15 秘密を抱え苦しむもの
とりあえず、部屋の鍵を開け、初めから備え付けてあったスリッパを出し、落ち着ける場所に座るように促すと、ベッドの上に座りだしたが、今は気にしている場ではないので何も言わないでおく。
俺は椅子を出して紗綾の正面に座る。
「じゃあ、いいか?」
紗綾は無言でうなずく。
「もう一度言っておくが、これはあくまで俺の予想だから違えば違うって言ってくれ」
続けて言えば、紗綾はまた無言でうなずいた。
「俺の予想は、お前が昔、って言ってもいつかまではわからないが、最近ではないと思う、にストーカーにあっていたんじゃないかと結論を出した。さすがに1日じゃわかりにくいが、たまに、お前は誰もいないところでも後ろや死角となる場所を気にしていた。まあ、それだけなら俺も気にしなかったかもしれない。でも、知らない人が近づくたびに、警戒して、いつでも逃げることができるように身構えていた。普通はそこまでしないし、そもそも警戒すらあまりしない。だったら、何かあると思うのは道理だ。そして、今までの会話とかしぐさとか、全部含めて考えたら、ストーカーにあっていたんじゃないかって気が付いた。しかも、ただのストーカーじゃない、狂気じみて、脅迫じみたものだったって。違うか?いやなら答えなくてもいい。ただ、苦しいなら吐き出せ。俺はそうやって苦しいのをずっと我慢して、もっと苦しんできたやつを知っている。俺が苦しみもつらさも、全部とは言えないが、受け止めてやる」
「うん。ありがと」
いつの間にか少しだけ涙を流していた紗綾が袖で涙をぬぐい、決心したように口を開いた。
「えっと、まず櫂斗の予想はこれ以上ないってくらいに当たってる。それこそ怖いくらいに。私が最初にストーカーに遭ったのは中学2年生のときなんだ。最初はただ後ろを付けてくるだけだったんだけど、日が進むにつれて嫌がらせもされるようになってきた。外に干してた洗濯物から私の下着とか服とかが盗まれていったの。さすがにお母さんが警察に相談したけど、警察は勘違いでしょうの一点張りでまともに取り合ってくれなかった」
嫌なことを思い出したせいか、先ほどより表情が険しくなっている。
「それで、警察に相談した次の日には家にカッターナイフの替え刃とシミが付いた私の下着が送られてきたの。私は怖くなって、家族にも迷惑をかけそうで相談もできなくなって、部屋に閉じこもったの。自分の部屋にいたらもう怖い思いをしなくて済むんじゃないかって。でも、ある日、家に男の人が訪ねてきた。黒い帽子にマスク、手には私の服をもって。いかにも怪しいって感じだった。でも、気づいちゃったんだ。相談した時に一緒にいた警察の人と同じだって。もう何も信じられなくなっちゃって。そしたら、お母さんが私とお父さんと一緒に引っ越そうって言ってくれた。私はもう何もできなかったからお母さんの言うとおりに過ごした」
ふう、と息を吐いてまた続ける。
「中学3年生になるときに引っ越して、ぴたりとストーカーがなくなったから勇気を出して新しい学校に行ってみたの。でも、学校にあったのは私をのけ者で見るような蔑んだ眼だけだった。誰も私と関わろうとしなかった。もう、勉強するしかなかったんだけど、それも耐えられなくなって。やっぱりまた引きこもっちゃった。毎日毎日、家の前を通る声におびえて布団から出られなかった。それでも、土日はあまり家の前をだれも通らないから、布団から出て勉強してた。先生は学校になじめない事情を理解してくれて、家でテストを受けたりしてた。先生は、この成績なら大体の高校に受かるって言ってくれた。でも、私は高校に行ける自信がなかった。また、のけ者にされたらどうしよう。家から出て、またストーカーに遭ったらどうしようって考えたら怖くなったんだ。私ってホント弱いよね?」
唐突に投げられたその疑問は俺に対するものじゃなく、自身への戒め、あるいは自嘲のようなものが込められていた。




