五人目の男
【天道狼鬼】へと進化した晶は、融合した眷属の潜在能力を一気に理解出来た。
その内の一つ、以前ピュイピーが口にしていた【虹の女神】の力を晶は発現させた。
イーリスは【疾速】の力を持つことで知られている。
つまり、
「なっ!? なんだとっ!」
晶を見上げていた大天使が驚愕に眼を見開く。
見つめる先の魔王が一瞬にして姿を消し、己の眼前に現われたのだ。
晶はイーリスの【瞬間移動】の力を得ていた。
「ぐぁっ!」
完全に虚を衝かれた大天使は錫杖による痛撃を喰らい落下していった。
晶は更に真下へ向け、交差した両腕を勢いよく振り抜いた。
威力を増した【修羅神薙】の真空の刃が十字に拡がって大天使を襲う。
「おのれっ!」
だが刃がその身を切り裂く前に、他の大天使が間一髪で救出に成功した。
が、仲間を抱えて飛ぶ大天使の背後に再び晶は【瞬間移動】した。
「なっ!?」
至近距離での渾身の【号砲必撃】が発射された。
凄まじい勢いで投擲された金剛錫杖は、逃げようとした大天使二体に命中すると、見えない壁を壊したかのような轟音を立てて貫いていった。
これで四大天使によるコンビネーションは崩れ去ったと言っていいだろう。
「くぅ、【瞬間移動】結構キツイ。
今の私だと二連続が精一杯かな。」
『だが反撃の糸口は掴んだじゃろ!
一気呵成に攻めたてよ!』
優位に立った晶だったがそれなりの代償たる体力は失っていた。
小声で脳内の眷属へ弱音を吐くと逆に叱責をもらってしまった。
だが確かにピュイピーの言う通りである。
相手は傷を癒すスキルをおそらく所持している。
ここで畳み掛けねばならない。
弱った二体を追いかけるが残り二体が立ち塞がった。
しかしこの二体は未だ満足に飛行出来るほど回復はしていない。
「ソワカッ!」
タモンから教わった簡単な真言で集中し、晶は竜巻を放った。
それは【毘風撃】ではなく、無数の竜巻を一斉に発生させるピュイピーの得意技だった。
大量に現れた竜巻に、味方を守らんとした二体の大天使が警戒した瞬間、
「それっ!」
晶は竜巻に突っ込んで行った。
また上空へ移動するかと大天使の一体が跳び上がらんとしたが、魔王は予想外の動きを始めた。
竜巻から竜巻へ加速しながら移動を始めたのだ。
以前ピュイピーが披露してみせたアレである。
あまりの速度に大天使たちは魔王の影すら追えなくなる。
飛び廻る晶自身もコントロール出来ぬままどんどん加速していき、
「うぎゃっ!」
「ぬおぉっ!!」
負傷した仲間に回復スキルを掛けていた大天使に真っ向から激突した。
図らずも、途轍もない【メテオタックル】が炸裂してしまったのだ。
その威力に自らも目を回したが素早く晶は覚醒し、眼前の二体へ【氣岩砲】を両腕から発射した。
治療されていた一体は見えない壁でこれを防いだが、もう一体は先程の衝撃から立ち直っておらず、胴体へ真面に弾丸を喰らった。
「無念なり」
一言残し、大天使はその身を電子の霧へと変化させていった。
「おのれぃっ! よくもガブリエルをっ!」
「許さんぞ魔王アスラ!」
「深く彫られた罪の刻印を忘れるなっ!」
どうやらいま倒したのは【ガブリエル】だったらしい。
だが大天使は見た目に違いが無い、最初から見分けがついていないアスラはただ戦いに集中している。
三位一体で迫る大天使の攻撃を跳ね返さんと錫杖をコーラルピンクの珊瑚へ変化させた。
「「「死ねぃっ!!」」」
裂帛の気合と共に突き出された三本の光の槍、だがその穂先は魔王を貫くことが出来なかった。
晶の周囲を半透明の鱗で出来た卵状の球体が覆っている。
いかなる武器も通用しないと嘯かれたレヴィアタンの防御スキル、【海王の障壁】を発現したのだ。
「馬鹿なっ! ワタクシたちの攻撃が通じぬなど!」
狼狽える大天使の一人が更なる異変に気付く。
「な! なんだこれは!?」
その足には濃緑の植物が絡みついていた。
守りと同時に晶は搦手から大天使の分断を図ったのだ。
「でーりゃりゃりゃりゃりゃりゃ―――――!!!」
すぐさま障壁を消し【金剛夜叉礫】を叩き込み始める。
三体の大天使へ向かって礫の嵐が襲い掛かった。
二体はすぐさま上空へ逃れたが、足を掴まれている一体は透明な壁で必死に防ぐのみだ。
パンッ!
その一体に向け、神妙な動作で柏手が打たれた。
ゴオオオォォォォ―――――――ッ!!!!!!
炎の大蛇が大群で荒れ狂いながら大天使を容易く呑み込んでいく。
【迦楼羅狂焔】の勢いは発現させた晶自身が驚くほど大きなものになっており、上空へ逃れた一体を巻き込み墜落させた。
想定外の好機に晶はすかさず駆け寄り、
「しゃくじょ――――っ!!」
渾身の力で金色錫杖によるトドメを刺した。
残る一体が上空でピタリと留まっている。
晶は錫杖をバトントワリングのように華麗に振り回し、最後にドンと石突で地を叩き遊環を鳴らした。
「さ、残るはキミだけだよ。
ここからは私一人でお相手するから。」
この晶の言葉に大天使のみならず眷属まで仰天する。
『な、何を言うとるのじゃアスラ!
このまま倒せば良かろう!』
『さっきまで四人掛かりで来ておった相手ぞ?
お主の信念は充分に通してあるではないか!』
『あんなに苦戦した相手だぞ?
何故優位を捨てる必要がある?』
眷属たちに答えようとする晶だが、先に大天使から質問がきた。
「【ひとり】とはどういう意味だい?
まさか融合を解いて【星狼鬼】でワタクシと戦う気かい?」
「そう、いまキミは大事な【仲間】を失ったんでしょ?
そんな相手に仲間の力を借りて戦いたくないから。」
晶の答えを聞き大天使は身体を仰け反らせる。
「な、なるほど。
さすが【天主様】に影響を与える存在だね。」
「え? 私HCに影響与えてるの?
それってやっぱり【感情】に関して?」
勢い込んで質問する晶に対し、大天使はゆっくりと首を横に振った。
「それはワタクシが答えることではないね。
この【ミカエル】を倒し、【人間道】へ辿り着いたら直接訊くといい。」
「……なるほどぉ。」
少し不満げな様子で返事をしたのち、晶は瑪瑙錫杖に念を込め、融合を解いた。
『アスラよ、お主には本当に驚かされるのう。』
『これで勝てねば笑いものぞ? 気を抜くなよ?』
『アスラ、言葉を選ばず評価するならば、貴様は【大馬鹿者】だ。』
眷属たちの言葉に頷きながら晶はミカエルの方へ向き直る。
「ミカエル、【魔界の王】を決める戦い、始めようか。」
「うん、キミの信念を受け入れお相手しよう。」
「いざ! 参るっ!」
「応っ!」
悪鬼と天使が再び正々堂々と戦い始めた。
勝負はなかなか決着しなかった。
ミカエルは優し気な口調に似合わず泥臭く粘った。
晶が温存していた【赤鴉灼熱】を放って尚、最後の一手とはならなかった。
だが、最終的には大天使三体を倒し強化されていた晶に軍配が上がった。
ミカエルの散り際は潔いもので、晶は再戦を約束してそれを見送った。
勝負が終わり、晶が脳内の眷属たちにやいのやいの言われていると、崩れた神殿から姿を見せたものがいた。
「うげぇ、また出た。」
ミカエルたちと全く同じ顔、同じ容姿の大天使が一体現れたのだ。
警戒しながら晶は大天使に話しかける。
「やぁ、大天使くん。
いまミカエルくんたちと戦って勝ったとこなんだけど・・・、
もしかしてキミも戦うのかな?」
晶の問い掛けに大天使は否定のジェスチャーを見せる。
「ワタクシの名は【アズラーイール】、死を告げる天使だ。」
「えぇ……、私死ぬの?」
「そうではない【アスラ】、
この世界でのワタクシの役目は【案内役】だ。」
「案内……?」
晶は何を言われているのか理解出来ず、ただ眼前の五人目の大天使を見つめるばかりだった。




