16 秘密を明かされて思うもの
「でも、ある日、先生が一つの高校を薦めてきた。そう、この学校だよ。ここなら、毎年数多くの人が受験してるから、中には中学校の中でほかに受験する人がおらず、ほとんど一人で受ける人もいるって。だから交友関係もほとんどみんなが一からなんだって。しかも、全寮制で、すべての部屋にオートロック機能と防音性、カードキーによる厳重なセキュリティーもある。もしかしたら、ストーカーにも遭わずに済むんじゃないかなって思った。学費も免除されるし、実力主義って聞いたから、私にも居場所を作れるとも思った。で、受験も受かって、ようやく家族に迷惑なんてかけずに学校生活を送れるって思ってたところで、櫂斗に出会ったんだ」
嫌な記憶を思い出して泣いていた紗綾は、少しだけ鼻をすすっていた。
一気に言い終わって、一呼吸ついたのを合図に紗綾は笑顔を見せる。
「櫂斗を見た瞬間、今まで感じたことのない安心感みたいなのを感じたの。この人なら私をのけ者にしないって。きっと守ってくれるだろうって思った。実際は勘だったし、確証なんてこれっぽっちもなかったけど、なんとなくそう思っただけ。たったそれだけだって思うかもしれないけど、私にとってはものすごい賭けだったんだよ?」
「でも、俺はお前に対してそっけない態度をとったが?」
「まあ、それも勘なんだけど、本心じゃないだろうなって思っただけ」
これほど小さな体に、普通では考えられないほどの苦痛をため込んでいた紗綾は最後の一言を言って、心を落ち着かせるように、だが、まだ涙をこらえるかのように深呼吸をした。
「なあ、俺はお前のことなんて、今朝初めて会ったばかりの他人としか思えない。勘で近づいたなんて言われても、俺はわからない。でも、今はお前に少し腹が立っている」
「なんで?」
さっきよりは落ち着いた声音だ。しかし、抱え込んだ苦しみは吐き出しても、ぬぐい切れない涙をこらえているのが俺にははっきりとわかる。
「分かってる、なんて立派なことを言うつもりはないが、お前、まだ我慢してるだろ。確かに、抱え込んだものはもう吐き出したと思う。でも、お前は俺に吐き出している時も、今も、泣くことだけはずっと我慢している。見ているこっちがつらくなるくらいにはお前が必死にこらえているのが伝わってくる」
「やっぱりばれちゃったか、さすがにこれ以上迷惑かけるわけにもいかないからさ」
その言葉を聞いた瞬間、何かがぷつっと切れる音がした。
俺にも感情があったらしい。今まで、俺も感情を抑えてきたが、紗綾の話を聞いてからは、抑えているものが弱くなっているのを感じていた。
しかし、感情を表に出しても何にもならないことはわかっているので、できるだけ落ち着いて言う。
「あのさ、俺はお前の苦しみを受け止めるって言っただろ。それでもお前はまだ我慢するっていうのか?なあ、お前、こうやってすぐ我慢してたらいつか壊れるぞ。何度も言うが、俺はそうやって壊れて言ったやつを何人も知っている。俺だって、目の前のやつが壊れるかもしれないってのに、のうのうとしてられないんだよ」
「でも…」
「でもじゃねえ。我慢するなって言ってるんだよ」
「いいの?」
「だめならはなっからお前の話を聞いてすらねえよ」
「うん、そうだね。ありがと。でも、泣いてるのは見られたくないな」
「ああ、俺は外か別の部屋にいるから。部屋にいなかったら連絡してくれ」
言いながら、部屋から出て、フロントまで行く。誰もいないことを確認してから、少しだけ紗綾の話を思い出す。
「ああ、もう引き返せないな」
自分からかかわってしまった以上、もう後戻りはできない。
とりあえず、紗綾の切ない過去はこれで全部です。