こんにちは異世界
朝の8時過ぎ。眠たい目を擦りながらベッドからなんとか身体を起こし出社の準備をする。
朝の準備はスーツに着替えてアパートの玄関から外に出て鍵を締め、車に乗り込み会社へ向かうだけのいたってシンプルな工程である。
朝食は食べない。
住んでいる地域は田舎のため当然電車など走っておらず、バスの便も充分ではないため車での移動が必須だ。
そんな田舎道を車を運転して会社へ移動している最中。
「お、なんだ?」
急にものすごい衝撃を受け、意識が無くなる。
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「…ここはどこだ?」
周りを見渡すと背の高い木々が立ち並び、草木が生い茂っている。
どうやら森のひらけた平地に投げ出されたようだ。
運転していた車は見える範囲に無く、持ち物も何もない。
おかしな事に身体を確認すると着ていたはずのスーツ姿ではなく、ゲームの世界でよくある冒険者レベル1のような姿をしていた。
「なんだここは…この格好は?」
森の奥から物音がする。
「なんだ!?動物か!?」
森の奥から現れたのは14、5歳くらいの少年だった。
その少年は深い青色の髪、青い瞳、整った顔立ちの美少年だった。服装はよくゲームで見掛ける冒険者の格好と言うところか。
少年が語りかける。
「すごい音がしたから何かと思ったが…そこの君。怪我はないか」
「あ、はい。怪我は無いです…多分」
「もうすぐ夜になる。こんな森の奥は危険だ。早く村へ帰ろう」
そこで気づく。
やけに自分の身長が小さい。目の前の少年と同じくらいの目線だろうか。
身体もやけに軽く感じる。
自分は38歳。身長170センチほど。中肉中背。
普通に立った状態では、少年の身長は150センチ程度だろうか。
普通に考えて少年と同じ目線になるはずがない。
そんなことを考えているうちに少年がさらに声をかける。
「君は先生から稽古を受けている子かい?見慣れない子だが…」
稽古を受けている子という言葉に違和感を感じる。
どう考えても自分はおっさんのはずだ。
「子」とは呼ばれないはずだ。
「…稽古ってなんのことだ?先生?俺は君と違っておっさんだよ?人からなにかを習う歳じゃないはずだけど…」
少年が目を細めて言う。
「おっさん?…よくわからない言葉だし、どうみても稽古習う年齢じゃないか。君、名前は?」
そこで思考を巡らせる。
自分はおそらく小さくなっている。
そして少年から稽古を習う年齢と言われてることから見た目はおっさんではない。
自慢ではないが、自分は学生時代成績優秀。
状況の把握は得意だ。
ここは明らかに会社へ向かう道路の途中ではない。
急に森の奥から日本人とは思えない風貌の少年。
冒険者のような服装。
妙に若い自分の声。
「…まさか!」
間髪入れず少年が声をかける。
「君はマサカというんだね。人に名前を聞いておいて名乗らないのは失礼だ。僕の名前はレイジ。」
「あ、いや、まさかって名前じゃなくて…」
「違うの?じゃあなんて言うの?」
導き出した自分なりの推測は、何かしらの理由で異世界に飛ばされたというところか。
状況が整理しきれない今は、ここが異世界と仮定して行動しようかと思う。
そして今はゲームで言う一番最初の名前を決めるところだろう。
せっかくなら本名の佐藤勝也ではなく冒険者らしい名前を名乗りたい。
「…キッドだ!俺の名前はキッド。」
キッドとは昔からゲームをするときによく入力していた名前だ。
とっさに思い付いたのが使いなれていたプレイヤーネームだった。
ここが異世界なら特に違和感の無い名前だと思うが吉と出るか凶と出るか。
レイジが声をかける。
「キッドか!とりあえずよろしくね。まあー、この村にいて先生から稽古を受けてないってのも変な話だ。魔法は何を使うんだい?」
「魔法かぁー」
少し考える。
ここが異世界なら今はゲームで言う基本的なステータスを決める場面だろうか。
せっかくなら強そうな魔法を使いたい。
そう思って口をひらく。
「光の魔法だ!回復から復活、バリアも張れる。攻撃だって強いぞ!」
内心ワクワクしながら返事を待つ。
「おかしいな。先生から習えるのは火、水、雷、草のどれかのはずだけど…もしかしてこの村の子じゃないのかい?」
おっさんなのに中二病が発動してしまった。
ものすごい羞恥心が生まれる。
「とりあえず夜になる前に村へ帰ろうか。せっかくなら先生に会って、魔法の適正見てもらおう。君が悪いやつじゃなけりゃ稽古仲間も紹介するよ」
そう言われレイジに連れられて村へ向かう。
時刻は夕方だろうか。思いのほか村は近く10分ほど歩いた距離にあった。
村は木造家屋が立ち並ぶ。よくある最初の村にありそうな風景である。
地面は土で固められており、少々砂利が混ざる。
幸いな事に足にはボロボロのスニーカーというべきか。
そのような靴を履いていたため、砂利で足が傷つくことはなかった。
「先生!森の様子を見てきたら僕らと同じくらいの男の子がいた!キッドくんって言うんだ!先生の魔法の稽古を受けたこと無いらしいから適正見て欲しいんだ!」
先生らしき人がこちらへ向かってくる。
身長は180センチほどだろうか。髪の色は日本人と同じく黒。瞳の色も茶色で顔立ちも標準的な日本人といって良いだろう。少し厚手の生地のローブを羽織り、腰には短剣をぶら下げている。
「やあ、帰ってきたね。君が一番しっかりものだから森の様子を見に行くように頼んだんだ。無事でよかったよ。魔法の適正ならすぐに見られるからいいよ。」
物腰の柔らかい口調。とても優しそうな声で先生は話しかけてくる。
「キッドくんだね。少しの間目を瞑ってくれるかな?」
自分は言われた通りに目を瞑る。
ここで期待が膨らむ。
実はすごい魔法の適正があって、異世界で大活躍できるような魔法が使えるのではないかと。
異世界転生ものでよくありがちな転生してきたやつチート級に強いと言う考えである。
「んー、これは」
先生が言葉を発し、続けざまに言う。
「んー、なんの適正も無いね。」
自分は落胆した。
「なんの適正も無いってありえるんですか!?ほ、ほら!光属性とかなんか、お決まりじゃないですか!初期からチート能力あるみたいな!」
「んー、キッドくんね。君には魔法の適正がなーんにもないみたいだね。まあ、魔法が使えない人もこの世界ではたくさんいるからそんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。」
見覚えの無い世界だが先生の優しい口調のおかげで魔法の適正が無いという事が本当であるという事実がいっそう強く感じられる。
「ところでチートってなにかな?」
ここは異世界だ。現実であるチートという言葉が通じないらしい。
あまり変な事を言わず周りの様子を伺いながら過ごした方が良さそうだ。
そこに女の子がやってくる。
「ねぇ、レイジ。森の中に何かあったの?」
髪の色はオレンジ色。瞳の色はワインレッド。年齢はレイジと同じ14、5歳くらいのショートヘアが似合う美少女だ。
服装はシンプルな白いTシャツ姿に短パンという男の子のような見た目だ。
服装を加味しても美少女である事がわかる。美少女をみた自分は異世界ってやっぱり女の子が可愛いと思い、この境遇に少し感謝をしたくなった。
「ああ!男の子がいたんだよ。僕らと同い年くらいかな?」
視線と身体を女の子へ向ける。
「へー、なんか地味な子だね。名前はなんて言うの?」
レイジが答える。
「キッドくんて言うんだ。魔法の適正は無いみたいだし、時々変なこと言うけど悪い子じゃないと思うよ。」
地味だの、魔法の適正が無いだの、変なこと言うだの少し気になるところはあったが右も左もわからない世界での女性との接触だ。それも美少女。
多少の無礼には目を瞑ろう。
そして女の子が口をひらく。
「私はナツキ。火の魔法を練習してるの。将来は赤の国で活躍したいと思ってるんだ!」
どうやらナツキという子は火属性のようだ。
見た目どおりと言えばそうだが、色々と気になる点が出てきた。
まず、この村は何処か。赤の国とは。
そして背格好はわかったが、肝心な自分の顔がどのように見えているのか。
実はまだこの世界で自分の顔を確認していない。
色々質問したいことはあったが、レイジが声をかけてくる。
「まあ、今日は遅いからさ、僕の家で泊まるといいよ。」
どうせならナツキちゃんの家が良いと思いながらもお言葉に甘える事にした。
「一緒に稽古を受けている人で仲の良い子がもう二人いるからさ、明日でも紹介するよ。」
そう声をかけられ、レイジの家へ向かった。
レイジの家はお世辞にも広いとは言えない。
言うなれば木造築80年のワンルームという感じのたたずまいで収納スペースは無し。
家具は木で作られたテーブルと椅子が部屋の真ん中にあるくらいだ。
そこで早速レイジに質問を投げ掛ける。
「いったいここはどこなんだい?村の名前とか位置関係とか」
「変な質問だな。この村はナチュラル村。位置関係がよくわからないけど、どの国からも同じくらいの距離かな。」
「えーと、その国ってのはどこにあるのかな?」
「それもかい?国は、北に青の国。南に赤の国。東に緑の国。西に黄の国だね。」
「この村はどっかの国に所属しているのかい?」
「今はどこにも所属していないよ。まあ、戦争や紛争が起きて軍が攻めてきたらわからないけどね。」
なんとなく国というものがあり、ここナチュラル村は独立した地域というのはわかった。
そして戦争や紛争があり、軍隊があることもわかった。
そうなると、魔法を使う軍隊があるという事だろうか。
現実世界に嫌気が差していた自分はもはや異世界で生活する事を受け入れ始めていた。色々な事が知りたい。
その前に自分の容姿が気になる。
「レイジくん。この家に鏡とかはあるかい?」
「鏡はないけど、水面に光を照らせば反射はするかなぁ。どうしたんだい急に?」
「あー、ちょっと髭とか伸びてないかなーって、髭剃り持ってないし」
「よくわからんけど、わかったよ。部屋の隅に水貯めてあるから見るといいよ。」
そしてようやく自分の顔を確認した。
その顔は自分の14、5歳の頃の地味で目が細く、若干ウェーブ気味になる黒髪天然パーマは健在だ。
異世界効果なのか若干美化はされているものの、レイジのような整った美少年とはいかないようだ。
指で顎をなぞるが当然髭は生えていない。
「んー、まあ。俺だな。」
「またなに変なこと言ってるんだよ。キッドはどこから来たんだい?」
「最後の記憶だと日本だな。出勤途中だった。」
「日本?出勤?なんだそれ?ほんと変なやつだな。」
しかし、これは事実である。
急に異世界に飛ばされたものだから自分も状況をよく把握出来ていない。
「レイジくん。親は居ないの?」
「僕は小さい頃から、この村で一人だよ。魔法の適正があるとかで、早々に親元から出されて毎日稽古をしてるよ。」
「あー、ごめん。なんか悪いこと聞いたわ。」
「まあ、僕みたいな人も多いけどみんながみんなではないよ」
異世界の親子関係は複雑そうだから今後はあまり聞かないようにしようと思った。
そうしているうちに夜が更けていった。
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お昼のニュースです。今日未明、○○市○○町で大型トラックと乗用車が正面衝突し、性別不明の遺体が発見されました。遺留品から○○市の会社員佐藤勝也さんとみられるとのこと。警察は事故の原因を調べるとともに………
即死だったようだ。事故の様子としては自分が乗っていた車が大型トラックにはねあげられるように激突し、そのまま形も残らないほどぐちゃぐちゃになったようだ。
事故現場には臓物と見られるものが散乱し、オイルの匂いと血の匂いが混ざった刺激臭が漂い、そこにはかつて人間だったであろうもののパーツが転がっていた。