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創造の世界


自分のほかは誰もいない湖のほとりで、あきらははしゃぎまわっていた。

今まで仮想空間内で水遊びをしたことはあったが、

今のように五感全てで大量の水を跳ね上げることを感じられたことは無かった。


熱を感じることが出来るのがセールスポイントのVRゲームもあるにはあるが、

指先で氷に触ったのに肘から先が全部ヒンヤリしてしまう大味な疑似感覚のものばかりだった。


だが【SR】内の水の感覚はとびきりリアル(・・・)だと晶には感じられた。

幼い頃、夏に風呂場で家族と水遊びをしたことが思い出されるくらいに、

自らが跳ね上げた水飛沫は晶の顔を濡らしその清涼感を伝えてくる。


『出来るなら今度は共闘じゃなくて、

 ただ遊ぶだけでこの湖に集まれないかなぁ。』


湖の水際で湖面を眺めながら、

晶は期待と不安とアンニュイな気持ちを入り混じらせていた。


誘ってみたいが断られてしまうと自分はかなりショックを受けてしまう気がする。

いずれ信頼、もしくは自信がついたら誘ってみようと思った。


『それにしてもだーれもいないんだねぇ?』


かなり長い間一人で遊んでいたが辺りには生物がいる気配が無い。

水の底は索敵範囲外だが誰も自己主張をしてこない、

もし底にいて身を潜めているなら余程引っ込み思案なタイプなのだろう。


『ザラタン殿は亀だから引っ込み思案かもしんないねぇ。

 そういえばザラタン殿の好きな食べ物は【海の幸】だったかな?

 草原は、あっち・・・だから、・・・あ、ここ通って海に行くのかな?』


もしかするとザラタンが通るから他のNPCが恐れていなくなっているのか、

そんなことを考えつつ晶は水から上がり身体をブルブルと揺らし水を弾き飛ばす。

尻尾も器用に動かせるようになってきた、水と一緒に毒針も撒き散らす。


『あ、もしかしてこの水って飲めるのかな?』


ふと思いついてしまい晶は足許の水を目を細めて見つめる。

散々暴れ回ったあとなので水底の土が淀んで濁っている。


『いやいや、これは無いでしょ。

 あーぁ、さっきのとこだと果物とかありそうだったのになぁー。』


晶はファルキィエルに襲われた先程の高原の風景を思い返す。

生命力に溢れたようなあの景色の中には木の実がっていそうな大樹もあった。


仮想空間で旅した際に果樹園の見学もしたが実際に味わうことは不可能だった。

可能ならば【SR】内の味覚というものをちゃんと検証したいところだ。

現実世界では果実をもいでその場で食べるなど夢のような話でもある。


『天国界?天界?なんかそんなのがあるんだよね?

 天使もいたしあそこって何かありそうだよねぇ?

 あぁ~、果物食べてみたぁ~い!』


【SR】の設定からなる【空腹感】とはまた別の欲求が晶の内に湧き上がる。

現実世界でも果物を食べることは出来るが、加工された状態のものしか配布されない。

安全面や保存のことを考慮されたものでHCヒュージコンピュータから【推奨】されているからだ。


『でもこんなにリアルな五感がある世界だしなー。

 HCのことだから【味覚】だけ適当なことしないよね?

 どっかに食べ物あるかもだなぁ。』


食べ物のことばかり考えていた晶は急激に空腹感にさいなまれてしまう。


晶はため息をきつつ水べりから丘に上がる。


『あ~あ、結局戦うしかないよねぇ~。』


この【魔界】では腹を満たすモノは【食物】ではなく【電子の命】だ。


晶は緩んだ闘争心に火を灯すべく錫杖を地に叩きつけ大きく雄叫びを上げた。




湖から山方面に走ると左側に森林が、右側に林地が近付いてくる。

森林では【牛鬼うしおに】を倒したばかりなので今日はもう【リポップ】はしないだろう。


今の飢餓感を収めるにはエリアボス級の強敵が必要だと晶は感じていた。


『うーん、今日はなるべくなら無理したくないんだけどなぁ。』


晶が未だ勝利していないエリアボスは三体いる。

林地の【以津真天】、砂漠の【バジリスク】、そして草原の【ザラタン】だ。

正確には沼地の【ウィッカーマン】には勝利していないがアイテムを獲得しているので討伐扱いにしてしまっている。


『【熊童子】に比べると【牛鬼】は苦戦しなかったなー。

 やっぱタラカースラに進化したのが大きかったのかな?』


晶の脳裏に午前中戦った梟頭の悪魔【アンドラス】の言葉が蘇る。


〈この魔界の輪廻は我らの強さを変動させる。

 前時代の序列は意味をなさなくなっておるのだ。〉


〈我らもまたこの魔界の王となるべく争い合う宿命を背負わされておるのでな。〉


『つまりー、エリアボスもプレイヤーとかと戦って強さが変わるんだよね?

 ピュイピーが大鷲を倒したりしてたのもそうなのかな?

 でもザラタン殿と牛鬼は結構強さ違うと思うなー、何の違い?

 うー、それにしてもお腹すいたー!』


足をバタバタさせながら晶は思考を変化させていき、結局どこへ行こうか悩む。


『よし!以津真天にリベンジしよう!

 しゃくじょー!頼りにしてるからね!』


掲げた右手の先に煌めく相棒へ語りかけた後、

晶は身体を屈めてからボンッと音がするほど力強く大地を蹴って荒地を飛び出した。





林地へと着いたものの、晶の【心眼】に以津真天の反応は見当たらなかった。


『むむぅ、いないのかな?別の方の【林地エリア】に行ったの?

 ピュイピーとグリフォンはさっき倒しちゃったし、誰も出て来ないかな?』


飢餓感のため腹を両手でさすりながら晶は途方に暮れる。

どうにか以津真天を見付けようと空を見上げながら歩き始める。


『ふんぬぬぬぅ~、今から砂漠に移動とかはだなぁ~。

 強いプレイヤーとか出て来ないかなぁ~。』


ここでナッキィやタモンあたりが出てきたらいいなと晶は期待を込める。

また全力真っ向勝負が出来ることは疑いようのない相手だ。

インドラと来里らいりが岩場で【熊童子】を探していることは先刻のメッセージで知っていた。


『ふぅ、アルマロスは相変わらず返事が無いなぁ。』


美しい天馬の姿なのに中身の勝ち気そうな女の子が透けて見えるアルマロス。

出来ればなんのわだかまりも無い状態で闘いたいと晶は切に願う。

タモンやナッキィとの闘いがそうだったように、彼女とも胸襟を開いて拳で語り合いたい、険悪な感情は持ちたくないと晶はただただ願っていた。



「イィテュゥマァディィィ!」


「えっ?」


ふと気付くと高い木の上から聞き覚えのある声が響いてきた。


「イィツゥマァディ!イィツゥマァディ!」


見上げると白茶の翼をはためかせながら以津真天が滑空してきている。


人間男性の顔面から突き出たクチバシからいつもの言葉を連呼していた。



「キミって『イツマデ』以外は話せないの?

 エリアボスだから知性は高いはずだよね?」


聞きようによっては煽りとも受け取れることをフレンドリィに語りかける晶。


だが【以津真天】は前回同様に問答無用と攻撃を仕掛けてきた。


翼の内側は白茶色だがほとんどの体色が黒い以津真天、

鈍く光るクチバシから突っ込んでくる様はまさに黒く巨大な弾丸に思えた。


「しゃくじょぉ――っ!」


金色錫杖を向かってくる以津真天の顔面目掛けて全力投擲する。


錫杖の槍先が唸りを上げて以津真天にカウンターでぶち当たるかと思われたその瞬間、



「イツマデェッッッ!!!」


以津真天が雄叫びを上げると錫杖が目に見えない圧によって弾かれてしまった。


「うわっ!それ前もやってたけどズルくない!?」


晶は抗議の声を上げながら以津真天の突撃を横っ飛びで躱す。


「しろがねっ!」


そしてその圧に対抗すべく白銀錫杖を顕現させ地を叩き雄叫びを上げた。



「ウオオオォォォ―――――ン!!!!!」



【吸気精】【降魔】を込めた【魔狼の咆哮 改】によって以津真天の圧は退けられたと晶は感覚で理解した。



以津真天は危険を感じたのか呪いの煙を吐き出しながら急上昇し始めた。



「逃がさないよっ!いっけぇぇっ!しゃくじょぉぉっ!!」


晶は再び金色錫杖を以津真天目掛けて投擲した。


最強硬度である金剛の煌めきが避けようとした以津真天の翼を射抜く。



「イッツゥマッディ―――ン!!!」


悲鳴なのか怒りなのか甲高い声を上げた以津真天が穴の開いた翼のまま空高く舞い上がる。


どうやら翼で空を飛んでいるわけではないようだ、と晶はこの不思議生物を観察していた。


上空に逃げた以津真天が今度は呪いの煙を撒き散らし始めた。


前回敗北した時に比べ、かなり大量の煙が周囲を包み込もうとしている。



「ウオオオォォォ―――――ン!!!!!」



晶は再び白銀錫杖で地を叩き、全力の咆哮を林地一帯に響き渡らせた。


途端に呪いの煙が螺旋を描き晶の両肩の狼の口へ吸い込まれていく。


すると煙に紛れて晶に向かって突進してきている上空の以津真天の姿が露わになった。



「てりゃああぁぁぁっ!!!」


晶は全力で両腕を振り放ち、【毘摩狼斬びまろうざん】によって真空の斬撃を発射した。



「イィッツムァーッ!」


以津真天は雄叫びによってその斬撃を止めんとしたが完全には成功しなかった。


鳥の身体の横腹が斬撃によって切り裂かれて一瞬動きを止める。


その瞬間、


桃色錫杖を口に咥えた晶が竜巻の上昇気流と【多段空歩】によって以津真天の眼前に浮いていた。


そして、


厳かに柏手かしわでを打った。



ゴオオオォォォ―――――ッ!!!!!



以津真天の身体が【迦楼羅狂焔かるらぐれん】によって荒れ狂う炎の渦に呑まれていく。


晶と燃える以津真天は同じ速さで地面に落下し、片方は華麗に着地し片方は受け身も取れず地に叩きつけられた。


晶は着地と同時に地を蹴り、脇に抱えた金色錫杖を以津真天の胴体に全力で突き刺した。


せめて苦しまぬように、とのトドメの一撃だった。


「以津真天、強かったよ。

 次会う時はさらに強くなるのかな?」


晶が言葉をかけると、消えゆく以津真天の瞳が晶を捉えた。


「ニンゲンは・・・イツマデ・・・」


「え?」


以津真天が最後に何かを言いかけたような気がして晶は電子の塵へと変わっていくその身にしゃがみ込む。


だが、以津真天はもはや何も言わずただ消え去った。



「人間は、いつまで?」


晶は聴こえた言葉を繰り返してみるがそれが何を意味しているか理解できない。


ただHCによって仮初かりそめの命を与えられたNPCの言葉に、


人間とはどこか違う知性を感じて少しだけ戦慄してしまうのだった。



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