新天地の罠
洞窟内に溜め込まれた圧力が火山の噴火のように解き放たれ、天井の岩盤を突き抜けた。
晶の身体は眼にも止まらぬ速度で外側へと排出されてしまう。
轟音と共に外気に晒され身体が千切れるような速度で晶は空を飛んだ。
眼下で大河を泳ぐ【ヨルムンガンド】がこちらを認識したのが六つの眼によって確認出来た。
「メノオッ!」
咄嗟に錫杖を瑪瑙に変え気配を遮断した。
これが功を奏したらしくヨルムンガンドは水面から飛び上がる様子は見せなかった。
が、安心する暇もなく、晶は川向こうの陸地に高速で叩きつけられる未来を回避する必要に迫られた。
「ピュイピーッ!!」
必死に暗黒の女王を呼び出しなんとかその両脚を掴む。
だが先刻話していた通り晶の方が大きいため速度を落とすことが出来ない。
ピュイピーが全力で翼をはためかせブレーキを掛けようとするが一向に前進が止まらない。
晶が前方に向かって必死に【多段空歩】で踏みつけていったことにより、何とか速度が緩んできた。
しかし既に川岸は越えており、このままだと前方の燃え盛る山へと打ちつけられる。
「あれが焦熱地獄ってやつか~」
と呑気な感想を抱いた晶だが、おそらくあの中に放り込まれたら死ぬ。
ピュイピーの脚にしがみつきながら【多段空歩】が回復し次第前方を蹴りつける。
更に竜巻を前方に角度を直角に変えて発生させ、何度も空気の壁を突き抜けながら減速する。
そうして何とか炎の手前で着地することに成功し、人心地つくことができた。
「いやぁ~、ヤバかったねぇピュイピー。」
「ピュイッ!」
晶はピュイピーが何と言っているか分かる気がした、『この阿呆がっ!』と言っているに違いない。
しばらく体内に戻さない方がいい、可愛らしい鳴き声の方が数倍マシと思えるからだ。
だが脳内ではティーリィのお説教が止まらない。
ティーリィも外に出せば話がスローモーになるよなぁ、と晶が考えていたら【お客さん】がやって来た、いや今の立場的には晶たちが【お客さん】なのだが。
現れたのは【半人半馬】の群れだった。
四足の悪魔といった外見の怪物たちは整然とした攻撃を仕掛けてきた。
遠目から弓矢を放ちつつ、手槍を持って突撃してきたのだ。
だが、晶たちはもはや彼らとはレベルの違う存在だった。
ピュイピーは上空で矢をヒラリヒラリと躱しながら、羽根の弾丸を的確にケンタウロスの急所へ打ち込んでいく。
錫杖を瑠璃に変えた晶もまた飛来する矢を軽々と躱し、竜巻と稲妻込みの殴打によって半人半馬の人部分を消し飛ばしてゆく。
二十匹ぐらいの群れを全て電子の靄に変えたのち、ピュイピーを体内に収め、晶たちは相談を始めた。
『竜の話通りに進めるならば【強者】を探して倒し続ければいいんじゃろ?
粗方倒して強いのが見当たらなくなったら山を登ればよい。
簡単な話じゃな。』
『この高慢ちきが言うことにも一理あるのう。
この辺りで情報収集するのは困難じゃろう。
アスラよ、人間の知り合いと運良く出逢えたり出来んじゃろ?』
「うーん、【ナッキィ】の親戚の【ヒーシィ】がいるかもだけど。
でも出逢ってもわかんない気がするなぁ。」
『出会った先から全員倒してしまえばいい。
アスラはそれが出来る力を持っている。
それに我らがいる、早く強さを手に入れたくてウズウズしているぞ?』
「あぁ、確かにレヴィたんとティーリィも闘いたいよね。」
晶は腕組みして納得した様子でうんうんと何度も頷いている。
「ティーリィ、レヴィたん」
眷属全員を顕現させてみて晶は気付く。
「ありゃー、こうしてみるとレヴィたんでっかいねぇ~。」
炎の山を仰ぎ見る荒地のど真ん中にどデカい水龍がうねっているのだ、異様に見えて当然だろう。
とりあえず飛んできた方向へ逆戻りし、川沿いに移動してみようという話になり移動を始めた。
途中で晶が水龍に乗ってみたいと言い出し、難なく背中に乗ることに成功した魔王はご満悦の表情のまま、暫く水龍の背にいた。
やがて荒地から砂地に変わり、遠目に大河の片鱗が見え始めた。
こちらから見るとこういう景色なのだな、と晶は不思議な気持ちで対岸を見つめた。
そこには高原や森を思わせる風景は無く、ただ岩を固めて作られたような壁があるのみに見えた。
間に流れる川の中に、いまはヨルムンガンドの姿は無い。
さっき水蒸気爆発で吹っ飛ばされた際、あの毒蛇に冷や汗をかかされたのが今になって少し癪に思えてきている。
出会い頭の【赤鴉灼熱】であのデカい図体を消し飛ばしてやろうかと、だいぶ物騒なことを晶は考えていた。
「……アスラよ、……川沿いに行けば岬へ続く高台になっている。
……まずはあちらへ行き、……こちら側の大陸の様子を探ろうぞ。」
「ピュイ!」
「うん、ピュイピーに任せてもいいけどさ。
みんなで直接眺めながら作戦会議した方がお互いを早く理解し合えるでしょ?」
「おぉ、アスラはハルピュイアの言葉を理解出来るのか。
それはどのようなスキルなのだ?」
ガヤガヤと四人で語らいながら魔王と眷属たちは川沿いを進んだ。
砂浜の右側は荒地から森へとその姿を変えていった。
玻璃錫杖によって索敵範囲を拡げて観測したところ、プレイヤーも散見された。
「でもあんま強そうな人はいないなぁ」
残念な気持ちで晶は遠目でプレイヤーらしきキャラクターを見つめる。
立派な枝角を持つ筋骨隆々の鹿に見える。
その存在感から第三進化していると思われた。
それでも今の晶が近付いたらその自然放出される熱だけで電子の命が消え失せてしまうだろう。
気付けば闘う相手がいないまま晶は空腹感が強くなっていた。
「うむむ、そういやケンタウロスもあんま強くなかったからなぁ。」
巨大な水龍を引き連れている為か、敵がまるで寄って来ない。
遠巻きに見てくるだけで戦闘にならないのだ。
晶はその旨説明して眷属全員を体内に仕舞い込む。
これで大丈夫とばかりに晶は先程の鹿キャラのプレイヤーに遠目の距離のまま大声で話しかけた。
「あのー! すいませーん!
ちょっと訊いてもいいですかー!?」
厳つい体格の牡鹿がビクリと身体を震わせ反応した、どうやらちゃんと聞こえているようだ。
晶はこれから向かおうと思っている岬の方を指差し、さらに叫んだ。
「あっちの方向って強い敵居ますかー!?」
この問いに牡鹿はたっぷり数秒ぶるぶると全身を震わせた後、立派な枝角を縦に何度も揺らした。
「ありがとーございまーす!」
晶は礼を言い、ぶんぶんと右手を振ってから岬へ向かい歩き出した。
後に残された牡鹿は震えながらそれを見送り、鬼狼の姿が見えなくなるとへたり込んだ。
進んだ先の【岬】には確かに敵はいた。
海へ臨む岬へ着いた途端に、タコともイカともつかない巨大な怪物が悍ましい触手を伸ばしてきたのだ。
毒々しい斑点や頭部と思われる部分の造形の気持ち悪さを目の当たりにし、HCの趣味の悪い創造センスを晶は久々に実感していた。
「レヴィたん!」
海の怪物には海の怪物とばかりに【クラーケン】と思われる存在に【レヴィアタン】をぶつけた。
岬の上で海を背景に巨大怪物が激闘を繰り広げる。
途中で背後から【サイクロプス】が現れたのでティーリィに相手をしてもらう。
それぞれ戦いの帰趨はこちらの眷属側の勝利に終わりそうに見える。
レヴィアタンのブレス攻撃でクラーケンの触手が吹き飛ぶ様子や、格下のはずのトロールがサイクロプスを腕力で圧倒する様に晶は喝采を送った。
そして、そうこうしている内に大本命が現れた。
クラーケンは誘き寄せるための【罠】だったのだ。
しかしそれはどちらがどちらを招いたものだったのか。
ザザザ、と荒ぶる黒色の水面を掻き分けて現れたのは【ヨルムンガンド】だった。
決着がつき、電子の残骸を残しながらクラーケンとサイクロプスは消え去っていく。
その様子に目もくれず、晶は超長大な毒海蛇を睨みつける。
未だ距離はかなり空いているが、お互いから迸る灼熱の闘気と禍々(まがまが)しい毒気が濃密に空間を染め上げてゆく。
眷属たちは再び体内に収められ、晶は単独で巨大な相手に向き合っている。
強敵を目の前にして晶の闘争本能は高熱を帯びている。
この闘争心は、もしかしたら人類が失って久しい、
生物の頂点たりえる遺伝子の顕在化なのかもしれない、
晶の体内で水龍はそう感じていた。




