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駆引き無し


「へぇ~、これが雨に当たる感触かぁ~。」


闘志に満ち溢れたあきらの身体に当たる雨粒が触れるそばから蒸発していく。


見上げればランダム設定によって上空には濃厚な灰色の雲が広がっていた。


普段地下深くで生活しているため、仮想現実の地上で雨が降る様子は知っていても実際にそれを体感したことはないのだ。


感触以外は映像と音で既に体験しているのだが。


「これって私がいま高熱を発してなければかなり寒くなるんじゃないかな?」


『おそらくそうじゃろう、雨に濡れれば体温を奪われる、

 そうなると人間は病に侵され易くなるはずじゃ。』


『人間はもろ過ぎると(HC)が嘆いておったぞ。』


ピュイピーの言葉に晶は眉をひそめる、HCヒュージコンピュータはもしかしたら既に感情回路を備えているのではないかと感じたのだ。


だが晶は既にザラタンとの戦いの舞台である【東の草原】の入り口に立っている。


余計な雑念を振り払い、晶は闘争心に身を任せ歩き始めた。




 雨の中、邪魔者に道を塞がれることもなく、晶は中心部から知覚される大きな存在へと迷うことなく真っ直ぐに近付いていった。


そこには巨体を甲羅の中に収め、厳かな声で話しかける強者が待っていた。


「ふむ、数日会わぬだけで随分と様変わりしたか、

 アスラ、小さき者よ、それでも我が守りの壁は貫けまい。」


「ザラタン殿、前回はちょい不様な負け方で私不満なんだよ。

 今日は持てる力を全部出しきって決着したいんだ。」


「アスラ、小さき者よ。

 前回の闘争の折、我が言葉を理解出来なかったか。

 あれは力を出し尽くした結末では無いと貴様は言うのか。」


記憶を辿れば確かに『全ての力を出せ』と言われた気がする、

相変わらずこの巨大な亀蟹には舌戦で勝てる気がしない。


晶は誤魔化すように腕組みをして上を見上げながら話題を変える。


「ザラタン殿、君の眷属を先に出してくんないかな?

 私の眷属がすごーく戦いたがりなんだけどさ、

 私自身は相手が一人ならこっちも一人で戦う主義なんだ。」


「よかろう、小さき者の全てを打ち破ることが我が使命。

 我が眷属と共に貴様のその眩しい闘志を消し去ろう。」


そう言うとザラタンは巨大な亀の甲羅から脚を伸ばし立ち上がると、

巨体に見合ったハサミを振り下ろし五体の大蟹を顕現させた。


ザラタンの脚やハサミは前回と違い金属的な輝きを放っている、

甲羅のみならずその中身までメタリックな硬度を得たことがわかる。


そして眷属の五体の大蟹もまたその全身がメタリックブルーの輝きに包まれている、どうやら簡単な相手ではないらしい。


大蟹の出現を確認し、晶は自らの眷属を顕現させた。


「出番だよ! ティーリィ! ピュイピー!」


「……む、……我が主の邪魔はさせんぞ蟹ども。」


「ピュイーッ!」


ティーリィは勇ましい宣言をしているが、ピュイピーの鳴き声はやはり可愛らしいと晶は羽ばたく彼女を見やる。


しかしこれで戦いの準備は整った、後は始めるだけだ。




「アスラ、小さき者とその眷属よ。

 死を恐れずとも良い、貴様らの変化は死の輪廻の先にあったはず

 またカルマの深淵を覗いてくるがいい。」


「ザラタン殿、私は負けることが嫌いなの。

 それが同じ相手なら尚更ね、

 さ! 正々堂々真っ向勝負のお相手を願うっ!!」


「その意気や好しっ!」


その瞬間、晶とザラタンによる死闘の幕が切って落とされた。




 最初の一手は暗黒の女王(ピュイピー)の渾身の一撃だった、無数の竜巻を起こしてからそれを圧縮した空気の刃で広範囲の敵を切り刻むスキル、【嵐の刃(シュトロームクリンゲ)】がザラタンと大蟹へと襲い掛かる。


「ピュイッ!?」


だが真面まともに喰らったはずの大蟹たちはピンピンしている、

親玉たる巨大亀蟹ザラタンもまた言わずもがなだ。


蟹たちの口から零れ落ちる泡が防御に使用されたのだろう、


巨大亀蟹の口から前回の戦いで星狼鬼あきらの敗因となった摩擦係数を無くする液体が惜しげもなく吐き出されている。


同じ戦術は通用しないとみて別の使い途に変えたのだろうか、星狼鬼とすれば移動経路に気を遣う必要性が出てきた。


だが星狼鬼たちもただ手をこまねいていた訳ではない。



「てーりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!」


「ぬ! いつの間に!?」


星狼鬼が巨大亀蟹の背に乗ってその頭上からハサミ目掛けて礫の雨を見舞い始めた。


瑪瑙めのう錫杖による【気配遮断】の力で奇襲を掛けたのだ。


さらに周囲の大蟹たちの足許からは森の精霊(ティーリィ)によって植物のツルが生えており脚に絡みついて自由を奪っている。


星狼鬼の錫杖は既にコーラルピンクにその姿を変えている。


珊瑚さんご錫杖はスキルの力を増加させ、一度に十個の礫が飛び出している。


エリアボスを連続撃破したことにより放つ速度も精度も上がっている。


だがそれでも巨大亀蟹のハサミを破壊するまでには至らない、百を超す礫の連弾が形を僅かに歪ませたが甲羅の中に逃げ込んでしまった。


そこで物は試しと足元の甲羅目掛けて竜巻と稲妻込みの拳を叩きつけたが何らダメージは与えられず、代わりに【危険予知】スキルが頭上から迫る攻撃を知らせてきた。


「ルリィッ!」


攻撃し終わった直後に星狼鬼は瑠璃るり錫杖の力で反応速度を上げ甲羅を飛び降りる、前回は一つだった蠍の尻尾が今回は二本に増えていた。


地に降りてみると雨によって水溜りが各所に出来ており、巨大亀蟹の滑る液体との区別がつかない。


今の星狼鬼は進化が進んでいる兆しなのか全身が高熱で包まれている。


雨による水溜りならばみるみる乾いていくほどの現象が起きていた。


だがそれが亀蟹の液体に通用するかは判断できない。


執拗な蠍の尻尾による攻撃を躱しつつ、肩の狼頭で眷属の戦いを視界に収める。


暗黒女王は羽根が通用せず鉤爪での攻撃でのみ大蟹に傷をつけているが、

どうしても戦法はヒットアンドアウェイにならざるを得ず、一気の破壊は難しい。


森の精霊は捕らえた大蟹を持ち上げ他の大蟹に叩きつける攻撃をおこなっている、これもまた大きな損傷は与えられていない。


すると星狼鬼の眼前で大蟹が絡みついたツルを外して森の妖精へ不意の一撃を喰らわそうとハサミを振りかぶった。


「危ないっ!」



 瑠璃錫杖によって星狼鬼の反応は早い、ハサミを振り上げている大蟹に渾身の【メテオタックル】を喰らわせることが出来た。


喰らわされた大蟹は勢いよく雨に濡れた草原にバウンドしながら遠ざかっていった、だが感触としては大したダメージは与えられていないと星狼鬼には思われた。


さらに拘束を抜け出した一匹に同様の体当たりを喰らわせたところで、

巨大亀蟹が無事な方のハサミによって叩き潰さんと旋回してきた。


「回避っ!」


事前の作戦通り星狼鬼の掛け声で三体は別々の方向へ散開する。


最も動きの遅い森の妖精が心配されたが上手くツルを伝い亀蟹の攻撃範囲外へ逃れていく。


それぞれが蟹の群れと距離を取って攻撃態勢を整えると巨大亀蟹が動きを止め星狼鬼に話しかけた。


「アスラ、小さき者よ。

 もしやその眷属たちは【特殊個体】か?」


「そうだよ。

 私の仲間になってくれたんだ、いいでしょー。」


「ほぉ、【特殊個体】を率いる者と戦うのは初めてだ。

 創造主もお喜びになろう。」


「ふへへ、ところでザラタン殿、

 貴方あなたってこの世界に生まれてから負けたことある?」


「無い。

 先日戦った【大天狗】ぐらいか、我を追い詰めたのは。」


思わぬ名前が出てきて星狼鬼は驚きつつ巨大亀蟹に話の続きを促す。


「だがあの大天狗は戦いの途中で逃げ出した、貴様より不様だったぞ。

 貴様はまさか逃げ出すような不様は晒すまいな。」


「うーん、空を飛べるってそういう利点があるよねー。

 ま、私は逃げるつもりなんて無いけど。」



 ここで晶の脳裏に閃くものがあった。


タモンはこの強固な守りを誇るザラタンを追い詰めたという。


先の死闘でタモンの力は把握している。


彼のスキルで何がザラタンに痛撃を与えたのだろうか?


もし【毘沙門颱風びしゃもんたいふう】だったならば先程の【バジリスク】戦でその力を含んだ【赤鴉灼熱せきあしゃくねつ】を使用してしまったことは痛恨の極みだ。


確かにあの威力でザラタンを持ち上げ【毘風撃びふうげき】と組み合わせれば遥か上空から叩きつけることが可能だろう、この巨体ならば相当なダメージを与えられるはずだ。



「どうしたアスラ、小さき者よ。

 全ての力を我にぶつけよ、悩むのは死の狭間へ赴いてからでよかろう。」



言うなり巨大亀蟹は脚を伸ばし高速で回転しながら雨に濡れた草原を滑るように移動し始めた。


眷属の大蟹たちもまたワラワラと森の妖精目掛けて突進していく。


ここで星狼鬼はまとまらぬ思考を止め、闘争本能の赴くまま前回の戦いで試していなかったスキルを全力で放った。




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