闇に潜む者
ファルキィエルを撃破した晶は【高原】エリアを散策することにした。
現代の地球上でもHCはこの美しい光景に似た場所を各所に残存させてはいる。
人類が感動を覚える風景や建造物は大事に管理されて現存しているのだ。
だが人類は新たな感動を生み出す情熱を失ってしまっているのかもしれない。
ここ数十年はただ地下で暮らすのみで惑星や深海の探査をロボットに任せ、人類は新たな文化を生み出せないでいる。
ニュースで人類の主権奪還を謳う団体はもしかしたらHCから好意的に受け取られているのだろうか、晶は自分の思考が様々に飛び跳ねるのを抑えられないでいた。
思考を一旦強引にやめ、晶は好奇心の赴くままに行動した。
高原の中に生えている果樹、その一つを恐る恐る口にしてみたのだ。
「うんまぁいっ! なにこれっ!」
晶は十四年の生涯で最も美味なるものを食した気分になった。
食べたのは虹色に輝く林檎のような果物だった。
あまりの美味しさに脳内でピュイピーが騒ぐのにも構わず、果汁の一滴すら零さないようにしてゆっくり味わいながら食べ尽くした。
『かぁ―――っ!
先程は天使相手に世界の理を語っておったというに、
眷属に味見すらさせずに卑しく食い尽くすとは!
ハァ―――ッ!
見損なった! 見損なったぞアスラ!』
「んもぉー、ピュイピーは我儘なんだから、ふんとにもぉ。
ほら、あっちとあっちに一個ずつありそうだよ。
ピュイピーとティーリィも食べれるよ。」
言葉通り二ヶ所をまわり二人にひとつずつ食べさせてみた。
「ピュィッ! ピューイッ!」
「……ほぉ、……これが【食べる】という行為か。
……そしてこれが【美味い】という感覚か。」
二人の反応に晶は満足気に頷き、他にめぼしい物が無いかと探し始める。
しかし目立つものは見つからず、その後しばらく川の対岸を見つめていると、
ザバァッ!
大きな音と共に以前も見掛けた巨大な濃紺の蛇の化物が、遠くで水面から半身をもたげるのが見えた。
「でっかぁー、二百メートルぐらいあるのかなぁ?」
『あれは【ヨルムンガンド】じゃな。
【毒】と【幻術】を操ると聞いておる。』
『なんじゃ、デカい割に地味なスキルじゃのぉ。』
脳内でまた眷属たちがわいわいと話し始める。
「あいつ陸に上がってこないの?」
『基本的には水の中にいるはずじゃ、
だが陸地に上がることも可能らしいの。』
『アスラ、陸地なら倒せるかえ?』
「ふっふっふ、自信はある。
でも水中だと死ぬしかないかも、
毒だらけの水の中で生きられる気がしない。」
『ホホ、確かにそうじゃな、わらわでも無理じゃ。
飛んで逃げ回るしかないのぉ。』
「何を呑気なことを言うとる。
断崖の洞窟が行き止まりならばこの川を渡るしかないのじゃぞ。」
ティーリィの注意に晶は腕組みしたまま、うーんと唸る。
「ピュイピーの脚に掴まってさぁ、
スィーっていけないかな?」
『アスラはわらわよりデカいからのぉ、無理じゃ。
いや、竜巻で跳ね上がりながらならば、……なんとか滑空出来るか?』
『そんなことをしとったらヨルムンガンドに『パクリ』じゃな。
食われた瞬間に毒で死ぬぞ?』
「まぁとりあえず【洞窟】に行こっか。
繋がってたらいい話なんだから。」
晶の楽天的な意見に眷属たちは矛を収め、高原から移動を開始した。
「あれー? 前はこの辺にあったのに。
どゆこと?」
『夢でも見とったのか?』
「いやいや、中に入って歩いたんだよ、暗い中。
絶対夢じゃないって。」
『面妖な話じゃのう、何かに化かされたかえ?』
ふーむ、と晶は断崖を睨み考え込む。
そう言えばタモンやインドラはこの断崖の存在を知っていたのに洞窟のことは知らないようだった。
何故あの時自分は洞窟を見付けたのか?
晶はつい先日の自分の行動を振り返り思考の世界へ深く潜り込む。
瞑想する晶の深層世界に閃きの雫が一滴垂れ落ち、拡げた波紋が晶を明鏡止水の境地へと誘った。
ハッとした表情で晶は目を見開いた。
手に持つ錫杖がいつのまにか知性を湛えた瑠璃色に染まっている。
どうやら瑠璃錫杖は反応速度だけではなく、思考精度も上げてくれる効果もあるようだ。
金色錫杖同様に柄の部分までラピスラズリの輝きに染められている。
相棒がどんどん進化しているのを目の当たりにして晶は喜色を浮かべる。
「私が考えるのを手伝ってくれたんだね。
ありがと、しゃくじょー。」
晶の声に応えるかのように錫杖の遊環がピカリと輝く。
『どうしたんじゃアスラ、何かわかったのか?』
『アスラがたびたびその武器に話しかけるのは何なのじゃ?
わらわの知らぬ秘密でもあるのかえ?』
「えー?
この【しゃくじょー】も二人と同じ、私の大事な仲間なんだよ。
私をいっぱい助けてくれてるもんね?」
再び錫杖の遊環が輝く。
『『どういうことじゃ?』』
まるでついて来れていない眷属を置き去りに、晶は断崖を見上げる。
「でりゃーっ!!」
そして気合と共に断崖を猛烈に殴り始めた。
『なんじゃ!? なんなのじゃ!?』
『アスラ! どうしたんじゃ!?』
驚き戸惑う眷属たちの前で、殴っているところとは別の場所がガラガラと音を立て崩れていく。
気の済むまで岩肌を叩き続けたのち、晶は満足気に額の汗を拭う仕草を見せた。
「やっぱりね、あの時もこうだったんだ。」
結論から言うと断崖の洞窟は薄い壁で隠蔽されていたのだ。
先日晶は白銀錫杖が壊れたと思い込み、断崖をむやみやたらと殴った。
それが断崖の洞窟を発見出来た原因だったのだ。
晶は眷属たちにそんな説明をしてご満悦だ。
「さ、行くよ二人とも。
たぶんすっごく強い奴が待ってるはずだから。」
『う、うむ。
アスラにはいつも【驚き】という感情を教えられるのう。』
『それに【呆れ】もじゃぞ、
わらわにとって考えの埒外のことばかりじゃ。』
現れた洞窟に入り、玻璃錫杖で索敵を行いながら進んでいく。
だが前回とは違い、暗い穴を探検することにはならなかった。
「うーん、私って結構光ってたんだねー。」
『そうじゃな、ザラタン戦後に琥珀色に変化してからは、
どんどん明るくなっていっとるぞ?』
『【アンドラス】という悪魔が言っておったろ?
アスラは太陽の力を手に入れつつあるのじゃ。
今後増々光は強くなるんじゃなかろうか。』
「へぇ~」
晶が発光しているため、洞窟の別れ道なども目印を付け易く、大きな問題も起こらないまま索敵に強烈な存在感を感じるところまで辿り着いた。
『そういえばアスラ、
わらわいつの間にか【イーリス】の力を手にしておったぞ。』
「へ? ファルキィエル倒した時は無かったよね?」
『そうじゃの、おそらくあの【虹の果物】を食したからじゃと思う。
【イーリス】は【虹の女神】と讃えられておるでな。』
『むむ? ワシも【ティターン】の力を得ておる。
【土精功】スキルなどじゃ、だが種族は【森の妖精】のままか、
良く分からぬ変化じゃな。』
『わらわも種族は【暗黒の女王】のままじゃな。』
「ちょ、ちょっと待って、一度に言わないで。
うぁー! パニックになっちゃうからー!」
ただでさえ暗く狭い場所は苦手にしているのだ、晶の神経はいま結構尖っていた。
何度も深呼吸を行い、晶は決戦に向けて集中を高めていく。
とっととこの先の敵を打ち倒し、川向こうへ飛び出したい気持ちで一杯になったところで足を前に進め始めた。
そこで待っていたのは
【水龍】だった。




