村での出来事
事故を起こした時の様子がはっきりと写しだされる。
車のフロントガラスが迫り、四肢が押し潰され鮮血を撒き散らし、視界が無くなる様子までしっかりと写されていた。しかし、痛みは無くダイジェスト映像のように流れて行く。
そして肉体がバラバラになり完全に押し潰されたあとは幽体離脱したかのように斜め上からの視点に切り替わった。
妙にリアルな夢だ。
もしこれが現実でおきていれば間違いなく自分は死んだ事になる。
信じられないと思う自分と、半日だが体験した今現在の出来事が交錯し、頭の中が真っ白になった。
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「…ど……キッド!」
「んぁ、あぁ。」
「キッドは寝起きが悪いんだな、起きて!」
自分は自慢じゃないが寝起きが悪い。
仕事に行くときもケータイのアラームを止めて家でギリギリ
までベッドで惰眠をむさぼってから仕事に向かうくらいだ。
「朝か………もうちょっと寝てて良い?」
「今日も先生のところに行くよ!起きないと!」
イケメン少年に朝イチで怒られながら重い腰を上げる。
夢のこともあって頭の中はどうもスッキリしない。
異世界で目が覚めたという事は自分はすでに現実世界では死んでいるだろうと考えていた。
「………レイジ、お前、死んだことあるか?」
「朝っぱらからなにいってるんだよ。そんなわけないだろう?」
異世界転生者は自分以外に居ないのだろうか。
そんなことを思いながらレイジにつられ先生の元へ向かう。
先生の家にたどり着き、レイジが挨拶をする。
「おはようございます!お、今日もイチノハが一番乗りだな!」
先生の家の扉を開け、左を向くとそこには流石異世界といわんばかりの美少女が立っていた。髪の毛はさらさらの深みのある深緑の色で腰まであるストレートロング。瞳は吸い込まれそうなエメラルドグリーン。身長は少し高めで165センチ程だろうか。身に纏っている衣装はシンプルな緑色の装飾がされて、香水のような良い匂いが漂っていた。
何より17、8歳の見た目でDカップはあるであろう胸元に目が行く。このまま成長すればグラマラスボディの美女になるだろう。
ナツキとは逆方向の美人。
ナツキが妹系ならイチノハと名乗る女の子はお姉さん系だろうか。
「素晴らしい…」
思わず小声が漏れる。
「キッド、なんかいったか?」
聞こえていたのかレイジが声をかけてくる。
「いや…」
お姉さん系美人という自分の性癖にぶっ刺さる美少女が手を伸ばせば届く距離に居るのだ。
動揺が隠せない。
「キッドって本当に変なやつだよな。外国の同世代ってみんなこんな感じなのか?」
中身はそこそこの年齢の変態オヤジだ。
イチノハが口をひらく。
「その男の子は?」
「ああ、キッドって言うんだ。変なやつで魔法も使えなさそうだけど悪いやつじゃないよ。」
やっぱりレイジからしたら自分は変なやつ扱いだ。
仕方がない。この世界に放り出されたのはつい昨日。
朝起きてサラリーマンとして過ごすのが当たり前と思っていた。
まだ頭が混乱しているが、とりあえず声をかけようと口をひらく。
「あ、あ、あなたはこ、こ、ここの村の住民ですか?」
明らかに緊張している。思わずロボットのような口調になる。
間髪入れずレイジが返す。
「君は話し方までおかしくなったのかい?そうだよ。稽古仲間ってやつだ。」
「ああ、そうなんだ。いくつ?」
「15歳だ。ちなみに後からくるもう一人も15歳だ。」
若い。レイジとナツキは15歳と言われて納得するが、イチノハは少し大人びて見える。
「もう一人のやつはどんなやつだ?」
レイジが答える。
「見たらわかるさ。」
そんなやり取りをしている間にナツキともう一人の少年が先生の家にたどり着く。
先に口を開いたのはナツキだ。
「おはよー!今日は実戦稽古かな?」
やはりナツキも美少女だ。妹系も悪くない。年齢がわかった今、おっさんの自分からしたら、おいたをすれば即逮捕案件の年齢だが。
寝起きだったのだろう。オレンジのショートカットに目立つアホ毛が揺らめいている。
レイジが口をひらく。
「ナツキは昨日会ったよな?ちょっと変なやつだけど悪いやつじゃないと思って連れてきた!トウヤは初めてだな?」
トウヤと呼ばれている少年を見る。
年齢は15歳なのだろうが背が高い。180センチ近くあるだろうか。髪の毛は典型的な天然パーマで色は濃い黄色である。瞳も黄色で、朝イチから対面するとまぶしいコントラストだ。細身で長身な見た目であり、サイズが少し小さいのだろうか。冒険者レベル1のような服装であり、丈が少し足りていない。
流石異世界。男の子もイケメン率が高い。
トウヤが口をひらく。
「ちぃーす。まあ、悪そうに見えないけど、弱そうだな。まあ、よろしく。」
チャラ男だ。海岸線沿いで若い女の子に平気で声をかけるタイプに違いない。
初対面で弱そうと言われ印象はマイナススタートだ。
「はいはい、皆さん今日は実戦訓練を行います。早速レイジ、ナツキ、トウヤ、イチノハの順番で僕に戦闘を仕掛けて下さい。あと、キッドくん?もみんなのを見た後に同じように動いてみてね。」
集合してすぐに訓練だ。優しそうな立ち振舞いだが、意外とスパルタなのかもしれない。
村の広場に移動する。
まずはレイジだ。
レイジは開始の合図と同時に遠距離から水魔法を繰り出す。かと思いきや、水魔法は牽制なのだろう。素早い動きで先生の懐に潜り込み、下からアッパーを放つ。
先生はそれを華麗にかわし、アッパーを放った体制のレイジに横から手刀を打ち込む。が、レイジの身体が固まったのだろうか。びくともしない。
「うん。いい氷の防御魔法だ。上手いね。」
レイジの戦闘スタイルは遠距離攻撃を交えながら距離を詰めて行くスタイルなのだろうか。防御魔法に氷。水だけじゃなく氷も操れるようで戦いかたが綺麗だ。
無駄がなく高い戦闘センスがうかがえる。
次はナツキだ。
開始の合図と同時に一気に距離を詰める。打撃の射程範囲まで一瞬で到達し、一秒も無いだろうか。あっという間の連撃で火花が散る。
一言で言うと早すぎるのだ。先生ですら防戦一方。パンチとキック、それもさまざまな動きを取り入れ、まさにファイタースタイル。火花は炎の魔法だろうか。よく見ると手足に炎を纏っている。
ナツキの連撃が止んだ瞬間だろうか。ナツキが5メートル程吹き飛ばされる。
「きゃあ!」
ナツキが転がり砂ぼこりが舞う。
「攻撃は申し分無しだけど、防御も頑張ろう。次、トウヤ。」
先生とナツキの戦闘は早すぎて目で終えなかった。
相手が先生でなければナツキの圧勝と思うくらいの展開だった。
トウヤの番。開始の合図が鳴る。
今度はトウヤ、先生、共に出だしは慎重。そんな中トウヤが長い手足が届くか届かないかの距離で打撃を繰り出す。繰り出したパンチの先からの電撃が先生を襲う。
先生は華麗に受け流し距離を詰めてトウヤに襲いかかる。
トウヤの速度としてはレイジより少し遅いくらいか。
それでもプロボクサーの試合を見ているかのような速度。
驚いたのは、軽々ナツキを吹き飛ばす威力があったのであろう先生の打撃を受けきっている。
その様子は魔法を使ってガードしている様子ではない。単純に歯をくいしばって耐えている。
彼は身長がある分重いのだろうか。それにしても女性が軽々吹き飛ぶ威力の打撃を受けきるのは常人には真似が出来ないだろう。
「トウヤ、受けるだけじゃなくて反撃もしよう。次、イチノハ。」
イチノハの番。開始の合図が鳴る。
イチノハ、先生、共に動かない。その静寂を切り裂いたのは風だ。そよ風が舞い、先生に葉っぱが鋭い刃物のように襲いかかる。
しかし、その刃物のような葉っぱは先生に接触する瞬間に翻し、イチノハへ向かう。イチノハは正面に手をかざし、誰がみてもわかるであろう防御魔法を張る。葉っぱは防御魔法に当たり、床に落ちていく。
次は植物のつるだろうか。先生に向かって鋭い針のように襲いかかる。しかし、先生はそのつるをスルリとすり抜けるようにかわし、イチノハへ急接近する。
そしてイチノハの左頬にキックがクリーンヒット。かと思いきや、顔の直ぐ横で防御魔法の波紋が浮かび上がる。
イチノハは防御型だろうか。植物を自在に操り遠距離攻撃も仕掛ける。しかし、戦闘開始から初期位置からほとんど動いていない。移動速度には自信がないのだろうか。
「よし、防御はいいけど中距離から近距離の攻撃が欲しいね。じゃあ最後キッドくん。」
名前を呼ばれる。目の前で人間技とは思えない戦闘を見せられて自分はどうしたらよいのか。
いや、待てよ。実は魔法が使えない代わりにすごい速度で動けたり、攻撃力があるのか。
物は試し。闇雲に走ってパンチを繰りだそう。
開始の合図がなる。同時に自分の体感ではすごい速度で走って、全力のパンチを先生にお見舞いした。つもりだった。
ものの数秒だった。全力で走ったつもりが速度は一般的な学生の走る速度。パンチは空を切り、先生のビンタが右頬に入り、宙に浮いて5メートルくらい飛ばされただろうか。気づいた時は地を舐めるような体勢で転がっていた。
「無理だろ…だって俺、やっぱりただのおっさんだし。」
そんな雀の鳴くような声で呟くと先生が絵文字の汗が出ているような顔で自分に駆け寄る。
「キッドくんごめん。パンチじゃなくてビンタにしたんだけど大丈夫だったかい?避けたり防御するのかと思って。」
転がる前はなんとかなるかもしれないと思った自分がいた。
しかし、身体能力は普通のおっさん。違う言い方をすると、運動神経の悪い中学生くらいであろう。
稽古も終わり、このメンバーを見慣れてきた頃に口をひらく。
「昨日から怒涛のように色々起きてるんだけどさ、聞いて良いかな?村の様子を見ると、子供や若者が全く居ないみたいなんだけど。」
談笑をしていた場の空気が変わるのがわかった。
急にみんな口をつむぎ、しんとした空気に包まれる。
そんな中、先生が口をひらく。
「まあ、この村の事情はよその人は知らないよね。もし聞いてもあまりみんなに触れ回る事をしないと約束出来るなら話してあげてもいいけど。」
トウヤが激昂したように叫ぶ。
「よそ者だろ!!!別にいいだろ!!!」
先生が優しそうな表情を変えず言う。
「キッドくんにも事情があって話しにくいかもしれないけど、僕も聞きたい事があるんだ。それ次第ではこの村の事情は話さないから安心してね。」
その言葉からすると、村の事情とやらは相当人に話したくない事らしい。
トウヤが納得のいかない表情をするが、何も口にする事は無く、先生に目配せをする。
その仕草は親の同情を引きたい15歳の少年っぽさがあって不謹慎だが可愛らしく見えた。
先生がそれに気づいたのか、少しだけ視線をトウヤに向けてすぐに自分と目があった。
「キッドくん。もし僕とお話する気があったら夕刻、先生の家に来てくれるかな。」
その言葉にコクンと頷く。
そして夕刻。おそらくこの世界も現実世界と同じく夕刻は太陽が沈みかけた頃合いだろう。
そう思い、頃合いを見て先生の家の扉を叩く。
コンコン
「どうぞー」
「失礼します」
「来たね。まずはお茶でも出すよ。そこの椅子に座って。」
先生の家の中は何回か見ているが、レイジの家よりも壁の木材が厚く、家具も机、椅子、書類棚らしき棚、ベッド、石造りの洗面台らしき物と整然と並んでいる。
ゲームでよくある始まりの村の建物としては立派だ。
先生が先に口を開く。
「君は何処からきたんだい?」
先生の目を真っ直ぐ見ながら言う。
「信じてもらえないかもしれませんが、私は別の世界から来ました。日本という国です。そこでは36歳のサラリーマンをやってました。気づいたらこの村にワープしていました。」
知り合ってから時間はそれほど経っていないが、嘘や誤魔化しが通じる相手ではないだろう。正直に答えた。
「別の世界か。日本、サラリーマンか。僕でも知らない言葉を知っているあたりから本当だろうね。36歳だったとしたら僕とそんなに年齢が変わらないんだが。」
先生は少しうつむきながら考えているような仕草を見せ、数秒の沈黙の後、真っ直ぐ目を向けて話し出した。
「世界は広い。ひとまずは信じよう。信じたうえで話すが、この村はレイジくん達が小さい頃に一度滅ぼされている。」
結構すぐに人を信じた。普通もっと疑って探りを入れるなり何かしらのアクションがあっても良いと思うが。
本当に人が良いという事にしておこう。
そして村が滅ぼされているという話は結構衝撃的だ。
自分は顔色を変えないように注意しながら質問をした。
「戦争ですか?」
「いや、たった一人の人物に当時この村にいた戦える若者、成人、それも女性含めだ。100人ほど束になって応戦したが一瞬で殺された。」
数秒の沈黙ののち、先生がまた口を開く。
「その時に、レイジくん、トウヤくん、イチノハちゃんのお世話になってた村人が殺され、ナツキちゃんに至っては実の親が殺された。」
このお方、想像以上に口が軽いようだ。それも内容としては重めの話が次々と出てくる。
ここで3つの疑問を抱く。子供と老人は何故殺されなかったのか。子供は今のメンバー4人しか居なかったのか。実の親が何故ナツキしか居なかったのかだ。
それを先生に質問する。
そして先生は口を開く。
「子供と老人が殺されなかった原因はわからない。子供は今の4人しか居なかった。実の親については何というか、この世界では魔力を有してる子供が里子に出される事は普通にあるんだ。珍しいことじゃないよ。」
疑問が解決されたようでされていない回答だった。
先生に重ねて質問をする。
「初めの二つはとりあえずわかったとして、魔力を有してると何故里子に出されるのですか。」
先生は渋い顔を見せ口を開く。
「まあ、この世界では普通の事だよ。」
普通の意味がいまいちわからなかった。現実世界、日本とでも言っておこう。自分にとっての普通は親の元に生まれたらそのままその親に育てられると認識している。
いや、普通と言ってはいけないのだろうか。
親子にも色々な形がある。
それにしてもだ。世界が違うと普通の意味も違うのだろうか。
先生が少し柔らかい表情でこちらを見つめながら口を開く。
「とにかく、若い彼らにとっては村が滅ぼされた事がトラウマなんだ。わかってくれるね?」
説得してくるような口調で語りかけてくるが、自分は全く臆する事なく先生に対してまた質問を飛ばす。
「先生も成人して戦えたのでしょう?何故村が滅ぼされた事を知っているのですか。」
先生は少し苦い表情をして答えた。
「僕はこの頃、魔法軍に所属していてね。村に居なかったんだ。しばらくしてから村に帰ってきた時に村の老人に聞いたのさ。」
少し考えたが、この世界で魔法軍という組織。日本で言う自衛隊のようなものか。
そのように解釈すれば確かに辻褄が合う回答だった。もしかしたらと思っていたが、一瞬でも先生が村を滅ぼした張本人じゃないかと疑った自分に嫌気が差す。
そして先生に語りかける。端的に話の肝となりそうなセリフを抜き出す。
「つまりは、村を滅ぼしたある人物を4人は恨んでるという事ですね。」
先生は少し驚いた表情で話しかける。
「君は子供なのに鋭いね。あ、えっと中身は大人だったか。」
先生は続け様に語りかける。
「その村を滅ぼした人物は今や国狩りと呼ばれている世界最恐の犯罪者だよ」
世界最恐の犯罪者とは物騒な響きだ。明らかにただ者ではない事は容易に想像ができる。出来れば関わりたくはない。この世界で弱いと知ったから余計にだ。
もしかしてこの世界では秩序という物が無いのではないかと思っていたが、異世界でも犯罪という概念が有るようだ。
そして先生は手をたたく。
「はい!話は終わり!決して変なことは考えないでね。気をつけて帰るんだよ。」
いや、変なことどころか少年少女でもチート級の強さの世界で世界最恐とまで呼ばれている人物をどうしろと。
自分はただのしがないサラリーマン。
安定思考なのだから余計な事に首は突っ込みたくない。
話を聞き終わった自分は、先生の家を後にした。