四位一体に
唐突に始まった四大天使との戦いだが、晶は一旦全速力で廃墟となった神殿から逃げ出した。
空を飛ぶ大天使たちに対して足場が悪過ぎるのだ。
瓦礫を投げつけたとしてもかすり傷ひとつ付けられないだろう。
ここで戦っては不利な条件しか出てこない。
【多段空歩】も交えて飛来する【光の槍】をなんとか躱しながら、晶は神殿の入口だった場所を越えた。
「ティーリィ! ピュイピー! レヴィたん!
出てきてっ!」
晶の声に応えて三体の眷属が顕在した。
そしてすぐに迎撃態勢を構築していく。
ティーリィは土壁を次々と形成し頭上の大天使への目くらましとする。
ピュイピーは竜巻を無数に起こし大天使の飛行を阻害する。
レヴィたんは大天使に向け高速で氷柱を射出して牽制する。
眷属が時間を稼ぐ間に主の魔王も攻撃手段を選別し、反転攻勢をかけた。
即ち、【先手必勝】である。
「えぇ―――――いっ!!!」
静かな美を感じさせる水晶の錫杖へ念を込めると、【玉兎静謐】の全てを呑み込む透明な球体が現れ、一瞬にして大天使たちを呑み込んだ。
これまでの天使たちならばスキルの力を失い地に墜ち、ただただ蹂躙されてきた。
だが、
「なるほど、これが【静なる衝動】か。
ならば次は【動なる激情】の力で刃向うのかな?」
「貧弱な人間らしい、劣性さを体現したスキルだな。」
「憐れかな、此方の同胞は倒せてもワタクシ達には通じぬ。」
「さ、僅かばかりの時間だが祈るには充分であろう、罪を数えよ。」
大天使たちに確かに【玉兎静謐】の力は及んだ、空から落ちてきたことからそれには確信が持てる。
だが彼らは華麗に翼をはためかせながら着地し、ティーリィの土壁を打撃で破壊し、ピュイピーの羽根やレヴィたんのブレスを躱しながら、ぐんぐん晶へと迫ってきた。
根本的な能力が違う、と感じさせる強さだった。
入っている【個性】に関しても、四体ともがHCを思わせる言動を感じさせた。
「あなたたち、HCの思考ルーチンが混じってる?」
晶の質問に四体の大天使は攻撃の速度をいきなり緩めた。
「よく気付いたね、【魔王アスラ】の評価点を少し上げようか?」
「この程度【魔王インドラ】もすぐ気付いていたはず。」
「【魔王アスラ】の本懐は真なる闘争だが、その直観の力こそが根本やもな。」
「だが今は出直すべき局面、【人間道】に混沌は紛れさせぬ。」
問い掛けに答えていたが四つ同時の発言だったため、晶にはまるで理解出来なかった。
インドラの名前と【評価点】という言葉が聴こえ気になったが、四大天使が再び攻撃の速度を上げた為にそれ以上言葉を紡げなかった。
「ぐぬっ! ちぇあっ!」
四大天使による四方からの同時攻撃に、晶は絶体絶命の状況へと追い込まれた。
金剛錫杖を振り回し、全方位からの殴打や蹴撃をなんとかいなしていくのが精一杯だ。
眷属たちも大天使の攻撃を止めようと奮戦するのだが、彼らとは膂力が違い、技術が違い、判断力が違っていた。
瑠璃錫杖で反応速度と判断速度を上げていなかったら晶も相手にならなかっただろう。
【玉兎静謐】によってスキルの力を抑えていてこの状態なのだ。
いつまでその効果が持続するか分からないこの状況は、晶に焦燥の念を覚えさせるに充分なものだった。
故に、晶は一瞬の判断を誤った。
「はぁっ!」
大天使たちの連撃を紙一重で躱した晶は【軍荼利颯天】で生み出した竜巻に飛び込み、上昇気流と【多段空歩】を併せて上空へ逃れた。
上方から【天雷】を喰らわせようと構えた晶は、単純な跳躍力で追いかけてきた四大天使に致命的な接近を許してしまう。
「うぐぅっ!!」
至近距離で四方から囲まれた晶は為す術なく、容赦ない痛撃を連発で喰らってしまった。
手痛いダメージを負って落下する晶に対し、四大天使はトドメの連打を浴びせんとするが、ピュイピーが高速で割って入り晶の身体を抱えティーリィに向け放る。
地上で体毛をクッションにして晶の身柄を確保したティーリィが、常にない早口で悲壮な提案を口にする。
「アスラ! 錫杖を瑪瑙に変え【気配遮断】するんじゃ!
ワシらが時間を稼ぐ! 隙を見て【神気蹂躙】で体力を回復するんじゃ!」
「でもそれだとみんなが!」
痛む身体に構わず晶が反論する間に、レヴィたんがその巨体を四大天使との間に投げ出した。
「アスラ! 我らは貴様の役に立てるのが嬉しいんだ!
最期まで諦めないのが貴様の【信念】だろうが!」
「レヴィたん!」
「ピュイッ!」
「ピュイピーッ!」
晶の眼前で眷属たちは絶望的な戦いに挑もうとしている。
痛みではなく、感動から零れる涙が熱く熱く感じられた。
「みんなっ! 私を信じて頑張って! 絶対に死なないでいてっ!」
涙を闘志による熱で気化させ、晶は眷属の、いや【友】の言葉通り錫杖を変化させた。
「メノォッ!!」
色鮮やかな瑪瑙錫杖が晶の掲げた右手に顕現した、その時、
「……な! なんじゃ!?」
「ピュイッ!?」
「うおぉっ!?」
晶の下腕で合掌された手の平がゆっくり開いていき、
虹色の球体が現れる。
同時に周囲には七色の光が溢れ、戸惑う晶たち四体の幻獣が重なり合った。
四大天使もまた驚愕の表情でこの現象を見つめる。
「これは? ワタクシたちの知らぬスキルか?」
「これもまた【天主様】の望まれた結果なのか?」
「【魔王】の剛強な意志の力が【天主様】の天意と合致したか。」
「【星狼鬼】から【天道狼鬼】へと至ったな。」
晶は三体の眷属たちと融合を果たしていた。
背中からはケライノーの黒い翼が生えており、額にはトロールの単眼が加えられ三つ目に変化していた、頭部には水龍の空色の枝角が煌めき、両頬に白群の鱗で出来た頬当てのような防具が装着されている。
さらに尻尾は今までのふさふさしたものから、水龍の力が宿る鱗で覆われた長いものへと変化していた。
琥珀色の体毛に変わりは無いが、ティーリィのように自在に変化させることが出来ることが本能的に理解出来た、纏う布も黒から鮮やかな濃緑へと変化していて豪華になっている。
「私、みんなと合体した?」
戸惑う晶だが、大天使たちもいきなり変化した魔王相手に慎重な様子で、遠巻きに取り囲み観察を続けていた。
『アスラよ、何を呆けておる!
今が反撃の時ぞ!』
『わらわ達の力を得たのじゃ!
先程の様な不様は晒せんぞよ!』
『アスラの中にいることでその強さが理解出来る!
我の力、存分に振るうがいい!』
「うんっ!!」
つい寸刻前には死を覚悟していた晶だったが、痛みから解放され、脳内の【友】の勇ましい声を聞いたことで、その眼に【未来】を見据えた闘志が宿った。
それと同時に四大天使も動き始める。
どうやら【玉兎静謐】で奪われたスキルの力が回復したらしい。
再び上空へ舞い上がり晶に対し包囲陣形を敷いていく。
「ただならぬ気配ではあるが、
果たしてワタクシたちに通用するかな?」
「この戦いに勝利し魔王の力を得ることで、
ワタクシたちは【人間道】の支配者となろう。」
「何かを得る時は何かを失う、
幾星霜経ようとも、世界の理は変わらぬ。」
「再び輪廻の理へと戻るがよい、
逸脱した混沌たる【天道狼鬼アスラ】よ!」
四大天使は初めて順番に言葉を並べていき、改めて晶へ宣戦布告した。
これを受けた晶は少し虚を衝かれた様子だったが、やがて嬉しそうにそれに応えた。
「やぁやぁ!
遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!
我こそは魔界の友らによって魔王たる力を得た者、名は【アスラ】!
世界に力強き魂を蘇らせるため、正々堂々真っ向からお相手致す!
この日輪の輝きを恐れぬものから掛かって来いっ!」
「小癪なことをっ!」
晶の【名乗り】に大天使の中で最も短気な者が激昂して襲い掛かる。
飛行能力を得た晶は翼をはためかせ空中で迎撃する。
【光の槍】を具現化させ一直線に向かってきた一体と、晶は真っ向から錫杖で斬り結んでいく。
「カッ!」
その間に背後へ回った一体が晶へ槍を突き出す。
それに対し晶は龍の尾を振り回し弾き飛ばす、【尾擲撃】スキルが初めて役に立った瞬間だった。
ついでに尻尾から【毒撃】で鱗を発射させ牽制し距離を空けておく。
一体と再び斬り合う内に残る二体が上下から挟み撃ちを仕掛けてきた。
それに呼応して背後の一体も中距離から光の槍を射出させる。
「はあぁっ!!」
晶はまず【天雷】で四体の目を眩まし即座に【氷撃ブレス】を吐いた。
眼前の一体はこれによって片翼を凍らせ地に墜ちていく。
上空の一体も雷によって身体を痺れさせ滑空していった。
「ウオオオォォォ―――――ン!!!!」
晶は背後からの光の槍を咆哮による【神霊覆滅】で消し去り、眼下の一体に向け【本当の反撃】を開始した。