天界の軍勢
天使の巣窟と思われる神殿を遠巻きにして、晶たちは突入のタイミングを計る。
『出て来ぬな、先を行く【インドラ】なるものが倒してしもうたかの?』
「うーん、有りそうと言えば有り得るけど、
それならさっきの天使たちは何だったんだー、って思うんだけど?」
『戦闘があった形跡も無いしな。
さすがにこの短時間で地形の回復は行われないだろ?』
『何にしろ入るしかなかろ?
また【毒】なり何なり【罠】は有るじゃろうがの。』
ピュイピーの意見に晶は顔をしかめる。
気に入らない存在の天使が得意満面な顔になる様は絶対に見たくない、晶はどうにかその【罠】を回避できないか考える。
「あの建物っておっきいけどさ、何で出来てるんだろ?」
『そりゃ石じゃろ、見たままじゃな。』
ティーリィの言葉に晶は「ふーむ」と目を光らせる。
「ならさ、ぶっ壊しちゃえるよね?」
『壊す、とは、どうするんじゃ?』
「どうするも何も、硬いもの投げつければ壊れるでしょ。」
『むぅ、創造主様の御寝所を破壊するのは気が引けるのう。』
「なーに言ってんの、HCはあんなとこに居ないよ。
いるのは自分を神様と勘違いしてるNPCだけだよ。」
そう言って晶は神殿に向けて移動を始めた。
近付くにつれ神殿の大きさが把握できてくる。
かなり大掛かりに造られており、内部はかなり広い空間となっているだろう。
しかしその広いはずの内部は何故か闇に包まれていて見通すことが出来ない。
大理石と思われる白い柱が等間隔に並び屋根を支えているのだが、柱と柱の間は黒く塗りつぶされたように真っ暗なのである。
何らかの罠が有るのは間違いないように思われた。
「あんな如何にも【罠】だぞー、って場所に素直に入る人いるのかなぁ?」
そう言って晶は神殿の入口付近の柱目掛けて金色の錫杖を全力で投擲した。
ガコン!と小気味よい音を立てて、柱が真っ二つに折れて崩れる。
星狼鬼の巨大化に併せて錫杖も大型化している、威力が生半可なものではなくなっていた。
手首のスナップで手許に戻された金剛錫杖が再び投擲された。
左斜め方向へ投擲された一投は先程折れた柱の隣の一柱をへし折り、さらに奥に飛んでいきもう一柱を破壊した。
「うん! しゃくじょー絶好調だね!」
自分が投げているはずだが、晶にとっていま神殿を破壊しまくっているのは【しゃくじょー】の手柄らしい。
まずは神殿の入口部分の広大な屋根が床に叩きつけられ粉々になった。
先程までは荘厳な趣を見せていた神殿が一気に廃墟と化していく。
屋根が落ちると内部に溜まっていた【呪い】のような闇が四方へ溢れていく。
晶は錫杖の石突を地に叩きつけ、『ジャラン』と遊環を鳴らし神聖な光を発生させ周囲を清めた。
「ウオオオォォォ―――――ン!!!!」
さらに魔狼の咆哮を轟かせて周囲の呪いを吸い込む。
そして【神霊覆滅】がその名の通り天使が生み出した力を跡形もなく滅していった。
晶は壊れた屋根の残骸に登り、更に神殿の奥目掛けて投擲を始めた。
『おぉー、さすがは我の主だけあるぞアスラ!
なんとも気持ちの良い破壊っぷりじゃないか!』
『わらわも手伝いたい所じゃが【呪い】は厄介じゃからの。
アスラの気が済むまで暴れるがよいぞ。』
『中の天使どもはさぞかし慌てているじゃろうな。
アスラの狙い通りになったのう。』
「ぶへへー、まだまだいくよー!」
晶は得意満面な笑みを浮かべて柱を薙ぎ倒し続ける。
咆哮を上げて呪いを吸い込みつつ、錫杖を投擲ではなく振り回す直接殴打によって柱を破壊し始めた。
崩れ落ちる屋根の破片が当たるが、最早この荒ぶる【魔王】を傷つけることは出来ないらしい。
顔面を蒼白にした天使の軍勢が駆けつける頃には神殿は粗方崩れ落ちていた。
「神聖な神の社を崩しおるとは! 神の怒りを恐れぬ罰当たりめ!」
「地べたの下に隠れ住む人間の分際で、何を我が物顔で天上に来たのか!」
現れた途端に口々に晶を非難してくる天使たち。
だが既に同じようなやり取りを何度も繰り返していた晶は、もう応えることなく戦闘態勢に入った。
顕現した眷属たちもやる気満々で先手を取った。
ティーリィは伸ばした体毛内に空気を圧縮させ、その力で岩を飛ばす【氣岩砲】という新たなスキルで天使を圧殺していく。
レヴィたんもすっかりこなれた体捌きで天使の攻撃にカウンターの【氷撃ブレス】を浴びせていく。
圧巻となったのがピュイピーで、より熟練した【嵐の刃】は彼女の意のままに飛び回り、天使に連携する隙を与えず葬り去った。
おそらく五十を超えていたであろう天使たちだが、為す術なくキラキラと光の粒子へと変わっていった。
「ワタクシたちの庭で随分と暴れまわっているようだね。」
天使の軍勢との決着がついた瞬間、神殿の最奥から強烈な存在感が四つ湧き出てきた。
「ピュイッ!」
「うん、わかってるピュイピー。
あいつら、強い!」
「……アスラよ、……あれは【四大天使】じゃ。」
その名前は晶も聞き覚えがある。
ミカエル・ガブリエル・ラファエル・ウリエルの四人の大天使を指す言葉だった気がする。
イメージでは頭上に光の輪が浮いているはずなのだが、四人とも白い服を着た人間に白い翼が生えているというだけだ。
晶にはどれがどの名前に該当する大天使なのか判別できない。
だがその身体から放出される強者のオーラは凄まじい。
崩れた神殿の上にピタリと浮かんだまま動かない四人に対し、晶は緊張した視線を送り続ける。
「キミは、【アスラ】といったかな?
かなりお調子者だと聞いているよ。」
「天主様のお力で生かしてもらっているだけの屑め。
何ゆえこのような粗暴な行いをする。」
「人は生きたいように生きているだけ、
何かを望むだけで望まれようとしない愚かな存在。」
「時が巡り果ての果てで気付くことが出来るだろうか。
身の丈に合わぬが故の衣擦れで大地は苛立ちを増しておるぞ。」
そしてそれぞれが同時に好き勝手話し始めた。
晶は何となく聞こえた言葉が半分だけ理解出来た。
「私のこと、HCから聞いたの?」
この言葉に再び四人が同時に答え始めた。
「【魔界の王】候補たる【魔王】だからね。
天主様が気にかけるのは当然だよ。」
「【魔界の王】の座には此方が着く。
暴れるしか能の無い化け物は疾く去れ。」
「聞きたくなくとも耳に入れば聞こえてしまう。
それだけ【魔界の王】には関心が寄せられている。」
「明かされることの無い謎ならば、
最初から聞きたくないと嘆く気持ちも分からぬこともない。」
晶は口を半開きにして四大天使を見つめる。
今回は何も理解出来なかった。
とりあえず疑問に思っていることを口に出した。
「ねぇ、じゃあ【インドラ】のことも知ってるの?
ここに先に来たと思うんだけど?」
この質問にもまた四人同時に答え始めた。
「おそらく最も資質高き【魔王】だね。
この【天界道】は一人一人個別に対応される。」
「お前如きが彼の者と同じ道を通っても同じ座標に出るとは限らんぞ。」
「同じ時に同じ場所にいたとしても同じ体験を出来る訳ではない。」
「星の瞬きは一瞬なのに、太陽の輝きは永劫に思える。」
なんとなく、インドラはもう一つパラレルの【天界道】にいる、ということだろうと晶は無理矢理納得した、だいぶ頭がこんがらがっているが。
「砕けぬ意志を示せアスラよ、天主様がそれを望んでいらっしゃる。」
「魂の残りカスを燃やして抗ってみせよ人間、それが唯一の希望ぞ。」
「全てを悲哀と思うことは無い、悲哀を感じられぬ者より幸福だろう。」
「闘争は正と負の面がある、人間よ、正しく扱うがいい。」
こうして、晶は何が何だか分からぬままに四大天使との戦いに突入していった。




