特段深刻な声色には聞こえなかった。
そこで自分は袋に入っている穀物をレイジに渡しながら答える。
「ああ、聞いたよ。」
夕食に用意された木の実をつまみ食いしながら続けざまに話しかける。
「ちょっと迷ってるんだけど、話を聞いた事をみんなに伝えた方が良いかな。」
レイジは潰した穀物を豚肉のロースのような肉に振りかけながら答える。
「みんな気にしているだろうからね。僕は話した方が良いと思ってるよ。」
会話をしながらでも滞りなく夕食の準備が進む。そうしている間に夕食が完成する。
夕食の準備は火を使う事以外は家に一つだけあるテーブルの上で行われていた。準備して配膳する事をせずその場ですぐ食事ができるからある意味効率的だ。
レイジがこんがりと焼けた肉に木製のフォークで切り込みを入れているところで話しかける。
「明日、稽古が終わってからみんながいる時に話してみるよ。」
レイジは肉を口に頬張りながら頷いた。食事に関しては異世界にきたからどうなる事かと思ったが案外現実の食事と乖離することはなく、味も悪くない。
味に関してはレイジが料理を作るのが上手だからかもしれない。
少なくとも仕事帰りにコンビニで弁当を買って、それで済ましていた頃よりは健康的だ。
テーブルの上に並べられた食事は、豚肉のロースを焼いたような肉の上に少しスパイシーな穀物をすり潰した物がかかっており、ほんのり香る穀物の辛みを含んだ匂いが食欲を誘う。
それとほおずきを小さくしたような見た目で、色は淡いオレンジ色。味と食感はバナナに似たような木の実と一緒に夕食をいただく。
そして翌日、昨日と同じように先生の家に行き稽古をつけてもらう。今日は俊敏性の稽古らしい。
昨日と同じく村の広場へ集合し、稽古が始まる。
内容は、50メートル走、木を障害物に見立ててうまくすり抜ける稽古、様々な動きを取り入れた攻撃と回避を練習する稽古など様々だ。
俊敏性の稽古ではナツキがずば抜けて優秀だ。ついでレイジ、トウヤ、イチノハという順番だろう。
自分はというと、イチノハに辛うじてついていけるだろうかという様子で、もちろんドベだ。
肉体は少年になっているといえど中身はおっさん。朝方から昼過ぎまで体を動かすなんていつぶりだろうか。
デスクワークで運動とは無縁の仕事をしていた自分にとっては動くことも辛いが、なにより日中帯の太陽の日差しが辛い。
そうしているうちに稽古が終わり、先生がみんなに声をかける。
「はーい、今日もみんなお疲れ様。気をつけて帰ってね。」
ナツキが地べたに手を付けて空を見上げる体勢で呟く。
「あー、今日も疲れたなー。今日は早く帰って「ウニちゃん」キレイキレイしなきゃなー。」
自分はウニちゃんという聞きなれない単語に、そしてなんとなく美味しそうな感じのする物が気になってナツキに声をかける。
「ウニちゃんってなに?」
「えっとねー、ぬいぐるみだよー。耳が長くて、白くてふわふわで可愛いんだよ!あ、でも昨日ウニちゃんにスープぶっかけて汚しちゃったんだー。」
ぬいぐるみの名前だった。ぬいぐるみを持っている事で自分のナツキに対する可愛らしい女の子レベルが少し上がった。
耳が長くて白くてふわふわという単語から現実世界の動物でいうウサギを連想するが、こっちの世界ではどうだろうか。
先生を除くみんなでちょっとしたおしゃべりをしたところで自分は口を開く。
「あのさ、昨日先生からこの村で昔あったことを聞いたんだけどさ。」
みんながこちらに目を向ける。その視線の中でも特にトウヤが睨みつけるような眼差しで注視する。
年齢としてはまだ子供かもしれないが現実世界の15歳といえば思春期真っ盛りだ。自分はみんなと同じ目線で話をしようと心構えをして話し出す。
「みんな重たい過去を持っているんだね。まあ、生きていれば色々な事は起こるし、辛いことがあって当然だと俺は思っているよ。」
トウヤが強い口調で口を開く。
「お前に何がわかるんだよ。」
至極当然な反応だろう。自分は続けて語りかける。
「正直に言うと何もわからない。だけど重たい過去を背負っているという事だけは理解したつもりだ。だけどね、みんなは同世代の友達がいるのだろうけど俺はこの世界で独りぼっちだ。当然親なんて知らない(この世界では)。わけもわからず放り出されて、気づいた時にはこの村にいた。俺は孤独なんだよ。」
最大限言葉を選んだつもりだった。
少年少女の目線で違和感のない言葉遣い且つ幼くなりすぎないように語りかけた。
そして、相手の境遇を考えたうえで自分の境遇を伝え、同じ目線に立てるように振る舞ったつもりだ。
トウヤが少し驚いた表情をして口をひらく。
「それって本当かよ。」
トウヤが視線を少し下に下げてまた口をひらく。
「怒って悪かった。キッドに親がいないのも知らなかったし、孤独だなんて言われたら強く言えねえよ。」
きっとトウヤは根が優しい子なのだろう。
急に現れた謎の少年の言葉に耳を傾け同情できるのだから。
この顔ぶれの中で一番自分に敵意をむき出しにしており、同情を引くのが難しいと思っていたからこれは嬉しい成果だ。
次にナツキが口をひらく。
「キッドくんは独りぼっちなんかじゃないよ。だって私たちと出会えたんだから。」
その言葉に頬が緩みそうになる。
妹系美少女にそんな事を言われるとおじさん心にグッとくる。
萌える。
そんな不純な事を考えている時にレイジが疑問に思った顔で話しかけてくる。
「でもさ、急に現れたにしても前はどこかで暮らしていたんでしょ。何処から来たかわからないのは今まで話してて理解したけど本当に何者なの?」
これはマズイ質問だ。
少年少女に正直に自分は異世界転生してきましたなんて真っ向から話したらどんな顔をするだろうか。
レイジは今までも面倒を見てくれていて、あまり人の事を詮索しない優男タイプだと思っていたが案外頭が切れる。
自分が次の一手をどうしようかと考えている時にトウヤが話し出す。
「レイジ!あんまり問い詰めるなよ!キッドだってやっと俺らみたいに話せる友達が出来たんだから信頼してやろうぜ!」
その言葉に思わず心の中でガッツポーズを作る。
詳細をこの場で話すのは正直面倒だ。
そんな中でトウヤのように話を切ってくれる状況はありがたかった。
自分の中のトウヤのイメージがチャラ男から警戒心の薄い優しい少年に印象が変わった一言でもあった。
そんな中いつものクールな表情に戻ったレイジが口をひらく。
「ごめんごめん。なんか不思議な人でどことなくこの世の人じゃない印象があってね。そしたら質問を変えてもいいかな。」
自分はその言葉にまた身構える。
レイジは頭が良く回る。
また違う質問でも核心を突かれる内容が飛んで来たらまたふりだしに戻ってしまう。
「国狩りの存在は聞いた?」
この言葉に少し安堵した。
国狩りは先生から話を聞いており、なんとなく話す事が出来るので自分は聞いた話をそのままみんなの前で話す。
「先生から聞いたよ。村を滅ぼした張本人だよね。今は世界最恐の犯罪者だとか。」
その言葉を聞いたナツキが腕を正面にピンと伸ばしこちらを人差し指で指しながら話し出す。
「そう!そいつの事をすっっっごく恨んでるんだ!だからいつか私の手で国狩りをぶっ殺してやろうと思うの。」
可愛い顔してぶっ殺すとは随分物騒だ。
まあ、この顔ぶれの中では唯一実の親が殺されているのだからわからなくもない。
レイジがナツキの言葉に続いて話し出す。
「僕たちはもうすぐ村を出てそれぞれの国に行ってその国の魔法軍に所属するつもりだ。そしてもっと力を付けていずれは国狩りを倒す事がみんなの目標なんだ。」
なんかよくゲームにあるテンプレ的な展開になってきた。
要は仲間と協力してパーティ作ってレベルアップして最後はボスをやっつけるって展開だろう。
しかしここで問題になってくるのが、現状どう足掻いても普通の学生くらいしかない自分の戦闘力だ。
ここの4人は充分な戦闘力があるかもしれないが、自分は無い。
世界最恐の犯罪者なんて相手にせず、異世界でハーレムを築き、ムハムハな生活を夢見ている自分には全く逆ベクトルの話だ。
まあ、この子たちは強いからついて行く分には命の心配は無いだろう。
そんな中、今まで口をひらいていなかったイチノハが口をひらく。
「キッド君は将来どうするの。」
確かにそうだ。この先どうしたらいいか自分でもわからない。
出来る事なら自分の性癖にドストライクな姉系美少女のイチノハの冒険についていき、ハッピーライフな毎日を築き上げたい。
ナツキも良い。妹系美少女とのわくわくハッピーライフでも良いだろう。
そんな事を考えている中、イチノハがまた口をひらく。
「もうすぐ村を出ることになると思うのだけど私は一人で緑の国を目指そうと思ってるの。寄り道したいところもあるから。それだとみんなに迷惑かけちゃうと思うし。」
告白する前からフラれた。
なんならまともに会話する前からフラグが折れた。
イチノハについて行き、身の回りのお世話をしながらひたすらラッキースケベを狙うというおっさんに嬉しい異世界生活の設計図があっという間に崩れた。
そんな淡い期待が無くなったところでレイジが口をひらく。
「ひとまず先生に相談かな。」
その言葉にみんなが頷く。
そして早速レイジが先生の家の方向に歩き出しながら口をひらく。
「先生いるかな。もしかしたら近所でおしゃべりしてるかも。」
話ながら歩いているうちに先生の家に到着する。
みんな仲が良いのか、心配してくれているのか、わざわざ全員で先生の家まで来ている。
先生の家の扉をノックする。
コンコン。
ガチャ。
「おー、みんなしてどうしたんだい。」
先生は少しだけ驚いた表情でみんなを出迎える。
そして自分は口をひらく。
「みんなもうすぐ村を出て国へ向かうみたいなのですが、俺はこの先どうしたら良いのか相談しにきまして。」
「そうだねぇ、とりあえずみんな中に入ろうか。」
先生はみんなを家に迎え入れる。
そこそこ広い家だ。全員が座れる数の椅子もある。
先生はお茶を用意し、人数分揃ったところで椅子に腰を下ろし、視線を自分に向けながら話し出す。
「まあー、話さなきゃなって思ったんだけどもうみんなから教えてもらったんだね。」
先生はお茶をすする。
「熱っ、っと。んー、キッド君は魔法の適正が無いから目指すべき国ってのが無いからなぁ。だからといってこの村にずっと居るのは退屈だろうし、かと言って一人で旅に出てもらうのは心配だしなー。」
先生はテーブルに肘を立て、少し前のめりになり続けて話し出す。
「キッド君はどうしたい?」
先生の自分を見る目はなにかを試しているように見えた。
先生の質問に対して質問で返す。
「目指す国とは?」
「魔法の適正によって過ごしやすい国があるんだよ。例えば赤の国なら火の魔法使えた方が良いとかね。」
自分は頭を掻きながら先生に話しかける。
「魔法使えないから過ごしやすいもなんも無いですよね。」
先生は少し笑いながら話し出す。
「ははっ、まあそうなるね。」
先生はみんなの顔を一通り確認した後、視線を自分に戻し話し出す。
「もしみんなが良かったら誰かの旅について行くのはどうかな。」
その言葉にみんなが顔を合わせあう。
話の流れからしてみんなの目指す国はそれぞれ違うだろう。
何故なら魔法の適正によって過ごしやすい国があると先生が言った。
それならばみんなが使う魔法がバラバラだ。
国の色からして、赤なら火でナツキ、青なら水でレイジ、黄なら雷でトウヤ、緑なら草でイチノハという予想ができる。
誰かの旅についていくと言ってもすでにイチノハは一人で旅をしたいと公言している。
そうなると残りはレイジ、トウヤ、ナツキの誰かとなる。
願望としてはナツキと旅をしたいが女の子だ。
向こうから断られる可能性が高いだろう。
レイジは料理が上手だし頭が良い。
しかし頭が良いからこそ自分の正体を詮索してくるだろう。
家に住まわせてもらえるくらいだ。断られる可能性は低いだろう。
トウヤはこの3人の中では一番詮索される可能性は低い気がするが、最初は一番嫌われていた。
内心どう思われているか心配だ。
そのように考えているところで先生が口をひらく。
「村を出ると行っても明日すぐに旅立たなきゃいけないって訳じゃ無いからね。ゆっくりとはいかないけど、みんなで相談して決めると良いよ。」
決定権は自分にあるわけではない。
ゲームのように画面に選択肢が出て選ぶだけなら楽な話だが、みんなそれぞれの考えがあるだろう。
先生の話が終わった後にテーブルの上のお菓子をつまんで、その日は帰宅した。
帰宅といってもレイジの家だが。
帰宅後、自分はレイジに気になっていた事を質問する。
「ねえ、少し気になっていたんだけど、この村で同世代の人と会話する事っていつもの4人しかいないよね?何で国外とか外の世界の事がわかるの?」
「それはね、僕たちが先生から教えてもらった事は稽古以外にも沢山あってさ、国外の事、生活の知恵、先生がいままで見てきた世界の事。僕たちは先生のお話しを聞くのが大好きでね。色々な事を教えてもらったんだ。」
流石先生と呼ばれているだけの事はある。
ここで疑問に思う。
学校とかならば先生と呼ばれている事はわかるが、ここは小さな田舎町だ。
なぜ先生と呼んでいるのか気になってレイジに聞いてみる。
「先生の事をなんで先生と呼んでるの?」
「えーと、それは大きな国では子供たちを教育する場所があって、僕たちの年齢では色々な事を教えてくれる人を先生って呼ぶらしいから先生って呼べって感じだったかな。」
この世界でも学校のような教育機構があると思われる発言だった。
文化的にも現実世界とかなり近い印象を受ける。
ここまで文化が近いのならば、もしかすると異世界転生ではなくタイムリープやタイムパラドックスの可能性を疑い始める。
それにしても事故で自分が死ぬ夢を見て、急に少年の姿に戻り、魔法が使える世界に飛ばされたのだから十中八九異世界転生だろう。
魔法なんてものは現実世界で1000年先の未来でも存在しないだろう。
それから1週間ほど経過しただろうか。
結局誰の旅について行くか決まらないまま旅立ちの日が訪れた。