絡まる懸念
「それに関しては言っちゃダメなんだよぉ。
HCから【推奨】されちゃってるの。」
晶が困り果てた様子で眉尻を下げつつ、
タモンの問いに対して初めて明確な拒否を示した。
今までまるで隠さずに己の能力について嬉々として語っていた晶の豹変に、
タモンは「ほぉ」と興味深げな声を上げると晶を見つめ考え込んだ。
『つまりあの【トロール】には何か秘密があるということか』
話を聞いていたタモンと来里に共通の認識がなされた。
タモンが黒雲から生み出す【眷属カラス】の話から派生して、
晶の眷属らしきトロールの話になったら急に挙動不審になってしまった。
出てきたのは晶が落下したのを助けたあの一瞬だけだった。
植物がわらわらと生えてきたのは驚いたが、何も攻撃をせずに消えていったはずだ。
何が秘密な部分かわからないがHCが関与しているならばこれ以上問えない。
「そうか、HCが【推奨】してるんじゃしょうがない。
俺の眷属とは別物なんだ、という認識だけで充分だよ。」
「トロール自体に秘密があるのか眷属の立場自体に秘密があるのか、
気になるけど自分たちで調べるしかないみたいですね。」
タモンと来里がだいぶ興味をそそられた表情で話し合う。
と、そこへしびれを切らしたナッキィとインドラがコンタクトしてきた。
「ちょっと、話が長いよ。
もういいんじゃないの?」
「タモン、女性を待たせるものではないと叔母様が言ってたでしょ?」
苛立ちの籠もった言葉にタモンがすぐさま謝罪を始めた。
来里は強い女性を身内に抱えているからか平常心でそれを眺めている。
「そんでアスラ、さっき言ってた心当たりって何だい?
アタシらと違う方向に行くのかい?」
「ホゥ、もしかして海かな?
でも向こう側に陸地は見えなかったけど?」
スキルや強化に関係しないことならば遠慮はしない、とばかりに女性陣から質問が連続する。
「いやいやぁ、あの【牛鬼】のいる森の向こうにさ、断崖が有るの知ってる?」
晶の返答に四人は顔を見合わせ頷く。
「知ってるよ、行ったこともある。
それ伝いに移動すれば坂道がある場所でしょ?」
代表してインドラが答えると晶は楽しそうに頷き話を続けた。
「へへへー、んではその断崖に洞窟があるのは知ってた?」
「えー? 知らない、誰か知ってた?」
インドラの問いに残る三人が首を横に振る。
晶がそれを見て得意気に胸を張り話し始める。
おそらくその洞窟は川の向こうの陸地に繋がっていること、途中の開けた場所には【強敵】が待ち受けていること、晶が明日はそこへ向かうことを自信満々に伝えた。
聴き終えた四人は少し考え込み、小さな声で相談を始めた。
「なぜ川向こうに繋がってるとアスラは言い切れるんだ?」
「姉ちゃん絶対にそう思い込んでるだけですよ。」
「途中が水没してたらどうするつもりなんだ?」
「ワゥワ、アスラのことだから無理して進んで溺れ死にそう。」
眼の前で相談されているのだから晶には筒抜けなのだが構わず続けられる。
「こいつマジで考え無しで色々やるだろ、基本的に馬鹿なんじゃねーの。」
「シャチ君、アスラって昔からこうなの?」
「昔からですよ、どんなゲームでも真っ向から突っ込んでました。」
「初見の敵でも打ち倒す力が有るから凄いよな、俺には真似できない。」
好き勝手言う友人たちを晶は腕組みして睨みつける。
「ちょっとー、いいじゃん私がどんなプレイしたって。
川向こうに出れたらメッセージを送るからさ、
みんなも新しいエリア見つけたら教えてよ。」
ぷんすか怒りながら話す晶を微笑ましいものを見る表情で見つめながら、みなその提案を了承した。
その後は直接対決に関係なさそうな話題やSR以外の話もしつつ、今日の集いはお開きとなった。
次の日の朝、晶は快適な目覚めを感じていた。
知る限りの強敵を打ち倒し、今日のSRはいよいよ新たなエリアへと足を踏み入れる予定なのだ。
ワクワクした気持ちを抑えられずいつもより少し早く目が覚めてしまった。
ベッドの上で柔軟体操をしながらホログラムニュースを確認する。
HCの支配を善しとしない団体が『人類を地上へ戻すべき』と主張する様が映し出されている。
だが現代の人類は前時代に比べ、菌やウィルスに対しての抵抗力が激減している。
HCの管理する空間でなければ生きていけないほど脆弱になっているのだ。
ピュイピーが話したようにHCから『人間は脆い』と言われても仕方のない存在となっている。
地上へ出たところで死ぬだけなのだが、この団体は少しずつ馴らしていけば以前の頑健さを取り戻せるはずだと主張している。
『根拠が無い話に聴こえるけどなぁ』と晶は自分を棚に上げた感想を抱く。
HCが人間の感情を理解するようになればこういった問題にも光が射すようになるだろうか、晶は漠然とそんなことを思いながら朝食を摂るため居間へと向かった。
家族の団らんを楽しみながら晶は先程のニュースについて家族の意見を聞いてみた。
僅かの話し合いでやはり現代の人類では地上に戻るのは危険過ぎるだろうとの結論に至る。
「仮に人類が地上に出れたとして、何か利点はあるのか?」
「菌やウィルスに人間が対抗できるようになったとしても、
そこからまた新たなウィルスが生まれるんでしょ?
そんな意味の無いイタチゴッコはするべきじゃないと思う。」
「病原菌を持ち込まないように地下へ避難したのに、
今度は病原菌を求めて地上へ出るのか? 馬鹿げてるだろ。」
「HCが活動停止する可能性を考えた場合のみ、
人類が自力で活動拠点を地上へ移すことが必要になるかもね。」
晶は家族の意見に対して真剣に耳を傾けた。
HCが現在の人類に対して何かしらの危機感を抱いているように感じていたからだ。
本日、人工知能から学ぶのは現代の人類に関する状況についてだ。
人類は総人口が最盛期から比べると三分の一にまで減ってしまっている。
理由は様々あるが、決してHCによる処刑などで減ったわけではない。
自然に、ゆるやかに減少しているのだ、現在進行形で。
活動拠点を地上から地下へ移したとはいえ、人類にとっての居住可能区域は逆に広がっている。
感染の危険性から他者との接触を禁じられるようになり、家から出ない生活が当たり前になってからは会社や店が必要なくなり、住宅は余裕をもって設計され改築されていった。
人類は安全に包まれた暮らしが出来るようになったのだ。
だが安全なはずがその数を減らすジレンマに陥っている。
過去・現在の全ての事象を知り尽くしているはずのHCにも解決できない状況だ。
晶は思う。
HCにはいま【変化】が求められているのだと。
より深く人類を理解するためにも【感情回路】は必須と考えられる。
【SR】はきっとそのために創られたはずだ。
晶はゲームを楽しむことが出来て、HCは感情を理解出来るようになる、素晴らしいシナジー効果が生まれるではないか。
家族が知ったら幼い考え方だと笑われるかもしれない、だが晶はこれが正しいことだと納得出来ている。
真っ直ぐな気持ちを抱え、晶は仮想現実へ飛び込み、【魔界】と称される【HCの世界】に変化をもたらす為に脳内パネルを操作し始めた。




