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結実の予感


 高台から眺める新エリアは現実の世界とはかけ離れた様相をていしていた。


先程間近で仰ぎ見た【焦熱地獄】を思わせる炎の燃え盛った大きな山、そのすぐ隣には灰色の雲に囲まれた【八寒地獄】らしき氷の山がそびえている。


その二つの山の周囲には川が流れており、鬱蒼うっそうとした森や刺々(とげとげ)しい針が突き出た小山が散見している。


『アスラよ、次はどの方向へ進むのじゃ?

 海の覇者たる【ヨルムンガンド】すら倒したいま、

 おそらくそれ以上の強敵はおらぬと思うのじゃが。』


『そうだな、既に中央の山から【天界道】へ進む資格は得ているだろう。

 このまま先に進むか、それともエリアボスを探し求め我らを鍛えるか、

 まずはそれを決めねばな。』


『アスラ、わらわはエリアボスを単独で倒してみたいのぉ。

 【以津真天いつまで】にはついぞ敵わなかったのでな。

 今のわらわならば打倒しうる力があるはずじゃ。』


あきらは眷属の意見に対し「うーん」と腕組みしたまま瞑目する。


いま現在、ヨルムンガンドを倒したことで完全に満腹状態になっている。


気付けば一部のスキルが進化しており、【吸気精】が【神気蹂躙しんきじゅうりん】に、【降魔】が【神霊覆滅しんれいふくめつ】へと変化していた。


自身から発せられる光と熱も昨日より格段に強くなったように思える。


今までのようにスキルの練習をしながら空腹になるのを待つにしても、鍛えるようなスキルは【月輪がちりん】ぐらいしか思いつかない。


あとは完全体となりつつある錫杖しゃくじょうの秘められた力を研究するという手もあるにはある。


だが晶はいまどれにも気乗りしない気分だった。


ヨルムンガンドとの激闘を終えて、少し気が抜けてしまったように思える。


地底湖から水蒸気爆発で飛び出た際に、現実の肉体へ負担が掛かってしまったことも影響しているのかもしれない。


「それじゃあ私は一旦クリアアウトするからさ、

 みんなは自由に戦ったり調査したりしておいて。

 明日になって皆が納得出来る強さになってたら【天界道】に挑んでみようか。」


『うむ、それで構わんじゃろう。』


『アスラはゆっくり休んでおるがいい、

 その間にわらわ達は何か役立つ力と情報を得るとしよう。』


『先程の戦いで我は格別の力を得たように思える。

 アスラの役に立てるよう、更に戦いに慣れておくとするか。』


晶は眷属たちを顕現させ、眼下へ戦いに赴いていく三体を見送りながら、その後ろ姿に頼もしいものを感じていた。




 【SR】を終了し、晶はホームでメッセージを確認してみる。


ここ二週間ばかり【SR】に熱中していて、人工知能の授業以外はほとんど何もしていないと言っていい。


母方の祖母エミリーから『皆とのゴルフはいつになるの?』と問い掛けが残されていた。


以前は親類の誰かと仮想現実内で戯れてばかりいたが、最近の晶は【SR】の中で得た【友人】との時間に比重が傾いている。


まだ夕飯まで時間があったので晶はエミリーに連絡し、現実世界では有り得ない速さで地球を半周する距離を飛び越え会いに行った。


晶は数年前に友人関係の構築の煩わしさに直面した際に、この思慮深い祖母の許へ通い続けていた。


共に暮らす家族とは違った考え方をするエミリーに、何かを気付かされる驚きと共に知識を得る感動というものを毎回教えられていた。


「なるほどねぇ、晶の言う通りかーもだよ。

 確かにHCヒュージコンピュータは現状を憂いていると思う。」


勢い込んで【SR】についての見解を話す晶に対し、エミリーは穏やかに笑いかけながら同意する。


「となるとゲームの【景品】てやつは何なんだろうな?

 アキラはそれも見当がついてるの?」


エミリーの隣の椅子に腰掛けたレオナルドが常とは違い真顔で晶に問い掛ける。


「んー、わかんない。

 感情を備えたロボットを一番に手にする権利とかかなぁ?」


「それって【現実世界が変わってしまう】ものかな?」


「そうだぁね、レオは何か考えある?」


エミリーの問い掛けにレオナルドはジョークを飛ばすことなく答え始めた。


「アキラの考えが正しいならさ、

 【魔界の王】はHCに感情を教え共存が出来る者、

 つまり【人類が再び強さを手に入れる資質を持つ者】じゃないか?」


「つまり【魔界の王】は地上へ駆り出されることになるかも、だぁね。」


ここでレオナルドが椅子から勢いよく立ち上がる。


「ノォッ! アキラが何故そんな危険を冒さなきゃならない!

 俺は認めないぞ! アキラ! もう【SR】はしない方がいい!」


「ちょ、ちょっとレオじいじ、落ち着いてよ。

 アキだって危険なことはするつもり無いってば。

 ホントにHCにそう提案されても断るよ。」


我が夫をなだめる孫を優しい目で見やりつつ、エミリーは言葉をつむぐ。


「本当に?」


「え?」


「アキラは本当に断れる?

 それが【人類を救う唯一の方法】だって言われても、断れる?」


真っ直ぐに自分を見詰める祖母に、晶は我知らず背筋を伸ばす。


祖母の言葉をゆっくり咀嚼そしゃくし、真剣に答え始める。


「うん、【今】は絶対に断る。

 だって人類が少なくなってきてるのは事実だろうけど、

 それを解決するのが地上への再進出だってことは無いと思うの。

 きっとHCだってそう判断してるはず、

 私に分かることがHCに分からない筈ないもん。」


晶の言葉にエミリーがゆっくり頷く。


「そうだぁね。

 アキラは大きくなったね、もう子供じゃないんだぁね。」


「そりゃそうさ!

 アキラはもう立派なレディだよ! 俺の天使ちゃん!」


晶の回答に安心し、いつもの調子に戻ったレオナルドが孫娘を抱え上げぐるぐると回りだす。


祖父に振り回されながら晶は笑顔で祖母を見やる。


微笑み返してくれる祖母の顔に安心感を覚えつつ、晶は目をつむる。


なんにせよあと数日中で答えが出る、そんな予感を感じながら。




 夕飯を終え、団らんの際に晶はエミリーたちとのやり取りを報告した。


レオナルド同様、みな最悪の想像をしたようで顔色を変える。


晶は自分の考えをしっかり伝え、家族を悲しませることは決してしないと約束した。


それでも『【SR】はもうめた方がいいのでは?』という意見には首を縦に振ることは無かった。


晶は見てみたいのだ。


【現実世界】と【電子世界】を管理する、神の創造した世界の果てを。




 自室に戻った晶は再びポッドに潜り込み、電子世界に没入ぼつにゅうした。


先程送ったメッセージに応答が有ったことを確認し、フォーラムへ向かう。


そこには昨夜と同様に、友人たちが欠けることなく全員揃っていた。


「どしたの姉ちゃん、何かあったの?」


昨夜と違い真剣な様子の晶に来里らいりが少し緊張気味に問うてきた。


晶は本日の天使ファルキィエルとのやり取りや、自分の考え、家族の懸念など、現状の【SR】について考え得る可能性を包み隠さず話した。


「確かに地上へ無理矢理出されるなんて無いだろうとは思うけど・・・」


ナッキィはだいぶ面食らった様子で話の内容を反芻はんすうしている。


他の面々も一様に真剣な表情で思い悩んでいる。


「ただの【ゲーム】じゃないとは思っていたが・・・」


最初に【HCの意図】を探っていたタモンも想定外の成り行きに絶句する。


「姉ちゃん、HCが無理矢理【推奨】とか【警告】してきたりしないかなぁ?」


「多分だけどしないと思う。

 【SR】の中でHCは全然干渉してこなかったでしょ?

 人類自身の考えで行動することをHCは望んでると思う。」


晶の答えに皆納得の表情で少し安心した雰囲気となる。


ここで晶は終始無言のインドラの様子が気になった。


「インドラはどう思う?」


晶の問い掛けにインドラはいつも通りの穏やかな笑顔で答えた。


「ワタシはHCを信じてるよ。

 どんな道が待っていようと、HCはきっと正しく導いてくれると思う。」


何かを心に決めている、そんな意志がインドラから感じられた。


それにどこか危ういものを感じ晶は再び問い掛ける。


「インドラ? もし【魔界の王】になっても地上には行かないよね?」


「ほほ、ワタシもアスラと同じ答え、行かないよ。

 折角こんなに素敵な友達が出来たんだもの、お別れしたくないよ。」


「う、うん、そう思ってもらえて嬉しい。」


晶は少し照れながらインドラの優しげな笑顔を見上げる。


その後、全員の進捗状況を再び確認して、最終目的地である【人間道】で再会することを誓い合った。


そしてひとり「無理だよぉ」と嘆く来里を他の面々が様々に慰めたのち、解散した。




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