いざ天界道
『天晴なりアスラ、見事な一騎打ちじゃったな。』
「うん、あの【瞬間移動】をもっと多用されてたらヤバかったけど。」
『強力なスキルならばその代償も大きい、
おそらくアスラの大技同様、制限が有るんだろう。』
『アスラよ、それより早くスキルを確認したらどうじゃ。
その【瞬間移動】を手に入れてるかも知れんぞ?』
「なるほどっ!」
勇んでスキル確認をした晶だが、手に入れていたのは【天雷】だった。
「ほほー、これはさっきのアレだよね。
インドラの【電光雷轟】が弱くなったみたいなやつ。」
『いやいや結構な威力の雷撃だったぞ?
インドラとやらはそんなに強者なのか?』
「強いよー、今の強さは知らないけど……、
きっと正面からぶつかったら力負けしちゃうと思う。」
『そんな者がおるのか!
一度見てみたいのぉ。』
共闘の際に一度だけ見たインドラの打撃は凄まじいものだった。
同じ条件で正面から殴り合ったら晶では敵わない気がした。
「……さて、では行きますか。」
すぐそこにある頂上を見上げ晶は独り言のように呟く。
アルマロスとの闘いの余韻にもう少し浸りたかったが、インドラの話になってまた気持ちが焦り出したのだ。
先を行くインドラは今どんな景色を見ているのだろう、出来ればそれを共有したい、と晶は願った。
今の状況でインドラに『どんな感じ?』とメッセージするのは流石に野暮に思われる、晶はグッと我慢した。
他の面々で誰か先を越している者はいないだろうか、と考えながら晶は山道を急いだ。
山頂には中央にポッカリと小さな円形の穴が開いていた。
小さいと言ってもその場全体に比べてのものである、直径は五メートルほどあるだろう。
中はどうなっているのか、と晶が覗き込もうとしたした瞬間に、穴から眩い光の柱が立ち昇った。
「うっわー、何これ?」
『これに入れば【天界道】へ昇っていくのじゃろ。
アスラ、お主わらわの話を聴いていなかったのか?』
『ふーむ、またアスラが【馬鹿】であることの証拠が増えてしまったな。』
『アスラよ、考え無しに言葉を発するのは控えた方がよいのう。』
「むっぎぃー! みんなうるさ過ぎぃ!」
そこから晶は眷属たちから散々準備は大丈夫なのか、昇った先の心構えは出来ているかなど、色々心配された。
たっぷり五分ほど、眷属と話し合い、その間光の柱は律儀に待ち続けていた。
そして、晶は光の柱の中へ、足を踏み入れた。
晶を内側へ収めた光の柱は天上へ流れ始めた。
晶も光と共に上へ上へと昇っていく。
「うわー、これって【エレベーター】ってやつかなぁ?」
はしゃぐ晶だが、この質問に答えられる知識を眷属たちは持っていなかった。
エレベーターについて眷属に説明する晶だが、これから戦地へ飛び込む緊張感があまり感じられないことにティーリィだけがハラハラしていた。
着いた先は【楽園】だった。
色とりどりの花が咲き誇り、全面に短い芝が生えていて、合間合間に土の道が出来ている。
風にゆれる花弁が慎ましい可憐さを醸し出していた。
だが、これだけ生命力あふれる風景の中に、生物の気配が全く無いことだけは異様に感じられた。
地上の世界や仮想現実で晶が知る花畑には蝶々が付きものだったし、芝を食む馬などの野生動物は映像でよく目にしていた。
「ここは住む生物が選別された偽りの楽園、てことかな。」
『うむ、間違いなく彼奴らの根城じゃろうな。』
『ホホ、腕が、いや翼が鳴るのぉ。
アスラ、どうせ奴らは群れで来よるのじゃ。
もうわらわたちを表へ出しておいてはどうじゃ?』
『そうだな、一対一を申し込まれたら我は手出しはしないぞ?』
晶は頷き眷属たちを顕現させる。
既に光の柱は消え去っており、四方八方どちらを向いても綺麗な景色しか見えなかった。
玻璃錫杖を構え広範囲を探ったが生物の影は無い。
ピュイピーに上空高く飛んでもらい周囲を見てもらったが植物が地平線まで続いているらしかった。
「なんなんだろね、これは?
もしかしてこの花たち毒なんじゃない?
私たちが弱るのを待ってるとか?」
晶のこの言葉にティーリィが反応した。
「……アスラよ、……主の言う通りじゃ。
……周りの花や草、……全部【毒】じゃ。」
「うへー、この世界ってそんなのばっかり!
【毒】とか【呪い】とか、HCは悪趣味過ぎるよまったく!」
「ピュイッ!」
とりあえず晶は魔狼の咆哮と錫杖の遊環で周囲を清め、進行方向を一方に定めると、【軍荼利颯天】を飛ばして道の端の植物を脇へ追いやりながら進み始めた。
図体の大きいレヴィたんだけ体内に戻し、ティーリィを毒判別の為先頭を行かせ、ピュイピーには上空で哨戒飛行を任せた。
少し進んだところで変化は訪れた。
「ピュイ!」
上を見上げるとピュイピーが脚で方向を指し示している。
目を向けると、空の彼方から編隊飛行でこちらへ向かってくる一団が遠くに確認出来た。
「いよいよ来たねぇ」
晶は【毘風撃】で周囲一帯の植物を全て吹き飛ばし、レヴィたんを顕現させた。
「やっと戦いか、我らに毒が回るのを待ってたのかな?」
「たぶんそうだね、【天使】ってなんか好きになれない奴ばっかだよねー。」
晶の言葉通り、やって来たのは十二体の天使たちだった。
「此方の声が聴こえるか化け物ども。」
天使の中から隊長格と思われる一体が晶たちに声を掛けてきた。
十二体の天使はホバリングして宙空での攻撃準備を終えている。
「言葉が通じぬか化け物ども、人の子は混じっておらぬのか?」
偉そうな物言いにだいぶカチンと来ている晶が喧嘩腰で対応を始めた。
「毒で相手を弱らせようとする腰抜け天使に口を利きたくないだけだよ。
自分が卑怯者だって理解してない馬鹿には話す言葉すらもったいないの。」
「な、な、なんだとこの獣風情がっ!
みなよいかっ! あの化け物の塵すら残すなっ!」
「「「「「おぉっ!」」」」」
残りの十一体が声を揃えて呼応する。
晶の【天界道】での初戦が始まった。
天使たちのスキルは確かに強力なものだった。
中には傷を癒すという下の世界では珍しい筈のスキルを持つ者が複数存在した。
だが、晶たちには戦い慣れていない連中、という印象に終始した。
連携が取れているようで取れていない。
おそらく【強敵】と戦う想定が出来ていないのでは、と感じさせる戦いぶりだった。
晶たちは手傷を負うことなく勝利し、天使たちは更なる天上へと還っていった。
晶は【玉兎静謐】により、再び【光の槍】の力を吸い込むことに成功した。
【玉兎静謐】でボタボタと落下した天使たちは口々に『卑怯者!』と叫んでいたが、毒でこちらを弱らせようとしたことはまるで頭に残ってないんだな、と晶は少し驚きを覚えていた。
そのことを眷属に伝えると、
「馬鹿に馬鹿と思われるとは、あの者たちは哀れな存在の最たるものだなぁ。」
とレヴィたんがしみじみと呟いていた。
それから何度か天使の分隊が襲ってきたが、同様に撃破していった。
天使が飛来してきた方向に向けしばらく歩いていると、この世界で初めての【建造物】が姿を現した。
「へぇ~、これが天使の親玉の家かな?」
「……【神殿】とはこのようなものじゃったかな?」
晶たちが遠目で見る先には、白い柱で構築された大きな建物が草原の中にポツンと建っていた。
「壁が無くて柱しかないねぇ。
外から中が見えちゃうけど平気なのかな?」
「我には理解出来んな。
上部に屋根はあるから雨さえしのげればそれで良い、ということかな?」
「ピュイ!」
「え? ピュイピー、何?」
ピュイピーを体内に戻し聞いたところによると、あれは神の住まいに似せて造った建物らしい。
ピュイピーも神の血を引いている魔物を模しているのでその知識を持っているそうだ。
再びピュイピーを表に出し、そのことをティーリィとレヴィたんに伝える。
「……ほぉ、……つまり彼奴らは創造主様を気取っているんじゃな。」
「確かに、傲岸不遜とはこのことだ。
我は水中を住まいとする為、天界の家と云うものが良く分からんがな。」
じゃあレヴィたんは結局分かってないじゃん、と思うものの、晶も天使たちの傲慢さに関しては同様のものを感じていた。
そしてあの中に住む連中を倒せば【修羅道】への道が開ける。
そのことも直感的に理解していた。