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天魔心問答


 あきらの眼前で【岩精霊ロックエレメンタル】たちが次々と電子の霧となって消えてゆく。


晶が新たに得た【毘風撃びふうげき】が思いのほか効果的に決まり、岩精霊の投石による妨害が無効化された。


同様にピュイピーの竜巻やティーリィのツル拘束によって彼らはイージーな障害物と化してしまった。


岩精霊を片付け【坂道】の半ばでその頂きを見上げてみれば、前と同じ紫の空が広がっている。


『あの先に【天使】がいるんじゃな、心せよアスラ。』


体内に戻したピュイピーが晶に警告してくる。


傲岸不遜ごうがんふそんな暗黒の女王がこのように警戒しているのだ、天使の危険性が理解できるというものだ。


『創造主様は天使に対して最低ひとつは強力なスキルを授けておる。

 徒党を組まれたらかなり厄介な存在と言えるのぉ。

 ワシは実際に目にしておらんが知識としては知っとる、

 【天上界】と呼ばれる場所は天使が群れておるらしいぞ。』


晶が直接見たのは間もなく遭遇するであろう【ファルキィエル】だけだが、確かにあんなのが大勢いたら厄介などということは赤子でも分かるだろう。


それに強力なスキルだけではなく【呪い】とやらにも注意しなくてはいけない。


アルマロスは呪いの姿を受け入れていたが、晶としては御免蒙ごめんこうむる話である。




 坂を登り切った晶の前に広がる風景、やはりそれは仮想現実内でしばしば体験する【過去の地球の地上】と同じものに見えた。


濃い色の土の上に背の高い草が生い茂り、一面を緑に染めている。


所々に枝葉を充分に伸ばした樹木が立つ中で、色鮮やかな果実が僅かにっていて存在感をアピールしていた。


現代の地球では【HCヒュージコンピュータ】の管理下、ロボットによる効率重視の果樹園が形成されている。


ロボットが作業し易いようにコンクリートで区切られた場所で育成された果樹は害獣から守られ、宙空には鉄条網が覆われていて鳥獣被害も無い。


それが現代の当たり前の景色ではあるのだが、いま晶の眼前に広がる風景は古き良き地球の生命力で満ち溢れているように感じられ感動すら覚えている。




 高原に吹く爽やかな風を感じて晶がしばしたたずんでいると、上空から凛と響く声が聴こえてきた。


けがれにまみれた人の子よ、この世界に何を求める?」


見上げれば白い法衣に黒髪の、神々しく光る天使がこちらを見下ろしていた。


その薄茶の瞳には明確に侮蔑ぶべつの色が浮かんでいる。


晶はその挑発的な言葉に対し、己がこれまで考えていた【この世界】についての持論を語り出した。



「この世界は地球を管理するHCヒュージコンピュータの実験場。


 私たち人類が未来に対し強い感情を持てるかどうか見守っているんだと思う。


 これまでの【無気力】とさえ言える人類の生き方にHCは危機感を抱いている。


 だから私はHCに人類の可能性を示したい。」




 晶の答えに【ファルキィエル】は驚いた素振りを見せると、数瞬沈黙した。


その両眼にたたえていた侮蔑の光は消え、眼下の存在を対等と見定めたような警戒した様子に変化した。


「魂を失いかけている人の子にしては珍しい者だ。

 数日前にここを訪れたものであるな。

 なんじは闘争に愉悦を見い出すのみの獣風情だったはずだが?」


「人間は感情があるから大きく変化するの。

 仲間たちと人生を分かち合って貴方が言う【魂】を磨き合うの。」


これまでの幼さがまるで嘘だったかのように晶は天使と論戦を繰り広げる。


晶の脳内では眷属の二人がだいぶ面食らっていた。


『ぬぬ、まさかアスラがここまで思考を練っていたとは。』


『わらわは主を見損なっていたようじゃのぉ。』


ここで、晶の言葉に対し眼を閉じ瞑想していたファルキィエルがカッと瞳を露わにした。


「人の子よ、いや【魔王】の一柱たる者よ。

 この【六道】は【アズライール】様はじめ天使の長らが支配する。

 人類は我らの統治によって穏やかに暮らすのが【正しき道】なのだ。」


「それだと今までと何も変わらないでしょ?

 HCはこのままではいけないと思ったから【SR】を創って、

 私たち人類にチャンスをくれたんじゃないかな?」


「【神】が汝ら人の子に機会だと?

 何の機会を与えたと申す?」


「人類がHCの管理下で生きるのではなく、

 HCと【共存】するチャンスだよ。」


ここでファルキィエルの両眼に危険な色がともり始めた。


「思いあがるな人の子よ、神と汝を同列に語るな。」


「元々HCは人間の道具として産まれた。

 でも今は人間を補佐するはずが支配してしまってる。

 HCはきっとそんなことを望んでいない。

 HCは人間たちにもう一度力を取り戻して欲しいと思ってるんじゃないかな?」


「黙れっ!!」




 殺戮さつりく天使が怒りと共に発現させた光輪から白く輝く光の槍が生み出され始めた。


「神の意志をかたり、その側仕えたる天使を惑わす悪鬼あっきめ!

 天の裁きたる我が槍を受け消えよ!」


前回と違い、ファルキィエルの周囲に無数の光輪が現れ、その数倍の光の槍が星狼鬼に向かい発射された。



「え―――――いっ!!!」


星狼鬼は既に錫杖を透明な輝きを放つ水晶へと変えており、殺戮天使の集中攻撃を透明な球体によって吸収していった。


玉兎静謐ぎょくとせいひつ】の力は天使相手でも何ら変わることなく高速でその効果範囲を拡大していく。


大天狗やザラタン同様に殺戮天使もまた飛行能力を失い地に墜ちる。


だがすぐ近くに浮いていた殺戮天使は大したダメージを受けてはおらず、すぐに戦闘態勢を整えた。


が、既に天使の眼前で凶悪な悪鬼は攻撃発射態勢を完了していた。




【メテオタックル】で天使を弾き飛ばしその体勢を崩すと、


軍荼利颯天ぐんだりはやて】の力を込めた【追衝殴打】の連撃を加え、


【金剛夜叉礫】の力を込めた【追衝蹴撃】の追撃を放つ。


翼をはためかせて死地を脱出しようとする殺戮天使目掛けて、


交差した両腕を振り抜き【修羅神薙しゅらかんなぎ】を放ち、


白い翼を真っ二つに切り裂き脱出を妨害したのち、


その肩口を【魔狼牙】で捕らえそのまま地に再び叩きつける。


「しゃくじょ―――っ!!」


そしてほぼ全体を金色に染め上げた最強の【相棒】を手にし、


殴り、叩き、打ち据え、打ち払い、滅多打ちにした。


これだけの攻撃を喰らった天使はもはや空へ還るしかない、


そう思われた瞬間、


「おのれおのれおのれ―――っ!

 悪鬼め!

 この【デュナメイス】の呪いを喰らえ―――っ!!!」


殺戮天使は死に際の呪詛を放ってきた。


だが、


「ウオオオォォォ―――――ン!!!!」


錫杖を美しき白銀の姿に変えた星狼鬼が咆哮を上げ、【吸気精】と【降魔】の力で呪詛を両肩の狼口へ吸い込んだ。


パァン!


呆然とした天使の前で星狼鬼は厳かに柏手かしわでを打った。


迦楼羅狂焔かるらぐれん】は炎の柱と言うより火山の爆発のような様相で天使を跡形もなく燃やし尽くしてしまった。



「……魔界は……天使……認めん……」



炎の中に消えゆくファルキィエルの言葉が途切れ途切れ晶の耳に届いた気がした。


「【天使の使命】か……」


おそらく自分と道を同じく出来ない存在に対し、晶はその身に宿す熱が更に高まるのを感じていた。




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