角狼の由来
晶は【SR】終了を選択し、
ホームでしばし何も考えず佇む。
『なんか気持ちがチクチクする。
むー、
あ!
またエミばぁばのとこ行こ!』
晶は表情に明るさを取り戻し、祖母のエミリィにメッセージを送る。
すぐに返信されてきた、忙しくないようだ。
晶はすぐに移動する、早く人間の優しさに包まれたかった。
「エミばぁばぁ~、来たよぉ~!」
「あんらぁ~、アキラ、朝からどしたの?」
エミリィは昨日と変わらず晶を優しく出迎えてくれる。
そこで晶はエミリィにさっきの出来事を話し、
自分のイライラした気持ちに整理がつかないことを相談した。
途中、仮想現実なので感触はないがエミリィに前後左右からハグをしまくる。
「アーオ、そーね。
気に喰わないこと言う人、たまにいるよね。
エミばぁはたまにケンゴにイラッとする時あるよ。」
「えぇ?
じぃじ優しいよ?嫌なこと言わないよ?」
「そーね、アキラにはそーなんの。
でもエミばぁにとっては乱暴な言い方に聞こえる時があるよ。」
エミリィの話に晶は下唇を尖らせる。
「んもぉ~、アキはみんなに仲よくして欲しいぃ~。」
「アハー、仲良くしてるーよ、大丈夫大丈夫。
たまに言い方が気になる、それだけーよ。」
「んー、それならいぃけどぉ。
あ、
じゃあさっきのプルフラスもたまたま言い方が悪かっただけかなぁ?」
「あー、それは分からないねー。
でもそんな態度ばかりしてたらHCに粛清されるよ、
もう関わらないのがいーよ。
嫌だと思ってる人と無理に仲良くする、
それ、かなりの精神的負担よー。」
「んー、そうかもね。
じぃじにもエミばぁばに優しく話すように言っとくね。」
「アーオ!
アキラ、それは言わなくてだいじょぶよ。
ちょっと気になーる程度だから、同時翻訳のせいかもね。
ケンゴが気にしてしまってもダメ、そーでしょ?」
少し慌てた様子のエミリィに
晶は自分が余計なことをしようとしたことを自覚した。
人間はこうして感情の機微を学んでいくのだろう。
【家族間コミュニケーションを密にして感情の機微を学びなさい】
HCの推奨メッセージでよく目にする教育標語だ。
あれはこういうことを示しているのかな、
そんなことを思いながら晶はひとつ大人になった気がした。
「アキラ、
あとエミばぁは気付いたことあるよ。
【SR】の狼のこと。」
エミリィは気まずさを振り払うよう別の話題に切り替えたようだ。
「えー!なになに?
聞きたい、聞きたーい!」
晶の無邪気な反応にエミリィは微笑みながら答える。
「角を持ち、その角を振り風を操る狼、
それはアジアの昔話に出てくる禍獣ね、
【禍】と言われる存在ね。」
「うぇー、なにそれ。
なんかヤバそう~、言葉の響きこっわ。」
そこで二人は検索で【禍】について調べ始める。
どうやら伝説上の怪物であり、
鉄を常食し、空腹になると町を燃やし、国を滅ぼす存在らしい。
「うわぁ~、エミばぁ、
こいつメッチャ悪いやつじゃ~ん。
アキの【一角狼】はこんな悪くないし強くないよ?」
「ハーン、まだゲーム序盤なんだもんね。
成長過程だと思うよ。
強くなれば火を吐けるかもよ?」
「えぇ~?
それって熱くないかなぁ?
五感を感じちゃうから、ヤケドしそうで怖~い。」
そんな晶の感想にエミリィは愉快そうに笑う。
それを見て一緒に笑っていた晶はふと脳内にある信号を感じた。
「あ、HCから授業受けなさいって推奨メッセージ来ちゃった。
アキ、戻るね。」
「アーオ、アキラ!
せっかく来たんだもん、ここで授業受ければ?
エミばぁも一緒に参加するよ。
いまどんなこと勉強してるーの?」
「えぇ~?またぁ~?」
エミリィはちょくちょく晶の授業に参加したがる。
そしてそれはHCの方針に沿ったものなので受け入れられ易い。
二人がパネルで申請するとすぐに承諾サインが表示された。
目の前に人間を模した人工知能と、二人分の机と椅子が出現する。
晶は午前中をエミリィとの授業で過ごした。
いつもの授業より少し緊張したが、だいぶ楽しく感じられた。
「じゃあねぇ、エミばぁば。
また遊びに来るね。」
「そーね、楽しかったよー。
【SR】でも分からないことあれば連絡してね。
エミばぁと一緒に調べよーよ。
あ、レオが呼んでるみたい。
じゃーね。」
エミリィに手を振り見送ったあと、
晶も昼食をとろうとホームに移動し現実世界に戻っていった。
両親祖父母との五人の昼食の際、
晶は先程エミリィに相談した内容をまた話してみた。
「そうだな、エミばぁばの言う通り、
関わらないのが一番だ。
おかしい人は何をするかわからないからな。」
「ゴロー、でも決めつけは良くない。
もしかしたら良い人かもだよ?」
父の吾朗の意見に母のエリーゼが対抗する。
「でも嫌だよなぁ、アキラ。
楽しむためにゲームしてるってーのに、
嫌な気分にされたんじゃたまったもんじゃねーわな。」
「ホントだねー、
アキラ、気にしちゃダメだよ?
でも嫌な気持ちになったことは悪いことじゃないからね?
そういうことから大人になれたりするんだから。」
祖父母の憲吾とハンナが晶に共感して慰めてくれている。
家族の言葉が晶にはとても嬉しく感じられた。
「うへへへぇ~、ありがとね。
アキ、もう大丈夫だよ。
私も結構大人になってきてるんだ。
もう全然平気ぃ~。」
少しだけ強がりも入っているが晶は家族に心配させたくなかった。
努めて明るく話し始め、エミリィと午前中授業を受けた話をした。
祖父の憲吾がその話に食い付き
午後の授業は母と祖父母が一緒に受けることになった。
父の吾朗は憲吾に仕事の交代を懇願し泣きついていたが
受け入れられることはなく、泣く泣く仕事に向かった
思わぬ授業参観となったが、その和気藹々とした時間は終わりを告げ、
晶は殺し合いを常とする、物騒な【SR】の世界へと没入していった。
「それではゲームを再開します。
生き残るため、戦うのです。」
いつものアナウンスが少し違った、
晶はそんなことを思いながら魔界に降り立つ。
晶はゲーム中断のペナルティが無いだろうか、と気になった。
自分の影で角があることを確認、
その角を振ってつむじ風を起こせることを確認、
そしてスキルが減ったりしていないかを確認した。
『あ、スキルが結構変化してる・・・
【辻風】が【旋風弾】に、【遠吠え】が【雄叫び】になってる。
お、【捨身タックル】ってのが増えてるんだぁ、
あれ?その代わり【頭突き】と【突き刺し】が無くなったのかな?』
ここで晶は空腹感が襲ってきていることに気付く。
ゲーム中断時はプルフラス撃破直後だったので満腹だったはず。
これがペナルティなのかなと感じた。
ひとまず空腹を堪えながら【旋風弾】や【雄叫び】を試す。
しかし岩相手だと効果はよくわからない。
岩に向かって【捨身タックル】は自殺行為なので行わなかった。
『実戦で試すしかない、か。』
晶は岩の多い荒地から山の見える方とは別方向に走り始めた。
山の方向には【ウィッカーマン】がいるし、
タモンが去っていった方に行って戦いたくもなかった。
タモンと殺し合うことになったら、彼は何と言ってくるだろうか?
おそらくプルフラスのような嫌な思いをすることはないはずだ、
晶は一度しか話したことのないタモンに何故か信頼感すらあった。
『会いたいけど、会いたくないなぁ。』
晶は複雑な思いを抱きながら走り続け、辺りの景色を変えていく。
砂混じりの土が多くなり、やがて砂漠の様な風景が広がり始めた。
足もとから伝わる感触では砂漠というよりも
砂が固められた地面というものに感じられる。
雨が降れば崩れていくかもしれない、
晶はそう考えたところでこの世界で
天気の変動を感じたことが無いことに気付いた。
『雲はあるけど、雨って降るのかな?
こんだけ五感がリアルなんだから、
雨に濡れたら寒いんだろなぁ。』
晶は現実世界で雨に濡れた経験が無い。
窓から眺めたり、仮想現実での冷たさの無い降雨の経験のみだ。
現実世界では【雨に濡れない】ことがHCから【推奨】されている。
健康維持のためとのことだった、晶はそれに異論など無い。
『でもこの世界なら好きなように出来るんだ!
うっはー!
自由だ!自由だー!』
ワホワホとステップを踏みながら晶は砂地を進む。
すると狼の鋭い嗅覚が晶に敵の存在を伝えてきた。
『む!初めて嗅ぐ臭い!
どこだ?』
足を止め、周囲を探る晶。
野生を感じさせる臭いが周りにはある。
それは動かずにこちらの隙を窺っているように晶は感じた。
周りは砂だらけだ。
動くものは見当たらない。
しかし晶は油断せず、嗅覚による【気配探知】を続けた。
やがて「ゴワ」と土が盛り上がる音と共に、晶を狙うものが現れた。
それは大きな蠍だった。
晶の直感では甲虫と同格以上の強さがあるように感じられた。
『あれは、サソリ、ってやつだよね。
確か毒性生物だったような、気を付けないと。
どこに毒があるんだぁ~?』
晶の観察ではどのような攻撃をしてくるか予測できない。
過去に冒険ゲームで見かけたことはあるが倒したことは無い。
見た目が気持ち悪いからだ。
しかしこの世界では倒すしかない。
空腹を満たさねばならないのだ。
『どうやらこの一匹だけみたいだね。
とりあえずアレ、しとこうかな。』
晶は地面から這い出てきた蠍に対し、
いつでも動ける体勢をとりながら声を掛けた。
「ねぇねぇ、
サソリくん、キミはお話できるかな?」
とてもフレンドリーな晶の呼び掛けだったが、蠍の反応は黙殺のみだった。
両のハサミを振り上げながら晶を害さんと迫ってくる。
大きさの割にそこまで速い動きではない、晶にはそう感じられた。
しかし次の瞬間、晶はその判断が間違いだったことを覚らされた。
蠍が急に速度を上げた動きでジグザグに近付き、
死角からの鋭い切っ先を持った尻尾での攻撃を仕掛けてきたのだ。
『うわわっ!!』
慌てた晶は不様にだがなんとかバックステップで尻尾を躱す。
しかし蠍はさらに前進して晶にその尻尾の針を突き立てんとしてくる。
ここまで来ると晶にも蠍の毒は尻尾にあるのだな、と勘付くことが出来た。
さらにバックステップで距離を空けると【雄叫び】を上げつつ力強く角を振る、
【旋風弾】だ!
もはやつむじ風というよりも、小さな竜巻のようなものが蠍を直撃する。
蠍はダメージこそ少ないものの直進する勢いが失われ沢山の脚をバタつかせる。
晶はここしかないとばかりに【捨身タックル】を仕掛ける。
噛み付く攻撃ではあの甲殻に阻まれるとの判断からだ。
晶の決死の突進は蠍の頭部を捉え、角が蠍を貫いていく感触が伝わってきた。
それは晶に嫌悪感を与えたが、
驚くことにそれを遥かに凌ぐ充足感があったことも確かだった。
『私、闘うことが楽しくなってきてる?』
殺し合い、生き抜くことこそ正義といえるこの魔界で、
【猛獣】が【幻獣】へと、心身ともに変化しているようだった。