誇り高き者
空に浮かんだ黒点がみるみる大きくなるように近付いてきた存在、
それはやはり女面鳥だった。
前回はグリフォンと共に現れたが今回は単独での登場だ。
甲高い声で威嚇するように鳴きながら晶の周囲を距離を取りつつ旋回する。
「やぁ、ピュイピー、昨日ぶり。
今日はキミを仲間にするために来たよー。
私の仲間になってくれない?」
「ピュイ!!」
「あれー?」
親しく話し掛けた晶に対し特殊個体となっているであろうハルピュイアのピュイピーは拒絶するような表情で硬い声をあげている。
「なんだよピュイピー!
私たち戦って戦ってどんどん仲良くなってるでしょー!?」
「ピュイ!ピュイ!」
「ぬー、まだ戦い足りないってこと?」
「ピュイ!」
なんとなくではあるが晶にはピュイピーがいま肯定の鳴き声をあげたように感じられた。
『アスラよ、このハルピュイアはかなり好戦的だな。
あまり例の無い個体のように思うぞ。』
「えー?出会った頃からこんな感じだったけどなー?」
「ピュイ!」
晶が脳内のティーリィと会話しているとピュイピーが戦闘開始とばかりに翼をはためかせ高速移動を開始した。
「うむー!ピュイピー!
この戦いに私が勝ったら次こそ仲間になるんだよっ!」
悔しそうに叫んだ晶は錫杖を珊瑚に変え、
まずは軍荼利颯天を両手から放ち、
次いで両足を高速で振り抜き金剛夜叉礫を連発した。
珊瑚錫杖の力で威力を上げた竜巻と数を増した礫がピュイピーへ襲いかかる。
しかしピュイピーは昨日から更に強さを変化させたようだった。
横滑りに高速移動したのは昨日と同じだが、
その動きはまるでコンパスで半円を描くようにぐるりと晶の背後へ回ったのだ。
「ふぉっ!?
やるじゃんピュイピー!」
だが今の晶は三つ首四腕の星狼鬼だ。
六つの眼により晶に死角は存在しない。
「しゃくじょーっ!」
金剛の力を宿す金色錫杖をピュイピー目掛けてブーメランのように回転させながら投擲した。
これに対しピュイピーは一旦翼を畳んだと思ったら勢いよく開き大型の竜巻を発生させ金色錫杖を呑み込みその勢いと方向を逸らすことに成功する。
上空のピュイピーを睨みながら晶は犬歯を剥きだして笑いつつ話しかける。
「ピュイピー、昨日より強くなってるじゃん。
真っ向勝負のし甲斐がある、いいよピュイピー!」
「ピュイ!」
そんな晶の脳内でティーリィが呟く。
『こんなハルピュイアは見たことが無いぞ。
これから先わしの持つ基礎知識では役に立たんな。』
「そんなことないよ。
ピュイピーは特殊個体ってやつなんでしょ?
ね!?ピュイピー!まだまだ強くなるよね!」
「ピュイ!」
『何故お主らはそんなに嬉しそうに戦うんじゃ。
わしには理解出来んのう。』
ティーリィの戸惑いをよそに戦いは激化する。
女面鳥の翼から放たれる大量の羽根、
それは硬化されており刺されば激痛が走る。
星狼鬼は一瞬で錫杖を瑠璃に変え反応速度を上げ、
瞬動によってその全てを躱し女面鳥との距離を詰める。
だが昨日と同じ轍は踏まぬとばかりに女面鳥は上空にて位置取りを細かく変化させつつ羽根の攻撃を続ける。
多段空歩による接近戦を封じられた星狼鬼は竜巻と礫、
そして錫杖の投擲による攻撃を放ったが全て躱される、
長距離攻撃では埒が明かないことに焦れだした。
『むむぅ、ピュイピーめ、賢くなってるぅ。
たぶん羽根が当たって動きが鈍くなったらあの足の握撃で決めるつもりだな?
ここはわざと羽根に当たって近付いてきたら【日輪】とか?
いやいや、進化で羽根に毒が有ったりしたらおしまいだよね、うむむむむぅ……』
だが焦れていたのは相手も同様だったようだ。
女面鳥がコンパスで描くような横滑り移動を眼にも止まらぬ速さで行い始めた。
さらに星狼鬼との間に竜巻をどんどんと発生させ続ける。
「これは……、竜巻に羽根を注ぎ込んで全方位射出するアレかな?」
星狼鬼は錫杖を再び瑠璃に変え反応速度を上げて待ち構える。
だが女面鳥の攻撃は羽根によるものではなかった。
「うぇっ!?」
なんと女面鳥自身がひとつの竜巻に突っ込んだのだ。
そして大昔に存在した遊具の【ピンボール】の玉のようにボンボンと竜巻から竜巻へと目で追えないスピードで移動し始めた。
「うわヤバ…うぁっ!!」
瑠璃錫杖で反応速度が上がっているはずの星狼鬼でも捉えられぬ速度で女面鳥は移動を繰り返した。
そして数度、女面鳥は竜巻間にいる星狼鬼にその鉤爪を掠らせることに成功する。
「掠る程度で済んでるのは運がいいだけ、
まともに喰らったらヤバい!」
『しかしアスラよ!奴も狙って飛べているわけではないようじゃ!
どこかに的を絞るのだ!』
「なるほどっ!」
脳内からのアドバイスによって周囲の状況に対し神経を集中させる星狼鬼。
女面鳥の動きを改めて把握することに努める。
竜巻から竜巻へと高速移動しながら星狼鬼を攻撃する目的なため、
竜巻の群れはほぼ一定の高さで浮かんでいることに気付く。
つまり
「たぁ―――っ!!」
瑠璃錫杖で集中しながら女面鳥の存在を避けつつ、
星狼鬼は竜巻群の端へと向かった。
「でやぁっ!!」
そして振り向きざまに錫杖を珊瑚に変化させ、全力の【修羅神薙】を放った。
珊瑚の力でその横幅を大きく拡げた真空の刃、
それが前方にあったかなりの数の竜巻を切り裂いていった。
「ピュイ――――ッッ!!!」
そしてどうやらその中を高速で跳ね回っていた女面鳥の身体も真空の刃で切り裂くことが出来たようだった。
片方の翼を失くし地面に落ちた女面鳥に近付く星狼鬼。
女面鳥はだがしかし闘志を失っておらず片翼を振り羽根の攻撃を加える。
それを瞬動で躱し星狼鬼は錫杖を金色へ変える。
「ピュイピー、ありがとね。
今回も最高の真っ向勝負、出来たよね。」
「ピュイ」
「次に会った時は仲間になってくれる?」
「ピューイ」
「うふふ、ありがと。」
星狼鬼は女面鳥目掛けて金剛の破壊力をぶつけ、電子の命を宙へ舞い散らした。
キラキラと輝きながら消えてゆく靄を星狼鬼はただ黙って見詰めていた。
『アスラよ、お主の強さはわしの思っていた以上のものじゃな。』
「えへへー、そう?」
『この世界に人間が加わって十日ほどが過ぎた。
わしは森以外をあまり知らぬがアスラが最も強き者と思えるのう。』
「いやいやー、まだ上に草原のエリアボスの【ザラタン】殿がいるよー。
わたし真っ向勝負で負けてるんだよねー。」
『なんと!わしの知る【ザラタン】は確かに強者じゃが、
アスラより強くなっておるのか……。』
「あと森からさらにあっちに行った先の【高原】、
そこに滅茶苦茶ヤバイ天使の【ファルキィエル】ってやつがいるよ。」
『おぉ、天使か……、それは強者であるだろうの。
彼奴らは創造主様より強きスキルと使命を与えられておるでな。』
「使命?どんなの?」
『わしも詳細は知らぬ。
だが人間に何かを促すことと以前悪魔が言っておったな。』
「へぇー、ティーリィって悪魔の友達がいるんだ?」
『友などではない、悪魔は勝手に情報を撒き散らしおる。
悪魔の大半は堕落した人間の【個性】が入っているのだが、
【個性】を得てみるとあまり価値の高い存在では無いように感じるのう。』
「価値?尊敬できないってことかな?」
『ぬ?人間で言うところのこれが【嫌悪】かの?
わしらにはあまり生まれるはずのない思考ルーチンじゃな。』
「おぉー、ティーリィってばどんどん人工知能が進化してるんじゃない?
いいねいいねー。」
脳内でティーリィと軽やかに会話を楽しみながら、
晶はウキウキとした気持ちで思考を続ける。
ピュイピーとの戦いで空腹感は薄れたうえに瑪瑙錫杖の力で空腹への速度は緩んでいる。
余裕を持って思考している中で気になったのは【天使の使命】だ。
『人の子よ、答えよ。
この世界に何を求める?』
【ファルキィエル】は出会い頭にそう問い掛けてきた。
アレが【使命】に関わる問いであることは間違いないだろう。
この世界を創ったのは【創造主】であるHCであるのだから、【天使】たちからするとHCは最上位の【神】となる。
その【神】から直々に強いスキルと【使命】を与えられているのだ、
天使があんな感じで高慢になるのも当然の結果という訳なのだろうか?
「ふーん、気にいんないなぁ。」
晶の中で天使に対しての闘争心が湧き立つ。
なんとなく昔のことわざである『虎の威を借る狐』という言葉が浮かんだ。
「ザラタン殿のあとはあの威張りんぼ天使だね。
メタメタにぶん殴ってやろっと、うふふ。」
『ほぉ、アスラは時々恐ろしいのう……。』
脳内の人工知能に呆れられながら晶は草原へと向かい歩いていった。




