天道大爆発
晶が放つ琥珀色の光が眼前の巨大な幻獣を照らしている。
身体中を覆う白群の鱗は神秘的な模様を描き、頭部に並ぶ空色の角はキラキラと輝きを反射させる。
洞窟の中とは思えぬ透明度の地底湖に身を横たえ、水龍は美しい半身を晶の前に晒していた。
頭部から背中にかけてタテガミの様に連続して生えたヒレは内側を鮮やかな群青色に染め、水龍の動きに合わせ靡いている。
全身が見えていないが体長は数十メートルあると思えた。
晶を見つめる藍色の瞳は知性を感じさせる穏やかなものだ。
晶はとりあえずいつものように声を掛けることにした。
「やぁ、水龍くん。
私の名前は【アスラ】、この世界の魔王の一人だよ。
キミはお話できるかなぁ?」
晶の呼び掛けに対し、水龍はゆっくりと首を動かし、三面四腕を持ちオレンジに輝く星狼鬼を眺め続けた。
上の両腕をぶらぶらさせながら、晶がまた声を掛けようとしたタイミングで、水龍が話しだした。
「ほーぉ、この世界に産まれ落ちてはや幾日経ったろうか。
初めて他の生物と出会ったぞ。
アスラよ、我は【レヴィアタン】という種族唯一の存在だ。
怪物であり、聖獣であり、悪魔の一角に並べられる者だ。」
「へぇー、【悪魔】でもあるんだー。
じゃあ結構おしゃべりなのかな?」
晶の脳内ではティーリィとピュイピーが先程からずっと警告を発し続けている。
レヴィアタンは別名【リヴァイアサン】とも呼ばれる大怪獣らしい。
「確かに話し相手が欲しいとずっと願っていた。
我に宿る【個性】はどうやら孤独を愛す性格ではなさそうだ。
お、【個性】とは何か知っているか?」
「うん、知ってる。
私、【特殊個体】を仲間にしてるから。
ティーリィ! ピュイピー!」
『……アスラよ、……ワシらの声は聞こえとるんじゃろ?
……こやつに急襲を仕掛けられたら・・・』
『ピュイッ! ピュイッ!』
「はい戻ってー」
顕現した瞬間から騒ぎ始めた眷属を、晶は素早く黒い球体へ戻してしまう。
改めて水龍に視線を戻して晶は不敵に笑った。
「ふへへー、レヴィたん。
初めて出会ったのが私ってことはキミ、全然強化されてないってこと?」
「ふはっ、強化されていないとはいえ魔王になりたての存在には負けんぞ?
我は最強種たる【ドラゴン】であり【地獄の四大君主】の一人なるぞ。」
晶の挑発にレヴィアタンが周囲の温度を急激に下げ始める。
拓けた空間のあちこちに氷柱が発生してゆく。
だが、
「やっ!」
晶が真珠錫杖を掲げた瞬間、【日輪】スキルによって白熱の球体が拡がり氷柱は全て水へと変わり地底湖に流れ込んでいった。
「なんとっ!?」
レヴィアタンの驚きの声と、脳内でのティーリィたちの驚きの声が重なり合う。
冷静なのは晶ただひとりである。
レヴィアタンは咄嗟に前面を氷で覆いダメージは免れたものの焦る様子が垣間見えている。
「アスラ、と言ったな。
貴様、今の力、まだ全力ではないだろう?」
「そうだよ。
で、レヴィたんに私から提案があるの、聞いてくれる?」
HCから受け取った知識しか持たない水龍に駆引きなど出来るわけがない、ただ晶からの言葉を待っているようだ。
「レヴィたんが私の【仲間】になるかどうか賭けない?」
「ぬ? 我が? 貴様の?」
「そう、私の眷属枠は今んとこあんまり広くないんだ。
だからキミを仲間に出来るかわかんない。
【仲間】に出来たら私の勝ち、出来なかったらキミの勝ち、
キミの先制攻撃を防御しないで受け止めるよ。」
晶の言葉に水龍は紛れもなく困惑していた。
水面から尻尾を現しパシャパシャと水面を叩く。
長い胴体をくねらせ首を何度も回転させた。
長考の末、水龍は決断した。
「良かろうアスラ、その勝負、受けよう。」
「よしきた!
正々堂々真っ向勝負!
私には裏も表も無いからね!
どーんといってみよう!」
快活に叫ぶ晶に脳内の眷属たちは溜息を吐き、眼前の水龍は再び困惑する。
「ほぉ、アスラ。
言葉を選ばず貴様を評するならば、【馬鹿】なのだな?」
「なぁーんでさ! 私、バカじゃないよ!
レヴィたん口悪いよ! んもぉー!」
地団駄踏んで怒る晶に水龍の纏う雰囲気が変わる。
「ほれアスラ、我を仲間とする為のスキルがあるんだろ?
全力で放つがよい、受け止めよう。」
「……うん。
あ、なんだか緊張してきた。」
んっんー、んっんーと喉の調子を気にしながら晶は真珠錫杖を構える。
そして水龍を真正面に捉え、錫杖を高く掲げた。
「レヴィたん! 私の仲間になって! 【月輪】っ!」
気合いの入った声と共に、晶の腹部で合掌された下腕の両手の間に黒い球体が現れてくる。
脳内でティーリィとピュイピーが祈るような声で成功を願い続けている。
やけに長く感じた数秒ののち、レヴィアタンはその姿を揺らめかし、球体に吸い込まれていった。
「ぃやったー!」
洞窟内には晶の歓喜の叫びが木霊していた。
「へぇー、じゃあ川の向こうの他にもう一つ陸地があるんだ?」
『あぁ、ここと逆側にその陸地と繋がる道があるはずだ。』
「インドラが向かったのがそっち方面かな?
もう【魔王】になってるかもなぁー。」
晶は先程から眷属の一員となった【レヴィたん】から情報収集を続けていた。
様々な立場を兼任する水龍はその抱えている情報も高度なものばかりだった。
『この地は【畜生道】【餓鬼道】【地獄道】が重なり合って出来ている。
各地でアスラの言う【エリアボス】を一定数倒せば中央の山頂に道が出来る。
そこからまず【天界道】へ行けるはずだ。』
「え? いきなり天上界? それって天使のいるとこでしょ?」
晶が困惑した声をあげるが水龍は構わず話を続ける。
『【天界道】で天使共を打ち倒したならば【修羅道】へ道が繋がる。
争い合う修羅の道を制したならば、その先に【人間道】が待っているのだ。』
「その【人間道】で【魔界の王】が決まるって訳?」
『そうだろうな、そこで決まらない理由が無いではないか。
ちゃんと考えて物を言えアスラ。』
水龍の言葉に晶はまた地団太を踏む。
「んもぉー、レヴィたんってなーんか意地悪なときあるよー?
【悪魔】の部分は出さないようにしてよ、んもぉー!」
『アスラよ、お主が引き入れた者じゃろうが。
少しばかりの軽口は受け入れんか。』
『ホホホ、しかしまさか本当に【竜】が仲間になるとはのぉ。
アスラの馬鹿さ加減を見誤っていたようじゃ、ホホホ。』
「うぁー! ピュイピーまで私をバカって言ったー!」
晶は地団太を踏みまくり、地底湖周辺の地形を軽く変えたところでやっと止まった。
『それでアスラよ、これからどうするんじゃ?
川向こうに繋がる道が見当たらんぞ?』
「うぁ、そうだった。
ねぇレヴィたん、この地底湖って川向こうに繋がってる?」
『んー、どうかな?
地底湖の奥には穴があるんだが、我の大きさだと通れなかった。
アレがどこに繋がっているかは分からんな。』
「ふむふむ、なるほどー。」
水龍から情報を得て晶は考え込む。
『ホホ、わらわ、何やら嫌な予感がするのぉ。』
『ワシもじゃ、おそらく創造主様にも予測のつかぬことをする気じゃ。』
『おいおいー、我が仲間になってすぐ死んだりしないでくれよ?』
「うるさいぞーキミたち。
考えがまとまんないから黙ってて。」
瑠璃錫杖によって思考を集中させて晶は道をどう切り拓くか考えた。
そして、唐突に実行に移した。
『な、な、何をするんじゃアスラ!』
晶は入ってきた入り口周辺に打撃を加え塞ぎ始めたのだ。
「ここはしっかり塞いでおかないとね。
ティーリィ、出てきて。」
晶の呼び掛けに応じ森の精霊が顕現する。
「……アスラよ、……何をする気じゃ?」
「ティーリィさっき【土精功】スキル取ったって言ってたよね?
それって土を操る力じゃない?
この断崖側に繋がるとこ、がっちり固めて欲しいんだ。」
「……おそらく出来る、……だがその目的は?」
晶は先程同様に不敵な笑みを浮かべた。
「ふへへ、この空間内の空気圧を上げまくって地底湖の水を押し出すのだぁ!」
「……ぬ、……なんとなくは理解できた、……が。」
「分かったところで張り切って行こ!
新しい冒険の場所が私たちを待ってるんだ!」
晶は水龍という仲間を得たことで絶好調になっている、タガが外れたと言っても良い。
気持ちの赴くままにその能力を解き放っていた。
『のぉ竜や、これは上手くいくのかのぉ?』
『うーん、多分だけど大失敗の予感がするな。』
入り口などの空気の逃げ場所はティーリィの【土精功】で次々と塞がれていった。
そして晶は先程から地底湖にその身を湛え、己の高熱によって水をどんどん水蒸気へと変えていく。
ティーリィの作業が完了してからは再び己の内へ戻し、時折【日輪】を発現させつつ更に空気圧を引き上げていった。
【魔王】に変貌した証なのか、晶は呼吸をさほど必要としなくなっており、周囲の空間が歪んで見えるほどの空気圧の中、更に地底湖を蒸発させていく。
やがて晶の全力全開の熱量の前に、地底湖はみるみる水位を下げ、その奥が見え始めた。
「イケる! イケるよみんなっ! あと一息だっ!!」
晶が歯を喰いしばりさらに力を込めて真珠錫杖へ念を送り【日輪】の白熱した力が周囲に放たれたその時、
空間の天井が抜け、大爆発が起こった。




