待望の暗黒
『うむ、これが 【玉兎静謐】で間違いなかろう。』
玻璃錫杖を構え念を込めた晶はどうやらあの透明な半球体を発生させることが出来たようだった。
「うひぃ~、これも結構疲れるスキルだなぁ~。
あんまポンポン出せる感じじゃないよ。」
『うむ、相手のスキルを消し去るようじゃからな。
かなり強く、そして有効なスキルじゃ。
代償も大きかろう。』
「【毘風撃】はあんま疲れなかったのにぃ。」
タモンから得た【毘風撃】は一点を中心に暴風を巻き起こすことが出来る。
だがそれは【大天狗】の【毘沙門颱風】ほど強烈なものではない。
おそらく効力は使い方次第なので上手く有効活用しなければいけないだろう。
一応アイテム欄を覗いたが、案の定なにも増えてはいなかった。
「よし!ピュイピーを迎えに行くよ!」
『うむ』
晶は【西の林地】に向け移動し始めた、その足取りは軽い。
かなり一方的ではあるが、初期から友情を育んできた相手だ。
『ついに仲間に出来る!』という想いがあった。
【瞬動】と【多段空歩】によって、
文字通り途中の岩場を翔け抜けて【西の林地】へ到着した。
岩場では眼下に逃げ惑う鬼や小鬼たち、そしてプレイヤーたちがいたが、
敵としての強さに足る相手がいなかったのでそのまま頭上を走ってきた。
林地エリアでも同様にNPCやプレイヤーは近付いて来ない。
「おーい!ピュイピー!出ておいでー!
私の仲間になってー!」
大声でハルピュイアに呼びかけるが反応がない。
『アスラよ、あのハルピュイアは本当に眷属になる気はあるのか?
奴は会話能力がないので意図が掴めん、アスラは分かるのか?』
どうやらNPC同士でも全員とは意思疎通できないらしい。
胡乱気なティーリィに問い質されると晶の方も確信が揺らいでくる。
「うーん?大丈夫とは思うんだけど・・・。」
『奴のほかに友好的な者はおらんのか?
眷属に出来る数には限りがあるんじゃぞ?』
「うぇ!?そうなの?」
『お主のスキルが鍛えられればさらに増えるが、
わし程度の強さの者ならば今はあと三体ぐらいが限度じゃろう。』
「へぇ~、じゃあ【鷲獅子】も仲間にしたいなぁ。
正々堂々真っ向勝負できた相手だからさ。
他にもそんなNPC何人かいるなぁ~。」
過去の戦いを思い返し微笑みながらピュイピーを待つ晶。
いまこの林地エリアには強めの風が吹いている。
舞い上がる葉っぱを眺めながら少しの間ティーリィと話を続けた。
『ふむ、アスラから聞く【ザラタン】はワシの知る彼奴とは違うのぉ。
彼奴は確かに大蟹の魔物じゃが亀の甲羅や蠍の尻尾など持っとらんはず。
初期設定からだいぶ進化しとるようじゃな。』
「ザラタン殿も正々堂々勝負するタイプに見えたからさ、
やっぱりこの【魔界】は真っ向勝負が強くなる秘訣なんじゃない?
悪魔だけど【アンドラス】は正々堂々タイプで強かったよー?」
『ふぅむ?ワシが創造主様から頂いた情報にそんなものはなかったのぉ。』
「そっかぁ、じゃあ他に・・・ん?」
晶の索敵範囲に待っていた存在が湧き上がるように現れた。
その存在は一旦晶とは別の方向へゆっくり移動していたが、
途中でこちらに気付いたように一直線に向かってきた。
「お!来た来たー!」
『アスラよ、眷属になると決まっているわけではない、気を引き締めるのだ。
不意打ちで格下に倒されることなど珍しくないのだからな。』
晶は一瞬【天使】を倒した【アルマロス】が脳裏に浮かぶ。
ティーリィに返事をする間もなく、その存在が姿を現した。
バサリ!と大きな音を立て、上空から黒色の弾丸のようにそれは滑空してきた。
そして再び羽音を鳴らし激突寸前で勢いを殺すと地上へ降り立った。
「おぉ?ピュイピー、昨日ぶりだね。
なんか・・・、黒くなってるね?」
「ピュイ!」
現れたピュイピーは姿と色に変化が起きていた。
人間の女性の顔と上半身、鷲や鷹を思わせる翼と下半身は以前と変わらない。
しかし茶褐色だった翼や黄土色だった髪と全身の体毛が全て暗黒に染まっている。
その翼や足の鉤爪は格段に大きく、そして力強くなっているように見えた。
艶やかな黒で肌以外を全て染め上げたピュイピーが上機嫌で微笑んでいる。
時折頭部の髪が小さな翼を広げるように動いているのも以前には無かった動きだ。
しかし晶がピュイピーの変化に戸惑い十秒ほどぼんやりその姿を確認していると、
ピュイピーが機嫌をみるみる悪くしていき苛立ち始めた。
「ピュイッ!ピュイッ!」
と甲高く鳴き声をあげながら右の翼で晶をバシバシと叩き始めたのだ。
脳内でティーリィが警告を発し続けているが晶は苦笑いしつつそれを受け止める。
「いてっ!いてててっ!
なんだよピュイピー!痛いって!
早く仲間にしろってこと?」
「ピュイ!」
その鳴き声に肯定の意志を感じた晶は錫杖を真珠色に変化させ高く掲げた。
「【月輪】っ!」
晶の下の両腕がピュイピーと同色の暗黒の球体を生み出していく。
いつも通り静寂の世界が広がり、時が止められたような景色が流れ、
ピュイピーが球体に吸い込まれきったところで耳に馴染む音の奔流が復活した。
満足気に頷いた晶が傍から見ると独り言のように元気に話し出す。
「これでピュイピーが仲間になったんだよね?
居る?ピュイピー?」
晶はさっきまで聞いていた『ピュイ!』という可愛らしい返事を期待していたのだが、
『おるぞ、アスラ。
何をモタモタしておったのか、わらわは待ち草臥れたぞ。
暗黒の女王たる【ケライノー】に進化したわらわを粗略に扱うでない。』
「え?」
『ぬぅ?』
威厳ある若い女性のイメージで脳内に返事があった。
晶と、そして同じ脳内に収納されているティーリィが状況を掴めず困惑した。
『何を呆けておるのじゃアスラ。
おや?図体ばかり大袈裟な森のトロールがおるのか。
精々わらわとアスラの邪魔にならぬようにな。』
『ぬ、ぬ、こやつに入っておる【個性】は随分傲慢なタイプのようじゃな。
アスラよ、お主の嫌いなタイプではないのか?』
いきなり仲違いを始める眷属たちに晶は慌てた声で仲裁を試みる。
「ちょ、ちょっと!
人の頭の中で喧嘩しないでよ!
ピュイピーは話せるようになったんだね?
ティーリィはちょっと落ち着いてピュイピーの話、聞こ?
ピュイピー、ちょっと自分について好きにお話ししてみて?」
そこから晶はピュイピーの誕生から今までの話を語り始めた。
ところどころでティーリィが『偉そうに』と苦々しげに呟くが、
ピュイピーのこれまでを晶は大まかながら把握出来た。
晶から【ピュイピー】と呼ばれてはいたものの、
ティーリィとは違ってHCからの声は届かなかったらしい。
ただ同じハルピュイア種とは明らかに違う行動をして孤立したとのことだった。
【個性】が入ったことによる行動ルーチンの変化だな、と晶にはわかるが、
当時のピュイピーには意味不明な状況が続いていた。
他のハルピュイアと強さの差がみるみる離れていき、
ピュイピーは林地でほぼ敵無しになる。
本来かなり上位種のはずのグリフォンにも打ち勝つと、
もはや相手はエリアボスの【以津真天】のみとなったのだ。
さすがにエリアボスは格が違うので勝負を避け、
森林エリアに行ったり草原エリアに行ったりして武者修行を繰り返した。
そして名付け親の晶と数度の死闘を終えた時、創造主【HC】の声が届いた。
『魔王候補【アスラ】の眷属たる資格を与える』と伝えられたのだ。
だがどうしても晶と戦い収めがしたくて昨日最後の挑戦をしたのだそうだ。
そして再び電子の命を得た時に【ケライノー】へと種族進化して、
HCからケライノーという種族についての情報が与えられたのだという。
「なーるほどねぇ。
ところでピュイピーは私から出てくと普通には喋れないの?」
『うむ、通常体には会話能力が搭載されていないらしい。
それに複雑な思考が出来るようになったのはケライノーに進化してからじゃ。
ハルピュイアはあまり知能設定が高くなかった。
先程アスラに取り込まれて急に話せるようになったのでわらわも驚いている。』
『ところでアスラよ、こやつが入ってきたことで眷属枠が一杯になったぞ。』
「え?どゆことティーリィ?
あと三人は大丈夫だったはずでしょ?」
『こやつ、わしより段違いの強さがあるようじゃ。
【月輪】スキルを鍛えぬ限り、これ以上眷属は増やせんぞ。』
『ホホホ、わらわの強さが知れたかえ?
アスラ、強き敵が現れたらわらわを頼みにしても構わぬぞ?』
「あは・・は、うん、頼りにしてるよ。
ふぅ~、でもピュイピーも仲間になって、
冒険がもっと楽しくなったね!
よ~し!張り切っていこう!」
『うむ!』
『ホホホ!』
ティーリィの力強い返答とピュイピーの高笑いを脳内に感じながら、
晶はこれから向かう先を考え始めていた。




