憂慮一掃後
漸く涙を収めた晶は来里に向け照れくさそうに笑っている。
気付けばタモンからメッセージが入っており、
明日の夜の時間に今の闘いの話をしないか?と提案されていた。
晶はもちろん了承する。
来里にもそのことを伝え三人で集まることとした。
インドラとナッキィにもメッセージは送るが、
スキルのネタバレは真剣勝負に水を差すので不参加になるだろう。
「こないだの共闘の時もそうだったけど、
僕、姉ちゃんが泣いてるとこなんて見たことなかったな。」
「ん、そうかもね。」
「仮想現実のアバターだとまず涙を流すことが出来ないからね。」
「このゲーム、ホントにすごいよねぇ。」
「僕、このゲームをプレイして本当に良かった。
僕自身は強くなれなくてクリア出来ないとしても、
今まで体験できなかったこと、いっぱい出来てるから。」
「うん、姉ちゃんもおんなじだよ。
自分がどんどん変わっていってるのがわかるんだ。」
二人は見つめ合い、自然と笑い合った。
満足できるまでタモンとの激闘を振り返ったあと、
今日のプレイを終了することにした。
来里が先にクリアアウトし、手を振りながら消えていった。
晶がティーリィを脳内から解放すると、闘いへの賞賛を受けた。
常にない饒舌さで人工知能とは思えない情感豊かな賛辞だった。
晶はそれを素直に受け取り、笑顔でクリアアウトした。
星狼鬼の牙剥き出しの笑顔はとても凶悪なものだったが、
本人の気持ち的には晴れ晴れとした満面の笑顔だった。
現実世界に帰還した晶はまず家族に今の感動を報告した。
気に病んでいたアルマロスが晶との約束を守り続けていたことを共に歓び、
タモンと死力を尽くして闘い、偶然とはいえ勝利出来たことを熱く伝えた。
タモンに勝ったことは特に男親たちを喜ばせた。
晶はいつもより寝る時間が遅れるほど家族と喜びを分かち合った後、
自室に帰り、幸せに包まれながら眠りに落ちていった。
朝、目覚めた晶はぼんやりした頭で、
昨日の幸せな体験が夢ではなかったかと考え始めた。
タモンとの闘いとアルマロスとの約束は衝撃的だった。
それにピュイピーとの激闘を制したので今日は仲間になってくれる確信を得ている。
ティーリィからHCの話を聞くことでSRの秘密を究明するヒントを徐々に得ることも出来てきている。
ティーリィを鍛えることも忘れてはならない。
その全てが事実なのだと実感できた瞬間、
晶の全身を歓びが駆け抜け、エンドルフィンが分泌される。
多幸感に包まれたまま晶はふわふわした表情で家族との朝食を終え、
ポッドからいつものように仮想世界に没入した。
ホームに入ると晶は二件のメッセージを確認し始めた。
インドラとナッキィからのものだ。
『ぶへへ、ナッキィらしいなぁ~。』
ナッキィからのメッセージは相変わらずで、タモンに勝利したことを称えつつ、
次に出会ったら必ず勝つ、と鼻息の荒い文面が見て取れる。
意外に感じたのはインドラで、まだ自身の闘い方に納得が出来ていないから、
しばらくは一時休戦を続けたい旨が告げられていた。
『へぇ~、インドラはどんなことしてんだろ?気になるなぁ。』
だがナッキィの方にも気になる情報が入っていた。
タモンに教えられた山頂の【天使】が日を変えて訪れても見つからないらしい。
『アルマロスが倒した【天使】はリポップしないってこと?
名前を持つ【特殊個体】はそうなのかな?
でも【悪魔】は確実にリポップしてる、【フルフル】がそうだもんね?
う~ん、わかんないなぁ~。』
アルマロスに聞いた【呪い】の一件といい【天使】にはまだ晶の知らない秘密が隠されているように感じられた。
ナッキィは【山】エリア、インドラは晶とタモンが決闘をした東の【林地】より更に東方の未踏地エリアで戦っているらしい。
インドラは来里との共闘を終えていることから【牛鬼】や【以津真天】あたりは打倒済みと思われる。
晶はまだ【ザラタン】や【バジリスク】を倒せていないのでそのあたりが気になっている、今日の夜にタモンらに確認しなくてはいけない。
『くぅ~、早くSRを始めたいけど、まずは授業を受けようかな。』
朝からSRに飛び込みたいところだが、途中でHCに止められたくない。
晶は逸る気持ちを抑え、脳内パネルを操作し人工知能の授業を設定し始めた。
先程とは一転、晶は陰鬱な気分になっていた。
昨日に引き続き集団戦について学ぼうとして選択した過去の戦いに関する授業が、
晶の想像していなかった凄惨なものだったのだ。
『考えられないぐらいの数の人たちが死んでる、
これって本当にあった出来事なの?』
しかも【優れた戦術】の事例を人工知能は列挙するが、
そのどれもこれもが意図的な不意打ちや挟み撃ちなどの、
相手を【騙す】行為が戦いの中では【優れた】行いとされていた。
『スポーツだとフェイントとかが【騙す】行為だし、
わからなくもないけど・・・』
真っ向勝負を好む晶は、己の価値観が揺さぶられたまま授業を終えた。
「なんか納得できないんだぁ。」
昼食時に家族にいまの気持ちを相談する晶。
これにいつものように祖父憲吾が真っ先に反応する。
「なんでぇ晶は笑ったり落ち込んだり忙しいなぁおい?」
孫をからかう自分の夫を睨みつけ、祖母ハンナが晶を慰める。
「戦いで味方の損害を減らすために敵の不意を突く、ってだけだよ。
騙してるんじゃなくて相手の意図を読んでその思惑をずらしてるの。」
これに父吾朗も意見を重ねる。
「うん、相手の長所を潰して短所から突き崩す。
逆に自分の短所は隠すようにして長所を活かしていく。
それが戦術じゃないか?」
だが母エリーゼが娘の気持ちを汲み取り別の意見を出す。
「ゴロー、アキラが落ち込んでるのは人間の戦いの歴史についてなの。
【勝てば官軍】って考えが横行してて、
卑怯な行いが【戦術】だって正当化されてるのが嫌なんでしょ?」
晶は母の意見に自分の気持ちが反映されているように感じた。
「うん、ママの言う通りなの。
アキは正々堂々闘いたいけど、でもそれじゃ【優れて】ないのかなぁって。」
そんな落ち込む孫のことをあえて祖父は笑い飛ばした。
「なんでぇ晶、んなことで落ち込むこたぁねぇんだ。
晶は手前が思うままに正々堂々闘ってりゃいいんだよ。
無理して卑怯なことして勝ったって嬉しかねぇんだろ?
やりたいようにやりゃいいんだ、バンバン勝ってバンバン負けりゃいい。」
「んー」
全く答えになってないのでは?と他三人は心配げに晶を見やるが、
意外なことに晶は考え込んだ暗い雰囲気から抜け出しかけている。
「へへ、そうかもね。
まだちょっと納得できないけど、
とりあえずアキ、SRでバンバン勝ってくるよ!」
「おう!行って来い!」
「うん!」
元気よく返事をした晶はそのままダダダッと居間を出ていく。
いつもなら『走るな』と注意するところだが皆笑顔で見送っていた。
「それではゲームを再開します。
魔界の王を目指し、戦うのです。」
聞き慣れたアナウンスを目を閉じて受け入れる。
今日はどんなことが起こってどんな闘いが出来るだろうか。
まだ闘志が燃え上がらない気分ではあるが楽しむ気持ちはある。
心穏やかなプレイとなる予感がした。
眼を開けば昨夜の激闘の地、【東の林地】エリアだった。
晶に魔界の東西南北は分からないが【林地】と【草原】は今のところ二ヶ所あって紛らわしいので便宜上晶はそう呼ぶことにした。
晶はさらに東の方角にある【東の草原】を眺めた。
『あの向こうをインドラは冒険してんのかぁ』
だがインドラから一時休戦を提案されたためそちらに向かうつもりはない。
まずはタモン戦を終えてのスキル確認をすることにした。
『おぉ!【毘風撃】だ!タモンのスキルもらえたんだぁ!』
【迦楼羅狂焔】と同様に相手の位置を中心に効果を発生させるスキルだ、戦い方の幅を変えるスキルと言える。
それに【迦楼羅狂焔】ほど体力精神力を削らないのである程度なら連発出来る筈だ。
ここから更に【毘沙門颱風】に進化すれば素晴らしいが、
おそらく【大天狗】の固有スキルと思われるため無理だろう。
今までのプレイヤー戦勝利の経験から、【毘風撃】は【烏天狗】と【狗賓】の親和性の高さによって獲得出来たと思われる。
そして、獲得したスキルはもうひとつ存在した。
『ぬぬぬ?【月輪】と重なるみたいに何か・・・
【玉兎静謐】?
これって?』
晶に心当たりはひとつしかない。
タモンの【毘沙門颱風】を消し去った、あの透明な半球体スキルだ。
ここで晶は相談相手を呼ぶことにした。
「ティーリィ!戻ってきて―!」
星狼鬼の下側の両掌がぐぐぐと動きだし黒い球体を生み出し、再び閉じた。
『戻ったか、アスラよ。
にしても【大天狗】との闘いは誠に見事じゃった。』
「うへへ、何回言うのさティーリィってば。
でもありがとね。」
『うむ。
しかしこちらの林にはハルピュイアはおらんのだな。
ずっと【蒼翼鹿】とばかり戦っておったわ。』
「あぁ、別の【林地】じゃないとピュイピーはいないんだよ。
【鷲獅子】は出てきた?」
『うむ、ペリュトンが出て来なくなった途端に現れおった。
いま勝ったり負けたりしておるところじゃ。』
ティーリィもじわじわ強くなってきているようだ。
晶は満足気にひとつ頷き、ティーリィに様々な相談を始めた。




