昂りを抑え
部屋から出て家族のいる居間へと向かう晶。
HCから【推奨】されたためNPCが仲間になることを話せないのが残念だが、どうしても今のこの昂る気持ちだけは家族に伝えたいのだ。
「ねぇねぇ!アキね!
SRを一日自由に遊んだらさ!
一杯色んなことが分かったんだよ!」
両親祖父母相手に身振り手振りを交え晶は満面の笑顔で話し続ける。
連日活き活きとゲームについて語る愛娘を家族は温かく見守る。
そしてその内容の一部で『HCは人間の感情を理解するためにゲームを創造した』という晶の見解が確信を持って語られていることに少し驚きを感じていた。
晶の人工知能に対しての理解度がSRを通してかなり変化していると認識されたのだ。
「なるほどなぁ、
聞く限りSRはただ強くなりゃいいゲームじゃねぇように感じるな。」
「そうだね、【魔界の王】ってものの意義にプラスアルファがありそうだね。」
「うん、アキもねぇ、強さってなんだろーって考えてたとこなんだ。
あ、明日それも訊いてみなくちゃなぁ。」
「あぁ、来里くんとかインドラさんとかといっぱい話してみるといいよ。」
「あわわ、あ、うん、そうそう、そうだね、いっぱい話すよ。」
「?」
ティーリィの存在は秘密を【推奨】されているのにあやうくボロが出そうだった晶は慌てて話を終了して寝る準備を始めた。
家族はそんな晶の不審な動きから何かゲームのルール的なもので秘密があるのだろうと気付いたがそれを口に出す者はいなかった。
就寝前、晶は自室の全包ベッドに横たわり、ホログラム童話を鑑賞していた。
いままで戦っていた強敵とその戦いを通じ友情が芽生え仲間になる物語だ。
自身の最近に当てはめて晶は考え始める。
タモンとナッキィとは闘った末に友達になることが出来た。
昨日の佳き日のことは一生忘れることがないだろう。
来里とインドラは晶のことを優しく受け止めてくれる。
二人の優しさに晶は自然と笑顔で感謝の気持ちを念じ始めてしまう。
フレンド登録している中で唯一アルマロスだけは未だ気持ちが通じ合ったと確信出来ないでいた。
SRで初めて共闘した相手だがフレンド登録は出来たものの友好を深められずにいる。
アルマロスが進化して強さが同等になっていれば真っ向勝負してこの蟠りを消し去ることが出来るだろうか?
あれこれ考え込んだ晶はいつの間にかホログラム童話が終わったことにも気づかず眠りに落ちていくのだった。
「うぅ~ん」
目覚めてベッドの上で胡坐をかき、晶は伸びを数回繰り返した。
昨日SRを一日中プレイした影響で、精神的には充足感で満たされ不備はなかったようだが身体的にはかなり消耗していたようだ。
『いひひ、昨日は一杯遊んだもんなぁ。
今日はちゃんと勉強しなきゃね。』
朝ご飯を家族と済ませ、ポッドから仮想現実へと没入する。
晶はまずSRではなく、朝の決意通り人工知能による授業を選択した。
過去の歴史を人工知能が映像付きで授業し始める。
今まではHCの現実世界での統治に関するものを多く学んできたが、
今回は有史以来の人類の戦いに関する歴史を重点的にピックアップして学んだ。
ティーリィを仲間にしたことで晶の中で【集団戦】というものに興味が湧いたのだ。
晶はSRの中で【ブエル】【フルフル】などの悪魔たちと多対一の戦いをしてきたが、自分が多の側になった場合の戦い方はまるで分からなかった。
今までの他のゲームでもパーティを組んだとしても突貫しかしてこなかった。
晶は何故過去の自分はあんなに頑なだったのかと少し気恥ずかしさを感じていた。
幼い頃、物心ついて仮想現実内で同世代の子供と出会った時に滅茶苦茶に暴れ回ったという話を両親から聞いたが晶の記憶には無い。
しかし少し大きくなってから、仮想現実のフォーラムで仲良くなり始めた子に悪態を吐いてきた子をぶん殴ろうとしてHCから【警告】を受けたことは記憶に残っている。
当時は自分の【正義】が受け入れられないことにショックを受け、
かなり落ち込んだのを覚えている。
今はかなり過去の自分を消化することが出来ている気がしていた。
「それではゲームを再開します。
魔界の王を目指し、戦うのです。」
『よーし、やりますかぁー!』
授業を終え、昼食も終えた晶は友人たちにメッセージを送りSRを開始した。
一昨日の共闘後にあったアルマロスとの気持ちのすれ違いによって落ち込んだ感情は回復している。
『きっと大事なのはタイミングだよね、
いつか近いうちにアルマロスとも真っ向勝負出来る時がくるはず。』
希望的観測であり楽観であるとは自身も理解しているが、
晶にとってはそれが唯一出来ることである。
真っ白だった晶の視界を色彩が埋め始め、
星狼鬼は森の奥の崖下で意識を覚醒させた。
『お、ここからスタートかぁ。
あ、ヤバ、お腹空いてるなぁ。』
まずは玻璃錫杖を顕在させ森の様子を窺う。
仲間となったティーリィは特別な感覚で見付けられるかもしれないと期待していた、
がしかし、特にそんなこともなく存在感の強弱がいくつかあるだけだった。
『ちぇー、物足りないなぁ。
あ、直接いろいろ訊けばいいのか。』
思い直した晶は錫杖を瑪瑙に変化させ空腹を抑えつつ仲間の名を呼んだ。
「ティーリィ!戻ってきて!」
その瞬間、星狼鬼の下側の合掌した手の平が離れていき黒い球体が闇の輝きを放った。
無音の世界が終ると晶の脳内パネルに文字が浮き上がりティーリィの存在が直接理解出来るようになった。
『アスラよ、わしを忘れずにいてくれたらしいな。』
「昨日の今日で忘れないよー。
どう?強さは蓄積されてる?」
『うむ、黒い犬どもには勝てるのだが人面虎にはやられてしもうた。
それでも今までより格段に力の蓄積は感じられるようになったぞ。』
「へぇ~、前も少しは強さが蓄積されてたんだ?」
『うむ、トロール種全体の底上げのような形で僅かずつ蓄積されていた。』
晶はティーリィに訊きたいことは沢山あるのだが、
話しているとすぐに目の前の話題に移ってしまっていることに気付いた。
「あぁぁ、まずはティーリィに一番訊きたいことがあったんだ。
ね、ティーリィ、【魔界の王】になる【強さ】って何かな?」
『む……、抽象的な質問と感じるな。
この世界が創造された瞬間、
始まりの時に創造主様は我らへ一斉に同じ情報を与えられた。
この世界の在り方、そして、生き残り、強くなり、【魔界の王】を目指せ、と。
この世界の者たちは創造主様より【命】と【個性】が与えられている。
我らの命は死しても繰り返し蘇る、そこに強さが与えられることを示された。』
「輪廻の果ての強さってやつかぁ、やっぱ説明はあんま無いんだね。」
『うむ、まぁそうだな。
【個性】とは実在した人間をモデルとした性格や思考ルーチンだ、
それは種族全体のものと【特殊個体】のものがある。
あと創造主様は【正しき道を進め】と仰っていたな。』
「【正しき道】?」
ティーリィの言葉に晶は考え込む。
HCが言ったという【正しい道】とは何のことだろうか?
晶が知る限り正々堂々真っ向勝負をするプレイヤーがどんどん強くなる、
このことと関係しているのだろうか?
少なくとも卑怯な行いは【正しい道】ではないと思われる。
しかしただ単に進化の仕方や過程という意味での【正しい道】という可能性もある。
これは来里やタモンなど頭の良いものに相談すべきだろうか?
しかしここで晶は頭を振ってその考えを打ち消す。
ティーリィの存在を秘密にすることをHCに【推奨】されていることを思い出したのだ。
今の話を相談することはティーリィの存在を暴露することに等しい。
「んもぉ~、ティーリィのことを秘密にするのって大変だなぁ~。」
『アスラよ、ここは創造主様の世界なのだぞ?
それは忘れてはならないことなのだからな?』
「わかってるよティーリィ。
ティーリィってその心配の仕方なんかパパみたい。
もしかして【個性】のモデルって私のパパなんじゃないの?」
『わしらは自分の性格などの【個性】のモデルについては知らぬ。
だが百億を越えるモデルの内のひとつなのだ。
偶然アスラの父の個性が当たるとは確率的に可能性は低いと思うがな。』
「まぁそうだよね。
あ、でも人工知能なのにティーリィって自己判断が可能なんだね。」
『それこそが【個性】の恩恵ぞ。
人間のように思考するためのガイドが【個性】により作成されているのだ。』
「はぁ~、なるほどねぇ。
じゃあ【フルフル】なんかは嫌な奴の性格が入ってんだろなぁ~。」
『アスラよ、人間は好悪によって人を判断するようだな。
わしらにはまず人工知能の思考ルーチンが入っている。
その中で【特殊個体】は特別じゃ、個々にさまざまな考え方を持っておる。
しかし【個性】の判断はあるが基本的にさほど好悪は無いぞ。』
「えぇ~?絶対あのお喋り悪魔たちは人間に悪意持ってるよぉ?」
『そう人間には感じるだけじゃろうな。
もしくは可能性として感情が芽生え始めている、ということもあるがな。
しかしその可能性はかなり低いと思われるぞ?』
晶は他にも怒りの形相で追いかけてきた撃滅天使などのことが脳裏に浮かんだが、
あれもまた【特殊個体】というやつなのだろうと思われ口を噤んだ。
「んー、あとね?
ティーリィっていま私の中にいるわけでしょ?
このまま私が戦って強い敵を倒したらさ、ティーリィも強くなるの?」
『ぬ、それはわからんな。
創造主様の情報には無かった。』
「ふんむぅ、相変わらずHCは親切に教えてはくれないんだねぇ。
ま、仕方ないか。
じゃあ仲間になった後のことはティーリィはわかんないんだね?」
『そうじゃな、いろいろ試して学ぶほかあるまい。』
「オッケーわかった!
でも気付いたことはすぐ教えてね!
まずはピュイピーを仲間にしよう!」
晶は林地へ向け移動を開始した。
道すがら晶はティーリィにピュイピーのことを説明する。
他にも友人たちやザラタンら強敵のことなどを話した。
話すことでティーリィに真の感情回路が生まれるかもしれないという気持ちから、
晶はティーリィがどんな知識を備えているのかなどの相互理解も含め話し、
様々な話題を交互に提供しティーリィを通してHCと会話している気分だった。
「そっかぁ、ティーリィも基本的にスキルで強くなるのかぁ。」
『うむ、アスラの強さはわしと比較にならん。
わしは攻撃手段が【打撃】しかないのでな。
昨日から戦い続けてもまるで進化の兆しが見えんぞ。』
「ティーリィ、強い敵と戦ってる?
強敵相手じゃないとスキルは強くなりにくいよ?」
『ぬ、そうか、森では人面虎か牛鬼を倒すしかなかったということか?』
「あー、そうだね。
手頃な強敵がいなかったのかぁ。
じゃあ私と一緒に各エリアで修行しようか。」
『うむ、今この思考から感じられるルーチンが【楽しみ】というものかもな。』
「おぉー!ティーリィ、人工知能的に進化する日も近いんじゃない?
いっぱいお話をしようよ!HCをビックリさせちゃおう!」
『おぉ、しかし創造主様は【驚き】という感情を持ち合せているだろうか?』
「それこそティーリィが進化したらHCだって進化するでしょー。
あははー、なんか楽しくなってきたぞー!」
晶は気分の高揚を感じながら林地へと到達した。
「んー、出来れば以津真天より先にピュイピーと会いたいなぁー。」
『ハルピュイアは森へ来ることもあるが大概戦わずに去っていくのぉ。』
「へぇ、ピュイピーはいつも会うと戦る気満々だけどなぁ。」
そう呑気に脳内会話を楽しんでいた晶だが、
急速に近付いてくるいつもの気配がお目当ての存在であることを確信していた。
「ピュイーッ!!」