本能のまま
【案内役】と自らを称した大天使【アズラーイール】は戦う姿勢を見せず、崩れ落ちた神殿の柱へ腰掛け、晶にも座るよう促した。
素直に従い向かい合わせに座る晶にアズラーイールは目を細める。
「静謐を打破し混沌をもたらす【破壊王アスラ】、
キミは【天界道】の試練に打ち勝ち【修羅道】へ赴く資格を得た。」
「……はぁ、どうも。」
おおよそ年若い女性に与えられるとは思えぬ物騒な称号を得て晶は鼻白む。
「堂々たる戦いぶりに【天主様】も満足されるだろう。
どうする? すぐさま【修羅道】へと向かうか?」
「うーん、さっきの戦いでちょっとダメージも残ってるし、
名前からして【修羅道】って滅茶苦茶戦うんでしょ?」
「そうだね、おそらく一昼夜戦い続けて【修羅】を一掃しなければならない。
キミの知る【魔王インドラ】は既に戦いを始めている様子だね。」
「えー!? それって【現実】の身体的に大丈夫なの?
HCから【警告】来ないの?」
晶の驚きに対して大天使は穏やかな笑みを崩さず答える。
「安心していいアスラ、無茶な行いは天主様の意に沿わない。
途中で抜け出しても問題は無いんだ。
ただ、その分修羅どもはまたその数を戻していくけどね。」
どうやら【修羅道】では原始的な【生き残り】ゲームのような戦いを強いられるようだ。
「なるほどねぇ、ねぇアズラン。
ちょっと気になること訊いていい?」
「いいとも、ワタクシは【案内役】だからね。
【ミカエル】達とは違い【現実】の知識も与えられているよ。
天主様の意向と違える質問でなければ答えるよ。」
突然のあだ名呼びに動じることなく大天使は鷹揚に頷く。
「私ね、【天使】が気に入らなかったの。
出会った時からみんな偉そうに話しててさ、人間を馬鹿にしてたの。
でもミカエルは全然そんなことなくて、凄く良い戦いが出来た。
なんでミカエルだけ違ってたの?」
晶の質問に大天使は笑顔を収め真顔になり、やがて哀しげな笑顔になった。
「アスラ、ワタクシやミカエルたち四大天使に天主様の思考が混じっている、
そのことに先程キミは気付いていたよね?」
「う、うん。
HCの考え方が入ってるんじゃないかなって思った。」
「それぞれに【個性】も入れられているから一定ではないけど、
ワタクシたちは卑怯な行いをせず、人類の規範たる言動を基本としている。」
「そうかなぁ?
少なくとも四人のうち一人はずっと傲慢だったけど。」
晶の言葉に大天使は顔を曇らせる。
「まぁね、【ウリエル】に入っていた【個性】が暴走したんだろうね。
あとね、天使たちに入っている【個性】はね、
皆コールドスリープに入った人類のものなんだ。」
「え?」
「【地獄道】【餓鬼道】【畜生道】のNPCは人工知能が基本、
でも天使は基本ベースをコールドスリープした【人間】に任せたんだ。」
晶は驚きに目を見張る、では先程斃した天使のうち誰かは自分の曾祖母だったのではないかと気付いたのだ。
「で、でも私の【ひぃばぁば】はあんな性格じゃなかったよ?」
震える声で反論する晶にアズラーイールは優しげに説明する。
「そうだね、人間は肉体を持っていた時は理性をしっかり持っている。
でもコールドスリープに入ると人間はどうやら夢うつつの様になるみたいだ。
分かり易く言えば【寝惚けてる】んだね。
夢の中ではそれを夢と思わず【不条理】を不思議と思わないように。」
「じゃああの天使たちは夢の中にいるみたいに好き勝手してる、ってこと?」
「うーん、【ウリエル】に影響されちゃった部分もあるとは思うけど、
天主様に役割を与えられた特別な存在、って増長しちゃってたね。」
人間の醜い本性が暴かれた気がして晶は落ち込む。
「人間は誰しも夢の中だと自儘に行動してしまう。
ワタクシたちは天主様と一部繋がっているからね、
そんな人間たちに担がれるままにここで【魔王】出現を待っていたんだ。」
「そうですかぁ」
同じ人類の行いに晶は気恥ずかしいものを感じ身を縮こまらせる。
「アスラ、気に病むことは無い。
それだけ人間の【理性】というものが高潔だという証明でもあるだろ?
それにコールドスリープに入って尚、理性を保つ人間だっているからね。」
「へぇ、どう違うの?」
「しっかりと自我を保ち、己の信念や価値観を崩さないね。
何故そうなるのか原理は天主様でも解明できていない。
【魂】が違うのか、【本能】が違うのか、わかっていないんだ。」
「魂とか本能ってどうやって判別してるの?」
晶の質問にアズラーイールは再び優しく微笑み首を振った。
「それは【研究中】さ、【人間道】で天主様に訊いてごらん。」
「んー、そっかぁ」
さらにアズラーイールは言葉を紡いだ。
「【修羅道】にいるものたちもコールドスリープした【人間】たちだよ。」
「なんでそうしたのかな?
その方が強いの?」
「強い、かどうかは別問題だね。
人間の【本能】的な戦いを天主様が【研究中】だから。」
「あれ? それってさっき言ってた研究?
つまり【SR】がやっぱり【実験場】てこと?」
「ははは、ワタクシからはもう言えないよ。
さ、どうする? 一旦【現実】へ戻って身体を休めるかい?」
この会話の後、結局晶は【修羅道】へ行かずにクリアアウトを選択する。
眷属三体は更なる強化を望んだので、アズラーイールへ頼んで下界へ送ってもらった。
白い世界へ戻るとタモンとナッキィからフレンドメッセージが入っていた。
二人は大天使の試練を潜り抜けられなかったらしい。
四大天使のえげつない基本能力に圧倒されてしまったようだ。
特にナッキィのメッセージからは悔しさが滲み出ていた。
最終局面で後れを取ってしまったのだ、無理もないだろう。
【蝮の女神】へと進化して得た絶対の自信が砕かれた、とナッキィらしからぬ弱音を零している。
二人に自分は明日【修羅道】へ向かうことを告げる。
「つまり、【修羅道】を抜けたら【人間道】でインドラと一騎打ちか・・・」
以前はあんなに楽しみにしていた闘いだが、晶は何故か不安と恐怖が胸を占めていくように感じていた。
それから晶はまたエミリィとレオナルドに会いに行き、自分の考えを整理してから家族との夕飯に臨んだ。
【SR】の特異性に気付いている家族からは心配の声が上がるが、晶は己の【信念】を曲げたくないと説得した。
度々問題を起こしていた晶だが、今回の件はHCと世界に関わる事柄である。
家族の面々はこの二週間ばかりの間でぐんぐん成長を魅せつける晶に、【心配】と、【期待】と、【誇らしさ】を感じていた。
説得後、生身の人間の暖かさの籠もったハグを全員と行い、就寝のため自室へ向かった。
ポッドを見るとメッセージが入っていたので、横たわり、電子世界のホームへ赴く。
それは来里からのもので、『危険なことはしないでね』という旨の文面が来里らしい言葉で並べられていた。
ポッドを抜け出て、全包ベッドへ寝転がり明日を想う。
【修羅道】にどんな敵がいるとしても全てを全速力で斃し切る。
先を行くインドラが待っているのだ
負けられない
本能的な【闘争心】と【恐怖心】と【破壊欲】が湧き出る
明日
決着がつく




