修羅の世界
「それではゲームを再開します。
【アスラ】よ、他の魔王全てに打ち勝ちなさい。」
「えっ!?」
自分の名前を聴き慣れた女性の声のアナウンスで呼ばれ、晶は白い世界を思わず見回した。
単なる音声と思っていたが、あれは全部HCの声だったのでは?と疑問が湧いてくる。
最後の最後になってHCの影がチラつき始めた、いや【最後】だからこそか。
周囲の景色が構築されていく、それは昨日のものと変わらない、長閑な草原に囲まれた、崩れた神殿の風景だった。
「ティーリィ! ピュイピー! レヴィたん!」
とりあえず眷属を呼び戻す。
下腕の両掌に現われた黒い球体が、何処からともなく出現した三体の幻獣を吸い込んでいく。
『ホホ、アスラや、最早下界の連中ではわらわの相手は出来んの。』
『【牛鬼】をああも容易く倒せると思わなんだ。』
『【海】にヨルムンガンド以外が存在しないとは思わなかった。
我の【海王】なる称号は誰を従えているんだろうな。』
「ん、あー。
楽しんでるようで何よりだね。」
脳内で眷属の報告を聴きながら晶は周囲を見渡す。
するとすぐに待っていた相手が現れた。
「やぁ、【魔王アスラ】。
では【修羅道】へと案内しようか。」
アズラーイールは挨拶もそこそこに手を振り、光の柱を出現させた。
「さ、これに入れば【修羅道】へ行ける。
何か質問はあるかい?」
「んん、無い。
もう後は戦って戦って、勝つ、だけでしょ?」
「その通りだ。
アスラ、天主様とお会いして崇高なる【願い】を聞き届けて欲しい。」
「ん? 願い?」
「いや、言い過ぎたな。
気にせず、思うがまま進むがいいさ。」
「ん」
少し慌てた様子のアズラーイールに構わず、晶は軽く頷き光の柱へ踏み込んだ。
光に包まれ晶は上昇を始めた。
上空から眺める【天界道】はとても美しく感じられた。
日の光届かぬ地下で暮らしたあと、コールドスリープに入り仮想現実でのみ行動していた人間は、天使となり五感を得てこの【天国】で暮らすうち、あのように【高慢】で【傲慢】な考えになっていったのだろうか。
折角美しく争いの無い天使だけの空間で、何故あのような歪んだ選民思想へ憑りつかれてしまったのか。
『何が足りないんだろう?』
晶は天使たちが人間に対し節度ある対応をするために、何が不足していたかを考えた。
だがその答えを出すには時間が足りなかった。
晶はその身を【修羅道】へ運ばれ終えてしまっていた。
そこは【地獄道】より地獄らしい世界だった。
赤く染まった空は血を連想させ、大地は乾ききった血のように赤黒い。
索敵するまでもなく周囲には怪物が溢れ、晶そっちのけで争い合っていた。
怪物の形態は全てバラバラで、中には生身の人間の様な姿の者もいた。
だが大半は恐ろしい魔物の姿をしており、晶が今までに体験したゲームの【ラスボス】が集合したような印象を持った。
そしてその印象はおそらく正しいもののように思われた。
コールドスリープに入った者たちが想像する【一番強い者】がイメージされて具現化した世界、それがこの【修羅道】なのだろう。
昨日アズラーイールと話していた時にそのヒントとなるような言葉が随所に見受けられていた。
見渡す限りの【争いの世界】、これを終結させることが【人間道】へ至る条件となる。
さて誰から倒していこうか、と晶が脳内の眷属と相談しようとした瞬間、不意に現れた者たちに取り囲まれた。
「うぇっ!?」
晶は驚愕した。
思いもかけぬ存在が出現したからだ。
「驚くことは無い、俺たちはアスラの手伝いに来ただけだ。」
「ちょっと癪だけどね、暴れてやるよ。」
「僕、頑張るよ姉ちゃん!」
現れたのはタモン、ナッキィ、来里だった。
「えー!? なんでなんでなんで!?
みんな私を手伝ってくれるの?
それってどうなの? 大丈夫なの?」
疑問符で溢れる晶の言葉に苦笑しながら、代表して来里が答えた。
「えへへ、姉ちゃん。
実は僕たち本物の【プレイヤー】じゃないんだ。
【SR】内で姉ちゃんに好意的な存在をHCが集めて、
【アバター】として出現させたんだよ」
「【アバター】として?」
「そう、僕たちの思考ルーチンを人工知能と融合させて、
現時点の僕たち同様の強さを備えた【アバター】なんだ。」
少しの間呆けていた晶だが、みるみるうちに嬉しさを爆発させる。
「じゃあまた一緒に闘えるの?」
「あぁ! 【エキドナ】になった力、見せてやんよ!」
「アスラ、あくまで俺らはアバターだからな。
後で本物に礼を言ってもまるで伝わらないから覚えておけよ?」
タモン本人としか思えない【大天狗】に注意された晶は照れくさそうに頷く。
来里が相変わらず愛嬌のあるピンクのガネーシャなことに思わず微笑んでしまう。
「んもぉこんなの嬉し過ぎるよー!
【修羅道】なんてあっという間に片付けられるよー!」
「待ってよ姉ちゃん!
まだまだ味方はいるんだから!」
来里の言葉に晶は次々と周囲へ湧き出る存在を感じた。
「おおお! 黒鬼くん! 熊童子! グリフォン! ザラタン殿も!
それに【アンドラス】! 悪魔が手伝いにきて大丈夫なの!?」
「魔王アスラ、最も強き者に従うが悪魔の倣いである。
地獄の大侯爵たるこのアンドラス、
今こそ貴公の為の剣となろうぞ!」
他にも今まで激闘を繰り広げた相手が晶を取り囲む。
ふと気付けば喧噪の中に不機嫌そうに佇む【呪われた天使】の姿もあった。
きっと変に声を掛ければまた不貞腐れてしまうだろう。
晶は心の中で感謝を伝えるにとどめた。
「ほらアスラ、戦いの号令はアンタの役目だ。
威勢のいいやつ頼んだよ!」
ナッキィに促され晶は己の軍勢の中心に立つ。
そして、
「ありがとう! 我が【好敵手】たち!
ここに集まったは一騎当千の強者なり!
周りにあるは【魔界の修羅】!
ただただ闘え! そして打ち勝て!
我が勇ましき【友】よ!
【誇り】を胸に【闘争の炎】を燃やせ!
いざ! 出撃!!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!」」」」」
晶の鬨の声に応え、大地を震わせる雄叫びが響き渡った。
【アスラ軍】は次々に周囲の怪物へと戦いを挑み、屠り、消し去っていった。
コールドスリープ後の人間が生み出した【修羅】は確かに強い存在だったが、晶たちはその【闘争の魂】の質が違っているとしか言えない戦いぶりを魅せた。
晶が眷属と融合した【天道狼鬼】が太陽の力を全開にして、恐ろしき怪物たちをバッタバッタと薙ぎ倒す。
そしてタモンが、ナッキィが、来里が、そして数々の【強敵】が、【修羅道】を席巻していった。
アズラーイールは【一昼夜】と表現していたが、晶の【修羅道】での戦いは二時間ほどで終結した。
最後に残った巨大な怪物を仲間と協力して倒したあと、晶は【友】のアバターと勝利の喜びを分かち合った。
すると晶に声を掛ける者が現れた。
「お見事だね、アスラ。」
予想通り、それはアズラーイールだった。
「ありがと、アズラーイール。
【人間道】への案内もキミがやってくれるの?」
「あぁ、ワタクシが最後の場所へ案内する。」
晶と大天使のやり取りを聞いたタモンらが次々声を掛けてくる。
「アスラ、インドラは強いぞ。
心置きなく闘ってこい。」
「アタシを何度も負かしておいて、
一番にならなかったら承知しないよ!」
「姉ちゃん! 僕インドラさんとどっちも応援してるから!」
「はぁ?」
本人ではないと分かってはいるが晶はピンク色の象人間を威嚇する。
すると背後から
「勝ってきな」
と声を掛けられた。
振り向くが大きな鬼たちに紛れてしまい、その声の主の姿は見いだせない。
口が緩むのを抑えられないまま晶は皆に礼を言い、アズラーイールの案内を受け、【人間道】へと進むため光の柱へ入っていった。




