訪れる静寂
かつて手も足も出ず斃された強敵の以津真天へリベンジを果たしたものの、
以津真天の最後の言葉が晶の心にざわめくものを与え続けていた。
『NPCっていつも授業してくれてる【人工知能】の先生と大差ないよね?
HCが管理してるから人間に悪意はないはず。
でもなんか不気味で怖い・・・』
満腹になったところで晶はクリアアウトして【SR】の世界から立ち去った。
心に怯えが残っていてこのままではゲームを楽しめないと感じてしまったからだ。
「でねでね、ホント不気味だったの!
考えてみるとお喋り悪魔とかマンティコアとか人間に悪意ありそうだし!
NPCがゲームの世界で人間とどんな目的で戦ってんのか良く分かんない!」
家族と夕食前の団らんをしながら、晶は自らの怯えを払拭しようと話し続けた。
家族の面々も困惑の色を浮かべながら晶の話を聞き続けている。
「でもよぉ晶、HCはまだ人間の感情をロボットに搭載出来てねぇだろ?
その喋るキャラたちだって【本当の感情】は持ってないってことだ。
【不気味と感じさせる】【感情があるように見せかけてる】ってだけだよ。」
「うーん、そっかなー。
アキが勝手に怖がっちゃってるってこと?」
憲吾の言葉に晶が納得出来てない様子で応えている。
「アキラ、今までだって怖いゲームはやってきたでしょ?
【SR】は何が違うの?」
「えー?
だってゲームのキャラが【この世界はゲームだよ】ってわかってるんだよ?
つまり現実と繋がってるの!
なのに人間に敵対心みたいなのがあるのって怖いよ・・・、
ばぁばは怖いと思わない?」
「フゥム、なるほどねぇ。
アキラはHCが人間に悪意があるんじゃないかって怖くなってるんだ?」
ハンナの言葉に晶は考え込む。
考えを整理すると確かに祖母の言葉が当たっているように感じられた。
「そうかもしんない。
NPCってHCの分身みたいなものでしょ?
それが人間に悪意を向けてくることがすごく怖い・・・」
「晶、それは考え過ぎってもんだろ。
HCが人間に本当に悪意があったらとっくの昔に全滅してんだから。」
「そうだよ、それにHCは人間に対しての【理念】が不変設定されてるんだから。
そのゲームのキャラも人間を【教育】するための言葉を言わされてるんだよ。」
「そうなのかなぁ?
アキを怖がらせて何の【教育】になるの?」
吾朗とエリーゼが晶を安心させようとHCの存在意義について話し、晶もそれを真面目に聞いている。
自分たちの言葉で晶の不安が抜けかけていると感じたハンナが畳み掛ける。
「アキラ、人間はHC始めコンピュータと共存しているよね?
でも人間がコンピュータに【依存】してしまっては駄目だと思うの。
これはHCの【理念】にも繋がる考えだよ。
だからHCは【SR】を通して人間に【自省】を促してるんじゃないかな?」
「じせい?反省してってこと?」
「反省というか【今の状態を最良と思わないで】ってことじゃないかな?
最近フォーラムでも問題として取り上げられてるよ、
より良い世界を目指すという姿勢が今の人間には足りないって。」
「へぇー、そうなんだ。
あ、フィリップスさんもそのフォーラムで会ったの?」
「あぁ、【バグベア】の人ね。
名前は違うけどそうだと思うよ。
HCを肯定しつつ人間独自の世界も必要だ、って主張してたね。」
「ふーん、そうなんだぁ。」
晶の表情から不安は消え去っている。
考えることは心の成長に大事なことだが【考え過ぎ】てしまうのは逆効果になる。
「アキラ、NPCだって色々いるんでしょ?
好意的なキャラに話しかけてみれば?
答えを教えてくれるかもよ?」
「あ、そうだよね。
ピュイピーとかトロールに話してみよっかな?
あ、ピュイピーはさっき倒しちゃってたかー。」
「あらら、それじゃ答えてくれないかな?」
「ううん、ピュイピーは戦ってる内に仲良くなってきてるよ。
最初の頃に比べて意思疎通出来るようになってるんだ!」
晶の言葉を聞きながら家族はそれもまた晶がHCに【そう思わされているだけ】じゃないかと思ったが口には出さないでいた。
折角気持ちが立ち直ったところで水を差す必要性を感じなかったからだ。
明るさを取り戻した晶は夕飯を食べながら今日の冒険を楽しげに語り明かす。
いずれ【天使】のいる高原で果物を探すのだと意気軒昂に宣言したりして家族の笑顔を引き出し続けた。
「よーしっ!今日は限界まで【SR】をやるんだもんねっ!」
自室で晶は両拳を突き上げ自らを奮い立たせる。
ポッドに沈み込んでパネルを操作し、HCの管理している電子の世界へ意識を移送させた。
「それではゲームを再開します。
魔界の王を目指し、戦うのです。」
耳慣れたアナウンスを聞きながら晶は本日最後のプレイに挑み始めた。
今日はエリアボスを倒したり天使から逃げ出したりはしているが、
基本的には体力の消耗を抑えたプレイをしている。
HCからのゲーム終了を促す【推奨】メッセージはまだ来ないように思えた。
眼を開くと疎らに生えた木々が遠くに見える。
どうやら林地と草原の間の荒地で再開したようだ。
「しゃくじょー」
声に出して錫杖を顕現する、ジャランと現れた相棒は金色に煌めいている。
握り心地を確かめるようにゆっくりと振り回したのち手首のスナップで消す。
「【瑪瑙】しゃくじょー!」
少し気合を入れた声で錫杖の新スタイルを登場させた。
夕飯時に祖父から【七宝】について再度訊きだし残り二色を確認していたのだ。
現れた【瑪瑙錫杖】は見る角度によってその色が変化する不思議な形態をしていた。
「ほほぉ、メノゥはなんか変わってんね?
どんな能力があるのかな?」
夜だというのに明るさの変わらない魔界の空の下、
晶は錫杖の能力を調べるため奇行を繰り返した。
だが瑪瑙錫杖の能力は一向に分からなかった。
瑠璃錫杖の時のような違和感もまるで感じられない。
「ぐぅ~、全然わかんないよメノゥー。
何にもわかんないままお腹すいてきちゃうよもー・・・あれ?」
ここで晶は気付いた、
空腹感が襲ってきていないことに。
「メノゥー、キミはお腹すかせにくくする能力かな?
んー、でもそれだけってことはないよね?
なんだよー、もうわかんない!保留!」
手首をくいっと動かし瑪瑙錫杖を消し、残り一色の名を呼ぶ。
「【しゃこ】しゃくじょー!」
ジャランと現れる金色の錫杖、「え?」と晶は困惑する。
『あれあれ?じぃじは【しゃこ】って言ってたよね?
間違い無いはず、なんで出て来ないの?』
もしかして金色がしゃこのことなのかと振り回すがいつもの錫杖だ。
晶はもう一度【しゃこ】について思い出してみる。
『シャコ貝っていう綺麗な二枚貝が七宝のひとつ、だよね?
色は食べ物によって違う、白だったり青だったりするみたいだけど。
んん~?【しゃこ】以外の呼び名があるってこと?』
何かニュアンスの違いなのかと様々な言い方で【しゃこ】を試すが全て金色錫杖が出てきてしまう。
【白貝】【青貝】など思い付いた言葉を試すが全くうまくいかない。
『ぬぬぅ、考え方を変えてみようか。
貝の宝物、なんか無いかな?』
晶は腕組みして宙空を見つめる。
だが何も浮かんでこなかった。
「ふっはぁ~、だめだ~、わかんないやぁ~。
貝っていっても真珠ぐらいしかわかんないよぉ~。」
シャランッ
「は?」
晶の腕組みした右手に真っ白なパールの輝きを秘めた錫杖が顕現していた。
白銀と色合いは似ているが、白銀のメタリックな輝きに対しこの【真珠錫杖】は純粋な白色がシンプルな美しさとなっている。
「お、おぉぅ、【しんじゅ】が正解ってことかな?
急に出てきたからビックリしちゃったよ、よろしくね。」
戸惑いながらもニューバージョンの錫杖に挨拶を交わし、
晶は再び能力検証に移る。
そしてその能力はすぐに発見されることとなった。
「わわわ!なにこれなにこれ!?」
真珠錫杖の石突で地を叩いた瞬間、今までうんともすんとも言わなかった下側の両腕がその合掌した手の平を離し始めたのだ。
しかもその右と左の手の平の間には球体の輝きが満ちている。
が、晶が驚きのあまり無言で見つめる中、
球体は輝きを失い両腕は再び合掌する状態へと戻ってしまった。
「えぇ?それで終わり?どゆこと?」
晶は再び真珠錫杖で地を叩く。
先程と同様に下側の両腕が手の平を離し始めその間に球体が光る。
そしてまた同様にしばらくすると閉じてしまった。
「ほんぁ~?どゆこっと?」
頭の周りに疑問符を沢山浮かべた状態で晶はとにかくスキル確認をすることにした。
【以津真天】を倒したあと確認していなかったことに気付いてまずはアイテム確認から始めた。
『ほぉほぉ、なるほど。
【凶鳥の呪い袋】ね、嫌ぁな名前のアイテムだぁ。
以津真天ぽいけど。』
続いてスキル確認へとうつると晶は歓びの声を上げた。
「やったぁ!
【毘摩狼斬】が【修羅神薙】になった!
これは必殺技の予感がするぞぉ!」
晶はすぐに虚空に向かって両腕を全力で振り放ってみる。
今までより格段に強烈な斬撃が飛んでいくのが感じられた。
だがその疲労感も格段に上がってしまっていることも実感してしまった。
『うはぁ、これも【迦楼羅狂焔】みたいに
連発出来ないようになっちゃったかぁ~。
んー、でもま、いいか、元から連発する技じゃなかったし。』
気持ちを切り替えスキル確認に戻る。
『あ!【日輪】と【月輪】ってのが増えてる!
・・・ってなにこれ?』
再び腕組みして考え込む晶。
しかし思い当たることはひとつしかない。
『これって、さっきのアレだよね?』
晶は腕組みをほどき、いそいそと佇まいを直す。
「しんじゅっ!」
シャランッと現れる真っ白な真珠錫杖。
それを厳かに地に叩きつける。
また下側の両腕が動き始めて手の平の間に光る球体が現れた。
「日輪!」
晶の凛と響くその声に反応し球体が輝きを増したと感じたその瞬間、
ゴォッ!と晶の全身から全方位に熱波が放たれた。
周囲には何も存在しないのでただ地を熱くさせただけだったが、
敵がいたならばダメージは必至だろう、弱い群れなら瞬殺出来そうだった。
『なるほど、これが日輪かぁ、じゃあ次は』
気が付けば下側の両腕は既に合掌した状態に戻っている。
晶は再び真珠錫杖で地を叩き光る球体を出現させる。
「月輪!」
晶の声に再び反応した球体だが今度は逆に輝きを消してしまった。
黒い球体になったなと思って周囲を窺うが何も変化は無い。
ただ、やけに静かだった。
先程まで聞こえていた風の音も、なにもかもの音が消えていた、
まるで自らが出現させた黒い球体が吸い取ってしまったかのように。
そして晶は自分の身体が動かせないことに気付いて焦っていた。
なにをどうしても指先ひとつ動かせなかった。
黒い球体はすぐに月が満ちるように白く変わっていき、
それが丸く満ちた瞬間に周囲は音を取り戻した。
と同時に晶は身体が動かせるようになったことに気付く。
『うーん、【月輪】はわけわかんないなぁ、実戦で試すしかないか。』
新たな能力に困惑しつつ、晶は同時に歓びも覚えていた。
知らないことを知ることがとても嬉しいと実感出来ていたのだ。




