表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/100

変貌琥珀色


「しろがねっ!」


螺旋の水飛沫をあげながら近づく巨大亀蟹ザラタンを睨みつつ、星狼鬼あきらは錫杖を美しい白銀の姿に変える。


この状態で放つスキルはいまのところ一つだけ、



「ウオオオォォォ―――――ン!!!!」



【魔狼の咆哮 改】が雨の草原に響き渡る。


【吸気精】と【降魔】が含まれたスキルだが、巨大亀蟹に効果的だったのは別のスキルだった。



「そっか! 【超音波】か!

 タモンの【龍笛】が効果的だったんだ!」



星狼鬼の眼前まで迫っていた巨大亀蟹が突然動きを止めた、良く見ればその堅固な甲羅には浅くだが亀裂が入っている。


眷属の大蟹もまたメタリックブルーの外殻にダメージが入っている様子がわかる。



「ピュイピー! 一匹ずつ持ち上げて上空から地面に叩きつけて!

 ティーリィ! ツルで締め上げて逃がさないでおいて!」



己の眷属に指示を出しつつ星狼鬼は再び錫杖を瑪瑙めのうに変え、存在感を薄めながら巨大亀蟹へと迫る。


亀蟹が苦し紛れにハサミを振り回すがその狙いは定まっておらず星狼鬼は楽々と躱して甲羅の上に到着した。



「ウオオオォォォ―――――ン!!!!」



今度は至近距離で渾身の咆哮をあげ、巨大亀蟹を苦しめその脚をバタつかせていく。


さらに錫杖を瑠璃色に変え、襲い来る二本の尻尾を【追衝殴打】【追衝蹴撃】で次々跳ね飛ばす。


竜巻や稲妻よりも打撃に付随する衝撃がひび割れた外殻に隠された肉体へ有効らしく、尻尾はその動きをどんどん弱めていく。


そして本命は甲羅の亀裂に対しての攻撃だ。



「で―――やっっっ!!!!!」



錫杖を珊瑚さんごに変え、交差した両腕を渾身の力で振り抜いた、最高威力の【修羅神薙しゅらかんなぎ】だ。


今までで最大の真空の刃が亀裂に吸い込まれていく。



「ぐおぉぉっ!」



巨大亀蟹が初めてダメージによるうめき声を上げた。


どうやら甲羅の内側に外殻の守りは存在しないようだ。



だが決着とするにはまだ巨大亀蟹の余力が大き過ぎた。



「ぬぅんっ!」



鈍色に光る八本の脚はまだまだ健在で力を込めて亀蟹がその巨体を宙高く跳ね上げた。


甲羅の上の星狼鬼はその狙いが掴めず一旦【多段空歩】でその場から逃げ出す。


その判断は間違っていなかった。


巨大亀蟹は空中にいながら高速で回転し始めた。


それは単一方向への回転ではなく縦横斜め全ての角度に軸を変化させながらの高速回転だ。


あまりの速さにその姿は巨大な球体かのように映る。



「……アスラよ、……あれは一体?」


「ピュイッ!」


五体の大蟹を倒した森の妖精(ティーリィ)暗黒女王ピュイピーが星狼鬼の許に集う。


星狼鬼はすぐさま二体を己の内側へしまい込む。


「なんだかわかんないけどアレはヤバい。

 私の【危険予知】がすっごく反応してる。」


『うむ、乾坤一擲の覚悟が感じられるのぉ。』


『アスラ、今のうちに攻撃を仕掛けて妨害せんでいいのか?

 あれは準備段階に見えるぞ?』


「そうは言ってもあの高さに跳んじゃうと反撃があったら躱しよう無いでしょ?」


『わらわなら行けるぞ?』


「ダメ、それするぐらいなら待つ。」


脳内で会話しながら宙の巨大亀蟹による球体を見上げ、

じりじりとした焦りを抑え瑠璃錫杖で反応速度を増しつつ体勢を整える。



「ザラタン殿! そっちこそちゃんと死力を尽くしてるの?

 待ち草臥くたびれてきたよ!」


駄目で元々と挑発してみたがまるで反応が無い。



と思ったその時、



耳をつんざく轟音と強烈な光に包まれた。



星狼鬼は正体不明の衝撃に跳ね飛ばされ、二度三度と地面を転がり、糸の切れた操り人形のように四肢を投げ出して倒れ伏した。


『アスラ! 大丈夫か!?』


『何じゃ今のは!? 雷かえ?』


星狼鬼は脳内で眷属に呼び掛けられ、刹那の間失っていた意識を取り戻した。


「うぅ、痛い・・・」


『おぉ! アスラよ! 生きておったか!』


『早う立てアスラ! 次の攻撃が来るぞよ!』


暗黒女王の言葉通り、亀蟹による巨大球体がこちらへ向かってゆっくり近付いてきている。


草原には今の落雷の凄まじさを物語るリヒテンベルク図形が大きく刻まれていた。


『正念場じゃアスラ! もう一発喰らったら間違いなく死ぬぞ!』


『わらわを出せ! 時間を稼ぐ!』


「う、うぅ・・・」


一度雷撃に成功したからなのか、宙に浮かぶ巨大球体は間を置かずに準備万端とばかりにチリチリと微かに放電しながらすぐそばまで接近してくる。


星狼鬼は錫杖を杖代わりに縋り付くように立ち上がろうと力を込めた。


だがそれより早く巨大球体が再び光り輝いた。



「うぁぁ―――――!!!」



星狼鬼の純白(・・)の錫杖から目に見えぬ力が弾け飛んだ。


『おぉ!!』


『これは!?』



玉兎静謐ぎょくとせいひつ】による透明な半球体が全てを呑み込んでゆく。


それは雷の熱も、光も、音さえも等しく消し去る。


宙に浮かんでいた巨大亀蟹もまた、先日の大天狗のように動力を失い回転が止まり、為す術なく激しい音を立て大地に叩きつけられた。



「ウオオオォォォ―――――ン!!!!」



いつの間にか錫杖を白銀の輝きに染めていた星狼鬼は雄叫びを上げ、【吸気精】によって僅かながら体力を回復した。


足を引き摺るようにして巨大亀蟹の許へ少しずつ近付く星狼鬼。


地に墜ちた衝撃と今の咆哮の超音波によって甲羅と外殻が崩壊寸前になった巨大亀蟹が、微かに聞こえる音量で近付く星狼鬼に話しかける。


「み、見事なり、ア、アスラ、ちひさきものよ。

 わ、われの、ち、ちから、そ、そな、た、に・・・」


「ザラ、タンどの、ありがと、ね。

 最高の、勝負、だった・・・」


「か、介錯を、た、た、たのむ・・・」


まるで突き出されたかのような巨大亀蟹の頭部に、


星狼鬼は残る力全てを振り絞って金色の錫杖を突き立てた。


斃したもの、斃されたもの、両者ともにもはや動くことが出来ず、


片方は己の武器を墓標のように地に刺し、片方は電子の墓場へと旅立った。


いつの間にか雨は止んでいる。


魔界に虹がかかるはずもないが、大地に突き立てられた金色の錫杖に反射した光は七色の輝きを周囲に与えていた。


この場にそれを目撃する者は存在しなかったが、もし存在したならば、金色の錫杖が周囲に祝福を振り注いでいるように見えたことだろう。




晶は痛みによって動けずにいた。


ティーリィとピュイピーが動けぬところを襲われては一大事と『外に出せ』と脳内で騒ぎ立てる。


あまりのやかましさに晶は寝転んだまま二人を外に出す。


「……アスラよ、……大事に至る前に早く出さんか、

 な! なに!?」


「ピュイ!?」


ティーリィとピュイピーが同時に驚きの声を上げる。


何やら見られている気はするが晶に反応する気力は戻っていない。


「……アスラよ、……その姿はなんじゃ?」


「……何がぁ?」


声を出すことすら億劫おっくうな晶は目も開けずに短く問い返す。


「……アスラよ、……お主、……色が変わっとるぞ。」


「へぇ~、はぁ? 色?」


眼を開きティーリィを見つめてから晶は自分の右腕を持ち上げ視線を送った。


そこには今までの青みがかった黒の体毛ではなく、だいだい色というか金色に近いオレンジ色、マリーゴールドもしくは琥珀こはく色というような体毛に変化していた。


自分の見た目の色の変化にしばらく呆けていた晶だが、また疲労と痛みがぶり返してバタリと腕の力を抜いた。


「ねぇティーリィ、私って色のほかは何か変わってる?」


「……むぅ、……他は変わってないな。

 ……尻尾の先や腹付近などが白っぽいのも変わってないのう。

 ……頭が三つで腕が四本のタラカースラじゃな。」


「ピュイ」


なんとなく晶はピュイピーが『その通りじゃ』と言っている気がした。


「はぁ~、痛いし疲れてるけど・・・なんかい~い気分。

 ティーリィとピュイピーもここで寝転がってみなよ。

 いい気分ってものが理解出来るかもよ?」


「……ぬ、……こうか?」


「ピュイ?」


晶の左右に同じように寝転がるティーリィとピュイピー。


「……ほぉ、……なるほどのぉ。」


「ピュイッ!」


ティーリィは感心したような声を上げたが、ピュイピーは一声鳴いてすぐに飛び起きてバサバサと羽音をたてて上空へ舞いあがった。


晶はなんとなくピュイピーが言ったことが理解出来た気がした。



『わらわの高貴な身体に泥が付いてしまったではないか! この痴れ者が!』



後で謝らなきゃなぁ~、と妙に綺麗な紫の空を見上げた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ