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超巨大毒蛇


 ヨルムンガンドが海中で身をよじる度に岸壁へ津波が押し寄せる。


その圧倒的な質量に対して晶はどう先手を取ろうか周囲に目を配る。


両肩の狼頭があるため、巨大蛇から目を逸らさずとも状況判断が行える。


ヨルムンガンドとしては海中がホームグラウンドと言える、引き摺り込まれたら晶の負けは決定的だろう。


逆に晶があの巨大蛇を陸地に誘き寄せたとしても勝つ可能性が出てくるだけで、その勝率は高くないと思われる。


赤鴉灼熱せきあしゃくねつ】を至近距離で炸裂させることが出来ればおそらくダメージは与えられるだろう。


だが一撃であの巨体を消し去ることが出来るかどうかは判断がつかない。


いま【赤鴉灼熱】はザラタンの【雷撃】とファルキィエルの【光の槍】の力を蓄えている、かなり強力な筈だ。


その威力が直撃されればヨルムンガンドとて無事では済まないだろう。


しかし先程から晶の脳裏に警鐘を鳴らしているのは、あの巨大蛇が【幻術】スキルを持っているという情報だ。


幻術によって【赤鴉灼熱】が狙いを外されてしまった場合、晶に残された手段は大技による【死なば諸共もろとも】の特攻のみとなる。


いや、【赤鴉灼熱】にすがっている現状が、既に一発勝負の様相を呈していると言えるだろう。


『アスラや、アレはいくらなんでも独力は無謀ぞ?

 わらわ達を全員出せ、【竜】ならばおとりにも充分じゃぞ?』


『そうだぞアスラ、我ならば【氷結ブレス】で動きも止められる。

 無茶な戦いにはならないだろう。』


『ワシならば砂浜に高き土壁を並べ居場所を隠すことも出来る。

 彼奴との距離が有る今のうちにワシらを顕現させるのだアスラ。』


眷属たちが三者三様の言葉で晶に助勢を願い出る。


だが晶はそれをキッパリと断る。



「どんなに大きさが違っていようが一対一の勝負ならばひとりで受けて立つ。


 私は絶対に信念を曲げない!」



この宣言に対し眷属たちは【呆れ】と少しばかりの【感動】を覚えた。


【合理的】や【効率】とはかけ離れた【意地】もしくは【気概】という、人工知能からは産まれ得ない何かが、彼らの【個性】を通し【思考ルーチン】に影響を及ぼしていく。




 やがて、沖合から島が近付いてくるような錯覚を起こさせながら、ヨルムンガンドがいよいよ動き出した。


『来たぞアスラ! 【幻術】に注意せよ!』


『絶対に惑わされるな! 海に誘導されるなよ!』


巨大な毒蛇が津波と共に砂浜に近付いてくる。


星狼鬼の攻撃方法で最も射程範囲の長いのは錫杖しゃくじょうによる【号砲必撃】、つまり投擲攻撃だ。


魔狼の咆哮も届くだろうが仮に届いたところで大した効果は望めまい。


しかしそもそも大きさが違うのだから射程範囲とて違っている、そのことを星狼鬼はすぐに思い知らされた。


海を掻き分ける海鳴りの様な轟音にまぎれて何かが飛来する音を感知した、【危険予知】がビリビリと身体を突き動かし、星狼鬼は全開の【瞬動】で砂浜を駆けた。


その途端、寸前まで星狼鬼が身を置いていた場所が次々に爆発したかのように弾け飛んだ。


攻撃の正体は毒蛇の大きなうろこだった。


毒々しいぬめりを帯びた菱形の塊が砂浜にとおほどめり込んでいる。


この鱗による攻撃は毒蛇にとって大した負担ではないらしく、続けざまに五度行われた。


約五十発の鱗を避け続けた星狼鬼は瑠璃るり色の錫杖を握り締めたまま反撃の方策を探る。


だが毒蛇は更に星狼鬼を追い込んでいく。



ヨルムンガンドが動き回る度に津波が起きて砂浜に打ち付けられる、その【津波】がまるで意志を持ったかのように晶目掛けて集中砲火されてきたのだ。


「うぇぇっ!? 何これ!?」


己に向かって降り注いでくる津波に晶は動揺する、逃げても逃げても津波が追いかけてくるのだ。


『アスラ! 幻覚じゃ眼を閉じよ!

 【心眼】で動け!』


晶は瞬時に目をぎゅっとつむり錫杖を水晶に変える。



「え!?」


気付いた瞬間、星狼鬼の背筋に氷柱が差し込まれたかのような悪寒が走る。


津波に惑わされ、なんと既に波打ち際へと足を踏み入れていたのだ。


しかも巨大な毒蛇が最早眼の前にまで接近していた。


毒蛇は星狼鬼を捕食しようと巨大な下顎したあごを海面スレスレまで下ろしている。


だがそれは機会チャンスでもあった。


「じぇぇやっっ!!」


後方へ飛び退すさりながら交差した両腕を振り抜く。


修羅神薙しゅらかんなぎ】の真空の刃が毒蛇の巨大な口内へと吸い込まれていく。


すると毒蛇は巨体に似合わぬ鋭さで身を捻り直撃を避ける、だが拡がる刃は横向きになった毒蛇の下顎を数メートル切り裂いた。


それに併せ周囲に毒蛇の黒い体液がき散らされる、この世界には【血】が存在しないので毒蛇が自分の意志で撒いた毒液と思われる。


毒液は砂地に落ちると有害と思われる煙を上げながら地面の色を変えていく。


わずかにだがダメージを与えられた毒蛇だが、まるでひるむ様子を見せず星狼鬼に再び迫る。


星狼鬼は毒液を躱しつつ金色錫杖を構え、毒蛇の頭部を狙いカウンターの投擲体勢を整える。



『いかんアスラ! 【幻覚】じゃ!』



脳内から焦った声色が聴こえた。


星狼鬼は錫杖から手を離し、逆に海面に向かって身を投げ出した。


その頭上スレスレを巨大な蛇の尻尾がうなりを上げてかすめていった。



「ありがとピュイピー! 助かった!」


再び毒蛇と距離を取り錫杖を手中に戻しながら、星狼鬼は眷属に感謝の言葉を伝える。


『なんの、じゃが気を抜くな!

 かの妖蛇はまだまだ力を見せ切っておらんぞ!』


星狼鬼が玻璃はり錫杖を構え、油断なく毒蛇の巨体に視線を送る。


視界の中では先程【修羅神薙】でつけた口元の傷がふさがっている。


『幻覚か!』


玻璃錫杖の力と共に集中して毒蛇の動きを探る。


音も無く飛来した毒液を即座に躱す、躱す方向を予測して待ち構える毒蛇の裏をかく動きを続けながら【金剛夜叉礫こんごうやしゃつぶて】を放ち、小さなダメージを積み重ねていく。


幻術の効かない相手に出会い、毒蛇が金色の眼を怪しく光らせ始めた。


そして一際大きく身をくねらせ海面を叩いた瞬間、



グォルルルルルルゥ!!!!!



不吉な現象を体現したかのような黒く巨大な狼と、身体の各所が腐った長い黒髪の巨大な女が突如出現した。


身体に鎖を巻き付けた狼とゾンビの様な見た目の女はかなり大きい、ヨルムンガンドの頭部と比して優に超える。


三体の大怪物たちが星狼鬼を取り囲まんと動き出す。



『奴らは【フェンリル】と【ヘル】!

 あの蛇の兄妹だ!

 アスラ、我らの出番だろう!』


脳内の声に晶は頷き、彼らの名を呼んだ。


「ティーリィ! ピュイピー! レヴィたん!

 私に力を貸して!」



星狼鬼の周囲に心強い眷属が顕現し勢揃いとなる。


だが相手に体勢を整える暇を与えんとばかりに、まずは凶黒狼フェンリルが星狼鬼に躍り掛かる。


それを下から伸びあがり狼の身体の鎖ごと捕まえ水龍レヴィたんが吼える。


『貴様の相手は我だ! 呪われた神の子よ!』


更に、海水や砂地ごと呪いの色に染め上げようとする不吉な巨女(ヘル)、その頭部に竜巻をぶつける暗黒女王ピュイピーと、その足許を土で固めツルで動きを阻害する森の妖精(ティーリィ)


頼もしい仲間の存在に星狼鬼あきらは魂を熱くし啖呵たんかを放つ。



「ヨルムンガンド!


 魔王の一柱たるこの【アスラ】と仲間たちがお相手する!


 いざ御覚悟っ!」



ヨルムンガンドの幻術はもはや晶に通用しない。


幻術を掛けんとする裏を読みきった晶によってしたたかに打ち据えられていく。


この世界に産まれてほぼ初戦のはずのレヴィたんもフェンリル相手に引けを取らず真っ向からダメージを与え合っている。


そしてヘルを相手にティーリィとピュイピーはコンビネーション攻撃を炸裂させ、明らかに優位に立っていた。


「皆いまだっ!」


晶の指示で三体の眷属はそれぞれの相手をヨルムンガンドの傍に寄せた位置取りを完了させる。


彼らの主が闘いに決着をつけようとしていることを理解したのだ。


晶は



「しゃくじょ―――――っ!!!!!」



魔王の相棒たる神々しい金錫きんしを両手に掲げ太陽の力を全解放したのだ。



【雷撃】と【光の槍】を内包した【赤鴉灼熱】の力が奔流となり周囲を一瞬で白く染めた。



【雷撃】による大地が砕け散るかのような耳をつんざく爆裂音


光速で拡がり周囲に存在するあらゆる物体を貫き呑み込む聖なる【光の槍】


熱が、  光が、  ほとばしった




 後に残されたのは晶を中心に大きくえぐられた海面だった。


少し離れた場所でヨルムンガンドの下半分がキラキラと電子の光になり空へと還っていっている。


フェンリルとヘルは既に影も形も見当たらない。


抉られた海底に再び黒い海水が流れ込む、気持ち悪い海水に触れるのがはばかられた晶はサッサと砂浜に戻る。


「……アスラよ、……快勝じゃな。」


「ピュイ!ピュイ!」


「我の戦いぶり、見ていたか?」


そんな晶の周りに眷属が集う。


HCが【感情】を本当に理解しているならば、もはや自分とこの仲間たちの関係は人間同士と遜色そんしょく無い、素晴らしいものではないだろうか。


NPCは人工知能、そう自分に言い聞かせなくてはならないほど、晶はこの仲間たちが人間のように思えて仕方が無かった。



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