新たな約束
おそるおそる、といった風に晶へ声を掛けてきたのは来里だった。
「うん、いい闘いだった。
やっぱり思った通りタモン相手の勝負は凄いものになった。」
晶が上機嫌なことを悟った来里は安心して話しかけてきた。
「いやホントに二人とも凄かったよ!
【大天狗】になったタモンさんの嵐の攻撃凄かったよね!?
それに対抗した姉ちゃんの最後の攻撃!
アレ何!?全部呑み込んで【無効化】したの!?」
「でへへ、いやー、最後のは姉ちゃんも良く分かんないんだ・・・」
「えー!?どういうこと?」
仲良く話し出す三つ首四腕の星狼鬼とピンク象人間。
一応腕が四つという共通点はあるが、
見た目の凶悪さからして、あまり仲間に思えぬ組み合わせだ。
そんな二人組に近付き、声を掛ける者がいた。
「やっぱりアンタが勝ったね、安心したよ、アスラ。」
「アルマロス・・・だよね?」
すこし戸惑った声で問う晶、それほどアルマロスの姿は変化していた。
一見すると【天使】のように見える。
だがその全身は血の滲む包帯が乱雑に巻かれており、
背中に生えた二対の白い翼も四枚全てが返り血を浴びた禍々しいものだった。
頭部にも赤黒く染まった包帯がぐるぐる巻きになっており、
その隙間から見える右目はギラギラと赤く輝いていた。
以前の白く神々しく輝いていた【猛天馬】の姿は見る影もない。
晶と来里はその異様さに言葉を発することが出来ないでいる、
そんな二人の様子にアルマロスは鼻を鳴らし話し始めた。
「私の姿はそんなに不気味かい?
まぁ無理もないか、私も湖で自分の姿を見て驚いたよ。
これは【呪い】なんだ。」
「【呪い】!?
アルマロス、何があったの?」
アルマロスの悲しそうな口調に晶は困惑も露わに問い掛ける。
「ん、別にそんな長ったらしい話でもないんだ。
あんたに負けない強さを求めて私は【天使】がいるっていう山に向かった。
【天使】の強さはフォーラムで話題になってたからね、
倒したらアスラに勝てるような強さが手に入るんじゃないかって思ったんだ。」
「確かに【天使】を倒したらすごく強くなりそうだけど・・・」
話し始めたアルマロスのその内容に晶が相槌を打つ、
隣で来里は黙って話の推移を見守り続ける。
「私はペガサスだったから山の頂上付近まで簡単に到達できた。
【天使】はすぐ見付けることが出来た。
だけどそこには先客がいた。
何人ものプレイヤーが集団で【天使】に挑んでいたんだ。」
「・・・それで?」
「私は離れた場所でその戦いを観ていた。
プレイヤーたちは結構強くて【天使】を弱らせていった。
でも結局そのプレイヤーたちは【天使】に全滅させられた。
私はその瞬間に【天使】を背後から襲って倒したんだ。」
晶は腕組みして考え込みながらアルマロスの話を聞いていた。
背後から襲ったとはいえそれはそこまで卑怯な戦いとは言えないだろう。
晶が以前出会った【バビロン】や【タブリス】のような不意打ちではない。
アルマロスがこんな毒々しい姿になった原因とは考えられない。
「それだけなら死に戻ってもその姿に転生するとは思えない。
アルマロス、ほかに何があったの?」
晶の問い掛けにアルマロスは薄く笑って答えた。
「なにも?
私がこの姿になったのはそれが原因さ。」
「え?おかしいよ。
私は今のアルマロスみたいな進化というか変化をした人たちを知ってるけど、
みんな卑怯なこととかをして罰のような形で種族変化してた。
本当にほかに何もしてないの?」
「あぁ、してない。
ただ倒した【天使】が私に言ったんだ、
『貴様に【エクスシーア】の呪いを!』ってね。」
晶は【エクスシーア】という耳慣れない単語の意味が分からず隣を見やる。
そこで初めてこの会話中ずっと黙っていた来里が口を開いた。
「【エクスシーア】は【能天使】のこと、
天使の階級で六番目の天使たちのことだったはず、
確か一番堕天使になりやすい天使だって聞いたことがあるよ。」
「おや、このピンクの象さんは物知りなんだね。
そうさ、私も色々調べたらそんなことが記録にあった。
その【呪い】を受けた瞬間から私はこの姿になった、ってわけさ。」
「え!?転生して種族変化したんじゃなくて突然変異したの!?」
晶は自分の知らないSRのシステムに驚きを隠せない。
隣で来里も驚いているのが伝わってくる。
「あぁ、一瞬で変わったんだ。
でも姿は変わっても空は飛べたからね、
急いで【湖】に行って自分の姿を確認したよ。
ユニコーンやペガサスの時は自分の姿が気に入ってたからね、
湖でよく自分のことを眺めていたんだ。」
「うん、一回でも乗せてくれたら良かったのに。」
「だ~れが乗せるか。
あー、この姿を湖で見た時のショックったらないね。
ぜーんぜん美しくない、不気味そのものだからね。」
大袈裟な身振りで話すアルマロスに晶は掛ける言葉が見つからない。
だがアルマロスは急に動きを止め晶を見つめて真剣な様子で再び口を開いた。
「でもね、アスラ。
私はこの【呪いのエクスシーア】になって良かったと思ってる。
アンタの強さに追いつける可能性を見い出せたからね。」
「へぇ・・・」
アルマロスの挑戦的な言葉に晶の闘争本能が反応した。
「ペガサスのままだったら私はずっとアンタの強さに届かなかった。
でもこの姿になってから私はどんどん強さを手に入れ続けている。」
「アルマロス、でも私が前に会ったそれ系の人たちはみな、
死んだら強さが失われて前より格段に弱くなってたよ。
アルマロスもそうなんじゃない?」
晶の考察を聞きアルマロスは不敵に笑う。
「知らないねぇ、私はあれから死に戻ってないからさ。」
「なるほど、危険な強さを手にしたもんだねアルマロス。」
「確かに危険だ、でもそうしなきゃアンタとの【約束】は守れないからね。」
その言葉を聞き、晶の胸を感動が稲妻のように走り抜けた。
アルマロスは
『アタシは今のアンタより強くなってやるよ、闘うことになってもガッカリさせないようにね』
あの【約束】を覚えていてくれて、それを守るためにこんな不気味な【呪い】を受けてもSRを辞めずに続けてくれているのだ。
晶の胸は熱く熱く熱を帯び、涙腺が決壊した。
「アルマロズゥ・・・わだじ嬉じいよぉ、
約束・・・覚えででぐれで・・・」
咽び泣き始めた晶を面白そうに見つめるアルマロス。
話にならない又従姉のために来里が代わりにアルマロスに話し掛けた。
「アルマロスさん、それで、今日はどういったご用件ですか?」
「ただの挨拶だよ、
アスラは返すのが面倒なくらい大量にメッセージをくれるからね。
ちょっとだけ直接返しにきたのさ。」
愛嬌のある来里の姿だがアルマロスには通用しないらしく、
冷たい声で対応された。
「それと新しい【約束】だ。
私はアンタより強くなる、これは前と変わらない。
新しい【約束】はここからだ!
アスラ!私はアンタを倒し続けて【魔界の王】になる。
精々私の踏み台になれるように強くなりな!じゃあね!」
言い切った瞬間にアルマロスは血みどろの翼を広げて空高く舞い上がり、
すぐに視認できない距離まで遠ざかっていってしまった。
しばらくアルマロスの飛び去った方向を眺めていた来里だが、
やがて未だ泣き止まない魔王級の強さの又従姉を『どうしたものか』と眺め始めた。