毒大蛇の王
「いやー、ピュイピー昨日よりもかなり強くなってるじゃん!
ちょっとビックリしちゃった。」
『ホッホホ、わらわの強さの一端であるぞよ。
さらに強さを得られるなら【イーリス】の力も取り戻せるやもしれん。』
「えー?なになに【イーリス】の力って?」
晶は脳内でピュイピーと楽しげに話しながら砂漠へ向かっている。
ヒュドラを思いのほかあっさり倒せたのでのんびり歩いている。
早過ぎてはティーリィの特訓時間が取れなくなるのだ。
草原で特訓中のティーリィから声が届いて来ないので晶は次の相手へ向かう。
砂漠のエリアボス【バジリスク】の許へ。
途中で飽きるだけ【月輪】を放ち続けたのだが、
スキルはわずかに濃くなったかどうかぐらいにしか経験が溜まらなかった。
ヒュドラを倒し軽減されていた空腹感が再び大きくなるほど頑張ったが、
その手応えの無さに晶はかなり意気消沈してしまった。
体力的にもあまり疲れていないことから経験が溜まり難いスキルなのだろうと推察された。
「んんん?」
『どうしたのじゃアスラ?』
「ピュイピー、私のスキル欄見てみて、おかしくない?」
『どれ、ほぉ?』
【月輪】と【玉兎静謐】が重なり合うように点滅しているのは前と同じだ。
だがその隣の【日輪】にも重なり合うスキルが顕れていた。
『【赤鴉灼熱】と見えるが?
どんなスキルなのじゃ?』
「私が聞きたいとこだよ、初めて見るスキルなの。
どうやって発現するのかもわかんない。」
『【玉兎静謐】と同系統なのじゃから似たような方法ではないか?』
「なるほど。
しんじゅっ!」
晶は錫杖を真っ白な真珠色に変えて両手で捧げ持つ。
「【赤鴉灼熱】っ!」
念を込めて真珠錫杖を高く掲げ目を見開く。
だが何も起こらなかった。
『……何じゃ肩透かしもいいところじゃな。
どういうことじゃアスラ、このスキルはなんなのじゃ?』
訝しげに問い掛けるピュイピーだが、晶は考え込み返事が無い。
『これアスラ、無視するでない。』
「ピュイピー、私わかっちゃったかも。
いま考え無しに発現しないで良かった、
これはバジリスクで試してみたい。」
『ふむ、そうかえ。
では実戦で見せてもらうとするかの。』
自信ありげな晶にピュイピーはやや不満げに答え沈黙を始めた。
やがて晶は砂埃舞う砂漠エリアに到着し、
玻璃錫杖を顕現させ周囲の索敵に本腰を入れた。
『さて、砂漠の王との決戦じゃの。
アスラ、なんぞ策はあるかえ?』
「うーん、真っ向勝負だから私一人でやろっかなーって思ってたけど。」
『なんじゃ、それならわらわの出番が無いではないか。
わらわも戦いたいぞ?
ヒュドラも単体だったではないか。』
「えー?ヒュドラはでっかいし強いから皆で共闘してもいいでしょ?」
『ならば【バジリスク】とて巨大で強力な存在じゃろう、
何の違いがあるのじゃ?』
「た、確かに!」
晶は己の正々堂々の基準を揺さぶられ頭を抱えた。
ヒュドラとバジリスクの明確な違いが咄嗟に出てこない。
『なんか頭がいっぱいあるから複数っぽい』のが理由な気がしてならない。
ヒュドラは前回も今回も助っ人が入っている、
晶はヒュドラに申し訳ない気分になっていった。
次があるなら独力でぶっ倒そうと晶は固く心に決めた。
『ぬ?アスラ、来たのではないか?』
「お?ホントだ。」
遠目でも分かる巨大な蛇が派手な砂飛沫を上げてこちらに向かってきている。
視覚だけだと距離感を錯覚してしまうが索敵感覚ではまだ遠くにいる。
大きさだけならばヒュドラより僅かに大きいだろう、頭は一つだけだが。
コブラと呼ばれる毒蛇の頭部の広がりがさらに大きくなった姿をしている。
コブラと違う大きな特徴は頭部にあるニワトリのようなトサカだろう。
全体の体色はオリーブグリーンなのにトサカは毒々しいワインレッドなのだ。
明らかにあのトサカは毒系のスキルの元になるのだ、と思わせられる。
拡げた羽根のような頭部の広がりは暗い黄色なのだが、
何かを噴出しているのか内側の模様が霞んで見える。
『毒のほかに石化もあるんじゃったか?
見た目通りの攻撃をしてきそうじゃの。』
「んー、ナッキィは石化でやられたみたいだけど、
なんか奥の手があったら嫌だなぁ。」
『奥の手などスキルを消し去る大玉スキルで消し飛ばせば良かろう。
あの年寄りトロールが自慢げに言うてたではないか。』
「多分だけど【玉兎静謐】で消せるのはスキルの力だけ、
直接攻撃は消せないと思うんだ、使いどころが限られてるの。」
『なんじゃ、あのトロールの言うことは当てにならんの。』
「そんなことないよ、ティーリィが居なかったら負けてたんだから。」
ぐだぐだ脳内眷属と言い合っている内に砂飛沫が止んでいた。
結局大した対策の取れないまま【バジリスク】が近くまで来てしまったのだ。
毒大蛇の王が離れた場所で様子を窺う星狼鬼を見下ろす。
途中で二股に分かれた真っ赤な舌が時折口から飛び出し、また吸い込まれる。
金色に輝く眼球の中で縦に裂かれた瞳孔が星狼鬼を捉えて離さない。
「毒の有効範囲がわかんないけど、まだ大丈夫な距離みたいだね。」
『アスラ、先刻閃いたそなたの攻撃はどうじゃ?範囲内かえ?』
「うん、たぶん届く。」
『なら見せつけるがよい、わらわを従えるそなたの力を!』
「うん!」
星狼鬼がゆっくりとした動きで水晶の錫杖を手許から消し去る。
そして先程確信を得たスキルを発現させるための錫杖を顕現させる。
「しゃくじょーっ!!」
顕れたのはもはや使い慣れた金色に煌めく金剛の錫杖だった。
「月に対するのは太陽、
太陽の力を発現させるならこの【しゃくじょー】しかいないでしょ!」
自信たっぷりに呟いた星狼鬼が錫杖を高く掲げる、
すると金色の錫杖は常とは違うサンライトイエローの輝きを放つ。
「【赤鴉灼熱】っ!」
星狼鬼が裂帛の気合を込めた瞬間、
その場は圧縮された太陽の爆発力に包まれた、
太陽の力ばかりではない、
荒れ拡がる嵐の力に星狼鬼は己の好敵手の力も加えられていることを悟った。
「これはっ!?【毘沙門颱風】っ!?」
大天狗の大嵐に灼熱の太陽の爆発力が併せられ、バジリスクへ襲いかかった。
逃れる術もなくバジリスクは焼け爛れ風圧でその巨体を捩じられていく。
やがて嵐が治まり、遥か彼方の高度からバジリスクは砂上へ叩きつけられた。
だが柔らかい砂地であることが幸いしたのか、
怖ろしいことにバジリスクはまだその命を散らしていなかった。
「さすがだね!バジリスク!それでこそエリアボスだよ!」
叫ぶなり星狼鬼は瀕死のバジリスクへ向かって駆け出した。
バジリスクの方もむざむざと斃されるつもりは無いらしい。
金色の眼球をみるみる朱に染めて頭部のトサカから赤黒い霧を放った。
おそらくそのまま浴びれば毒か石化の呪いにかかってしまうのだろうと思われる。
「しろがねっ!!」
星狼鬼は錫杖をシルバーメタルの輝きに満たし石突を地に叩きつけた。
「ウオオオォォォ―――――ン!!!!」
星狼鬼の両肩にある狼の頭部が口を開く、
そして周囲に広がる赤黒い霧をまるで渦巻が流れ至るかのように吸い込みきってしまう。
『なんとっ!?凄まじいのぉアスラよ!』
脳内の眷属による称賛に応える余裕は星狼鬼に無かった。
もはや鎌首をもたげることも苦しそうなバジリスクが広げた頭部の羽根から無数の蛇を零し出したのだ。
『眷属には眷属じゃ!わらわを出せアスラ!』
うるさい眷属に鼻皺を寄せつつも星狼鬼は暗黒の女王の名を呼んだ。
「出ろっ!ピュイピー!」
バサリ!と星狼鬼の上空に顕現したケライノーが出るや否やバジリスク目掛けて突っ込んでいった。
「ピュイーッ!!」
可愛らしい鳴き声で突撃したケライノーは無数の竜巻を生み出していき、
「あ、いきなり【嵐の刃】かぁ。」
主の溜息交じりの呟きに気付きもせず、勝負を決めてしまった。
圧縮されきった高速回転する嵐の刃は生み出された蛇もろとも、
バジリスクをもズタズタに切り裂いてエリアボスの電子の命を刈り取ったのだ。
バジリスクの最後の姿を見送ることも出来ず、
星狼鬼は嬉しそうに飛び廻る自分の眷属に苦笑いを送るだけだった。
『ほほぉ、【小王の宝石】かえ、わらわに相応しいアイテムじゃな。』
「ピュイピー、宝石が好きなの?」
『うむ、光り輝くものは大いに好むところじゃ。
その意味では先程のアスラも大層好ましいの。』
「ふへへ、すごい光ってたでしょ?」
『うむ、例えるならば【太陽の化身】といったところじゃな。』
得意気な晶だったが、いまスキル欄の【赤鴉灼熱】は消えている。
考えた末の結論として【赤鴉灼熱】とは、
【玉兎静謐】で吸い込んだスキルの力を、
太陽の力と併せて放出するスキルなのだと解釈した。
【玉兎静謐】はスキルの力を消すのではなく、吸い込んでいたのだ。
つまり吸い込む力が強大なほど、吐き出す力は大きくなるのだろう。
晶はこのスキルは【ザラタン】との決戦に残しておけば良かった、
と少し後悔したが時すでに遅しとなってしまった。
だがタモンの【毘沙門颱風】ほど強力な広範囲攻撃に並ぶようなスキルを持つNPCは思いつかない。
試しにとピュイピーの【嵐の刃】を吸い込めないかと試してみたが、
吸い込むことは出来ず、ピュイピーの攻撃も晶を通り抜けてしまった。
眷属の攻撃はその主に無効になると判明したことだけが収穫だった。
「ま、いっか。
私もピュイピーもヒュドラとバジリスクを倒して少し大きくなったしね。
きっと基本的な能力が底上げされてるよ。」
「ピュイ!」
「さ、ザラタン殿に挑む前にティーリィを迎えに行きますか。」
「ピュイ!」
バジリスクを倒して満腹状態の晶はまた【月輪】を連続で放ち続けながら、
ピュイピーとともに草原に向けて移動を開始した。




