逆襲の為に
『ソレはいつまでやるつもりじゃアスラ?』
歩みに併せて行われる【月輪】に対して、
脳内でピュイピーが『煩わしい』と不満の声を上げている。
「んーなこと言ったってしょうがないでしょ。
ピュイピーだってティーリィ以外の仲間が増えたら嬉しくない?」
『わらわが欲しいのは心躍る闘争のみぞ。
眷属が増えたならわらわの出番が減るではないか。』
「うんぬぅ~」
眷属に対し言い返す言葉を失った、主であるはずの晶。
それでも【月輪】を繰り返し発動させながら、反論しようと歩きながら考える。
だが良い反論は浮かばず、
ただただピュイピーの不満を浴びせられながら草原へ到着した。
「はぁ~、やっと着いた。
ピュイピーってば我儘で困るよ。」
『わらわの方こそ無意味な行いを頑固に続けるアスラに辟易したぞ?
仲間を増やすのがそんなに大事なことかえ?
己の強さを増やすことこそがこの【魔界】では意味の有ることではないか?』
「んもぉ~、いろんな場所に冒険するなら仲間が多い方がいいでしょ?
それに【魔王】がいくら強い存在だとしてもさ、
【一人ぼっちの魔王】っておかしいし悲しい存在になっちゃうでしょ?」
『なるほど、わらわたち眷属はアスラの腹心たる存在になるのじゃな。
【王】に側仕えは確かに必要じゃ。
ふむ、そう考えるとあの年寄りトロールも無意味な者と断じきれぬな。
あれが側仕えでわらわは皇帝を支える将軍たる女王となろうか。』
「皇帝と女王ってなんか立場被ってない?大丈夫?」
『ホホ、知らぬのかアスラ。
皇帝とは王の中の王であるでの、小国の王が大国に従うようなものじゃ。
わらわはアスラの一の臣下として大将軍の地位を賜ろうぞ。
世話役はあの年寄りトロールや後続の者に任せるとしよう。』
やっとピュイピーとのやり取りに落とし所が出来た、と晶は胸を撫で下ろす。
このゲーム内で【魔界の王】がどう君臨されるのかわからないが、
可能ならばインドラ達や来里にも【小国の王】的な立場を与え、
晶が望むままに闘争出来るシステムにしたい、とピュイピーの話から連想された。
タモンを打ち破ったことでこの付近のエリアに晶に比する存在はほぼ存在しない。
インドラ、ナッキィが他方面へ向かっている現状、
あとに残るは【ザラタン】ぐらいだろう。
小地域なりとはいえ、晶が最強の存在になる時が近付いてきていた。
ティーリィを探して草原の中心部に向かうと、慣れた存在感がすぐ知覚された。
戦闘中のようで激しく点滅するように存在感が増減している。
戦っている相手はおそらく【大百足】と思われる。
【鼓舞】スキルの熟練にも丁度良いタイミングと考えた晶は直行した。
『ほぉ、年寄りが冷や水を飲みまくっておるのぉ、ホホホ。』
「んもぉ~、ピュイピーはなんでティーリィに意地悪言うの?
ティーリィ!頑張ってー!」
『あのような虫如きに苦戦するトロールが悪い。
わらわならひと揉みであの虫を粉々に出来るぞよ。』
眼の前ではティーリィが大百足と激闘を繰り広げている。
奮戦するティーリィは大百足の頭部付近にしがみつき、
植物のツルを伸ばして付近全体を締め上げている。
だがティーリィは身体の各所に芥子色の毒爪が突き刺さっており、
あの無数の脚から飛ばされる連射攻撃を真面に喰らった跡が見える。
かなり長く戦っているのだろうが、どちらが優勢なのか晶には判断がつかない。
「ぬぅりゃっ!」
森の巨妖精が残る気力を振り絞ったような声を上げながら右腕を振るった。
同時にその右腕全体から濃緑の体毛が鞭の様に伸び始めながら鋭く硬化し、
一点に収束したかに見えた瞬間、大百足の外殻を突き破った。
大百足は苦しみに巨体を捩じりながら何とかトロールを地面に叩きつけようと試みる。
しかし振り回されながらもトロールはツルを上手く伝い移動を行い、
地面と逆側の位置をキープし続ける。
段々とトロールの優勢が明らかになっていった所で大百足が最後の手段に出た。
突然頭部を中心にその長い身体を丸め始め、
自分の頭部ごとトロールに圧を掛けはじめたのだ。
急激な変化にトロールはツルや体毛を外すことが間に合わず、
その濃緑の巨体がみるみる大百足の胴体に呑み込まれていった。
「うわわっ!ティーリィが巻き付かれちゃった!」
『トロ臭いトロールじゃのぉ。
これはあのまま絞め殺されるかもしれんの。』
「うえぇっ!頑張れティーリィ!ブチ破れぇっ!」
晶の声援は大百足の黒光りする外殻にはね返されてしまったのか、
ティーリィが動いている様子は全く伝わってこない。
団子状に丸まり切った大百足はミシミシと音を立てながらさらに中心部を圧迫していく。
が、突然大百足が動かなくなった。
『お?』と晶が応援をやめて大百足から響いてくる小さな音に耳を傾ける。
微かにパキパキと大百足の外殻が割れるような音が聴こえてくる。
「生きてる!」
『しぶとい爺ぃじゃのう』
喜ぶ晶の声に応えるように大百足の球体の身体の隙間から濃緑の体毛が伸び出し、
絡みつく脚を抉じ開けてティーリィが姿を現した。
そしてティーリィが晶に向け手を振り無事を確認させる間に、
大百足は既に頭部を破壊されていたのか、光の粒子になって消えてゆく。
大百足が消え去ると、ティーリィが存在感を増したように感じられた。
「やったねティーリィ、結構強くなったんじゃない?」
「……うむ、……あの尊大なハルピュイアに負けてられんのでな。」
「うへへ、そっかそっかぁ。」
『ハン、まだまだじゃがな、まぁ爺ぃにしては頑張った方じゃの。』
ティーリィの【個性】に宿る人工知能は【感情】に関して順調に進化している、
晶にはそう思えて仕方なかった。
そのことに晶は歓びを感じている。
HCが望むものを自分が生み出せている気分なのだ。
きっとそれは勘違いではない。
そしてこのゲームでHCに協力することは、
大袈裟に言えば【世界の進歩】へ寄与しているように思えるのだ。
自分の考えが事実ならばどれほど誇らしいことだろう、
晶は闘いとはまた違った高揚感を覚えた。
ティーリィは僅かながらもピュイピーに対して意識改革の逆襲が出来た。
今度は主である自分の番だ、と晶は再び精神の高揚を覚えた。
敗北を喫した相手であるザラタン殿へ逆襲する時がきたのだ。
傷ついたティーリィを体内に戻し修復を開始させる。
前回同様すぐに晶の体内で復活を果たすだろう。
晶はザラタンが単独であればティーリィやピュイピーを出さないつもりでいる。
だがエリアボスはほぼ全員眷属を従えている。
【ウィッカーマン】には多数のスケルトン、
【牛鬼】にはわらわらと湧く小蜘蛛、
【熊童子】には牛頭と馬頭、
【バジリスク】には無数の蛇たち、
眷属を見掛けなかったのは【以津真天】ぐらいだ。
それにザラタンは大蟹を【眷属】と呼んでいた。
呼べば来るだろうからこちらもティーリィとピュイピーを出せる。
強敵との闘いで出番が無いとピュイピーの不満が大変なことになるだろう。
そんな話を脳内でピュイピーと交わしながら【東の草原】エリアへ向かう。
今日のプレイで、今までは心穏やかにしていられた。
だが、東の草原に向かって足を一歩踏み締めるごとに闘争心が熱を帯びるのがわかる。
負けた悔しさからくるものもあるだろう、しかしそればかりではないのだ。
大百足と戦っていたティーリィの心境と同じものを晶はいま感じている。
ティーリィは己より強いピュイピーに対して対抗心を燃やし強敵を打ち破った。
いまの晶もザラタンに対しての対抗心にメラメラと燃えている。
が、晶とティーリィの気持ちには少しだけ違いがある。
晶はティーリィとは逆に【己より強い者】を求めている。
【熱望】している、と言ってよい。
そしてその【己より強い者】を倒すこと、それを何よりも【渇望】している。
己より強いものの存在が許せないと言っていい、矛盾した感情が入り乱れてる。
複雑である、だからこそ、燃えるのだ。
灼熱の熱波を、目も眩む白熱を、日輪の力を迸らせ、
晶は戦いの舞台を目指しゆっくりと歩を進めていった。




