秘策成らず
再開した闘いはまたもや大天狗が先手を取った。
「うわわわわ!速過ぎる!多過ぎる!」
星狼鬼目掛けて大天狗は【天狗火】を連発している。
三つ四つではない、三十、四十を超す火柱が星狼鬼を襲い始めた。
「おわっちちちち!
しっぽ燃えた―――っ!」
『アスラよ!錫杖を【瑠璃】に変えろ!』
「るりぃっ!」
脳内眷属のティーリィの助言に従い星狼鬼は慌てて錫杖を変化させた。
現れたスカイブルーの錫杖が星狼鬼の反応速度を引き上げる。
そのおかげで星狼鬼は五十近くの火柱を全て躱し切り、
近くの火柱から【軍荼利颯天】で消し飛ばし始める余裕まで生まれた。
ひとつひとつは晶が【狗賓】であった頃の【天狗火】程度の大きさ
だが、連続で手足に喰らえば【黒鬼】戦でのような戦闘不能になっただろう。
黒鬼の脚のように火傷が重なれば星狼鬼といえど耐えられなかったはずだ。
躱しきって大天狗の様子を見た星狼鬼は気付く、
この執拗な攻撃は大天狗自身の体力をも奪うこととなったことに。
今ならば竜巻から上昇気流に乗っての高高度奇襲攻撃が決まるのではないか、
そう考えた星狼鬼は再び全力で【軍荼利颯天】を発動させ始めた。
空中を自在に駆けて移動する大天狗だったが、
先程の攻撃によって疲れがみえるその動きを星狼鬼は見極め、
移動先予測地点へ角度を調整して再度竜巻を打ち出し飛び込んだ。
竜巻の上昇気流に乗り打ち出された星狼鬼は、
【多段空歩】によって更に角度を変え大天狗に向け高速移動で接近する。
『捉えたっ!!』
必中の確信と共に星狼鬼は厳かに両手を打ち鳴らした。
ゴオオオォォォ――――――ッ!!!!!
【迦楼羅狂焔】による強烈な光と熱の奔流が大天狗を襲った
はずだった
「なななっ!!??」
気付けば炎の中の大天狗のほかに六体の大天狗が星狼鬼の周囲に存在していた。
全員両手で【宝棒】を握り締め、祈りを捧げるような体勢で固まっている。
と思った次の瞬間、
「でぃりゃっ!!」
六体の大天狗から【宝棒】が星狼鬼目掛けて全力で投擲された。
そう、大天狗はワザと隙を見せ星狼鬼の攻撃を誘い、
星狼鬼が不得手とする空中へ誘き寄せカウンターを狙ったのだ。
遊環などの遊びがあり破魔の用途もある【錫杖】とは違い、
【宝棒】は純粋な戦闘用であり突き刺さったらそのダメージはより大きい。
星狼鬼は空中に身を置き逃げ場所が無い、
と今度は大天狗が必中を確信したが、
「くぁっ!!」
星狼鬼は半回転し頭を下に向け【多段空歩】最後の一歩を全力で上方に踏み上げ、
高速で落下して六本の【宝棒】を見事に躱した。
だが、もはや【多段空歩】に余力は無い。
この高度から地に墜ちれば落下の衝撃で仮に上手く着地したとしても、
両足は怪我により満足に動かなくなってしまうだろう。
絶体絶命の危機のため、星狼鬼はやむなく奥の手を出した。
『出ろっ!ティーリィ!』
星狼鬼の落下地点に現われた森の巨大精霊であるトロールのティーリィ。
ティーリィは両手を広げ、身体中の緑の体毛を伸ばし、
さらに地面から植物のツルを大量に生やして、
落下してきた星狼鬼の衝撃を緩和させ受け止めた。
森の妖精はその力によって星狼鬼を怪我させることなく地に降ろし、
「ありがと!じゃあ戻って、ティーリィ。」
その姿を星狼鬼の出した黒い球体の中へと再び消した。
「なるほど、その眷属がアスラの隠していた【秘策】かな?」
大天狗が嬉しそうに星狼鬼へ問いかけている。
己の攻撃で強敵の秘策が破れ、先手を取れている満足感を得ているのだろう。
破られた側の星狼鬼がやや悔しさを滲ませて答える。
実際のところ、事前の作戦ではティーリィによる急襲、
そしてそこから植物操作による大天狗拘束が星狼鬼のとっておきの【秘策】だったが。
「ま、まぁ【秘策】の一部、だね。
私はまだまだスキルを持ってるからねぇ。」
星狼鬼は特に嘘を言っているわけではない。
ただ披露していないスキルのほとんどは最近全く使っていないというだけだ。
『くぅ、可能ならばフサフサの尻尾で【尾擲撃】とか喰らわせてやりたい』
『何を呆けておるアスラよ!攻撃がくるぞ!』
ティーリィの警告で我に返った星狼鬼の眼前に再び【宝棒】が迫る。
それも七本同時だ
だが空中と違い、地上ならば星狼鬼の方が可動速度に優位性を持つ。
「しぇあっ!」
瑠璃錫杖と【瞬動】の力によって【宝棒】を躱していき大天狗を見上げる。
が、どうやら【宝棒】は時間稼ぎのために投擲されたのだと星狼鬼は気付いた。
大天狗が【龍笛】で音を鳴らしている。
それは美しい音色で高音と低音をかわるがわる奏でていた。
数秒、星狼鬼がどうやってその演奏を阻害しようか考えている間に、
大天狗の周囲にまた黒雲が湧きだし、
それは無限と思える数の烏へと姿を変えていった。
「どうだいアスラ?
これが俺の【奥の手】、眷属のカラスたちだ。
さぁ行けお前たち!あのタラカースラの視界を塞げ!」
どうだいと言われてもどうしようもない、とばかりに星狼鬼は距離を取る。
しかし大量の烏によって空は瞬時に一面黒に染められていった。
星狼鬼にとっての眷属であるトロールとは違い、
どうやらこの烏たちは【操雲】スキルによる黒雲の変化のようだ、
大天狗の意志通り動くだけで、自立した知能は持っていないようだ。
とはいえ狙い通りに大天狗の場所はもはや星狼鬼に判別できなくなった。
ただ、視認は無理だが【心眼】によってその存在感は伝わる、
向こうも同様だろうと思われる。
しかし時折烏の間を縫うように【宝棒】の投擲攻撃が正確に見舞われてくる。
もしかしたら眷属の烏と感覚共有しているかもしれないと思わせられた。
いまは【心眼】でなんとか躱せているが、
こちらが正確な反撃を出来ないため、いずれは一撃を喰らってしまうだろう。
そうなれば敗北は必至だ。
「ぬぬぬぅ!もう仕方ない!
しんじゅっ!【日輪】!」
星狼鬼の手の中で錫杖が純潔の白色へと変化し、
四本のうちの下側の両腕がその両掌から、
錫杖の色とはひと味違う、全てを焦がし尽くす白熱の球体を生み出した。
それは見るものに一種の地獄を思わせる光景だろう、焦熱地獄と言うべきか。
ジュゥジュゥと音を立て大天狗の眷属である烏たちが次々燃え尽きてゆく。
大天狗自身は輝きが発生した瞬間に高く飛翔して被害を免れていた。
半球体のように星狼鬼を覆っていた烏の群れが一瞬にして無惨に消え失せた。
この攻撃力に大天狗は驚きで目を見張る。
「なんと凄まじい・・・、
アスラ、俺はまだまだ君の強さを見くびっていたようだ・・・」
だが星狼鬼の方が【日輪】スキルの力を完全に見くびっていた。
いままで大量の敵相手に試していなかったのでその攻撃力を把握していなかった。
ティーリィとの戦術確認でも熱による広範囲の攻撃、としか説明していなかった。
今さらながら【日輪】の威力に気付いたが、余裕を見せようと胸を張って答えた。
「ふ、ふふふ、タモン。
私は嘘を吐かないんだよ。」
「フッ、ではアスラ、
まだ隠してるスキルはあるのかい?」
「うへへ、無いけどこれから生み出すかもしれないよ?」
「あぁ、それなら俺も同じだ、
いくぞっ!」
空中から一撃離脱のヒットアンドアウェイ戦法へと切り替えた大天狗。
それは【宝棒】だけでなく、予想通り【龍笛】の超音波攻撃も含め行われた。
それを咆哮によって防ぎつつ星狼鬼はカウンターを狙う。
攻撃を繰り出したあと、離脱しようとする大天狗に礫を見舞う。
だが大天狗の飛翔速度が速過ぎて礫が追い付かない。
再び膠着状態に陥るかと思われた時、
大天狗は大技を繰り出せるまで精神力が回復した。
「オン ベイシラマンダヤ ソワカ、【毘沙門颱風】!」
肺腑を抉られたかのような必死の叫びで大天狗がスキルを繰り出した。
ここを正念場と定めたのだろう、その決意が大天狗の姿から伝わってくる。
対する星狼鬼とて、もはや体力精神力に余裕は無い。
二体の怪物は文字通り【死力】を尽くして闘っていた。
大天狗の巻き起こす嵐に対抗する術が星狼鬼には無い。
「さっきと同じく【多段空歩】の迎撃は出来る、
力を温存して素直に風に巻き込まれた方がいいかな?」
『それは不味いぞアスラよ!
彼奴には【分身】と【眷属カラス】がある!
彼奴はこれを最期と覚悟しているのじゃ、今度こそ攻撃を喰らうぞ!』
人工知能なのに焦った感じのアドバイスだな、
と一瞬だけ呑気なことを考えた星狼鬼はもはや開き直った。
『あの嵐に巻き込まれるまでまだ数秒あるんだ!
この機会に錫杖の全スキルを試す!』
そう心に決めた星狼鬼はすぐさま動き出した。
「メノォッ!」
様々な色の煌めきを見せた瑪瑙錫杖だが、効果は感じられない。
「ルリィッ!」
美しい蒼の輝きを放つ瑠璃錫杖によって星狼鬼の感覚は鋭さを増す。
だがそれ以上の効果が感じられず星狼鬼は焦る。
「ハリィッ!!」
水晶がミステリアスに光を反射させ星狼鬼の【心眼】効果を高める。
だが今はそんな場合ではなく迫る風圧が今まさに星狼鬼を呑み込まんとした。
「うあぁぁ―――――っ!!!」
玻璃錫杖を両手で抱えるように持ち悲鳴を上げる星狼鬼。
その瞬間に脳内のティーリィが叫んだ。
『なんじゃ!これは!?』
まるで風船が膨らむように、
透明な半球体が星狼鬼を中心に拡大して嵐を消し去ってゆく。
「なんだ!?何が起きてるんだ!?」
大天狗は迫り来る透明の半球体を見つめ驚愕の表情のまま動けずにいた。
星狼鬼もわかっていないのだ、大天狗にこの事態がわかるはずもない。
大天狗が起こした嵐が半球体によって消し去られ、
その半球体のエリア内に入った大天狗は空を飛ぶことがままならなくなり、
落下した。
「ぐぁっ!」
着地もままならず地面に打ち付けられ、
大天狗は怪我による痛みによって動けなくなる。
プレイヤー同士の闘い、【決闘】はどちらが先に大ダメージを与えられるか?
この一点が勝負の分岐点となっている。
大怪我の痛みに耐えて大逆転、は今まで発生していない、
とティーリィから教わった。
おそらくHCの統計データがあると思われ、
NPCにはプレイヤーに対抗できるような情報が少しだけ与えられるらしい。
それを立証するかのように、
近付く星狼鬼に気付いていながら大天狗は痛みで動くことが出来ずにいた。
「さ、さすがだ、アスラ。
今回は、完敗だよ・・・」
潔く負けを認めるタモンに晶は少し恥ずかしそうに応える。
「ううん、
タモン、今回勝ったのは偶然なの、
偶然しゃくじょーの力が出てきて勝てただけなんだ・・・」
「どんな理由だろうと、
アスラが、勝ったことに間違い、ないんだ、
さ、トドメを、・・・正直痛くて仕方ないんだ・・・」
苦しむタモンに慌てる晶。
「あぁあ!ゴメンねタモン!じゃあいくよ!?」
「あぁ、頼む・・・」
星狼鬼は全力で両手を叩き合わせて巨大な火柱を発生させた。
蹲る大天狗にそれを躱す術は無く、すぐに呑み込まれ、消えた。
最後は少し気が動転したが、晶はこのタモンとの二度目の死闘に満足していた。
『凄くいい闘いだった、【死力を尽くした】、自分でそう思える闘いだった。』
興奮冷めやらぬ晶だが、こちらに近付いてくる存在は知覚していた。
「すごい闘いだったね。」




