幸運招く色
しばらくの間、晶は【珊瑚錫杖】の能力を満喫した。
竜巻を起こし空高く舞い上がり岩肌の壁面へ礫を炸裂させる、
放り投げた小岩を真空の刃で両断するなど、
自らのスキルの威力を検分していく。
やがて、向上した自らの能力に闘争心が刺激されていくのを感じ始めた。
「さんごー、いい感じだね。
誰か強敵いないかなぁ?
せっかくだから実戦で試したいよね。」
右手の新スタイルとなった相棒に語りかけ、晶は移動を再開した。
錫杖を【玻璃】に変化させ岸壁に沿って歩いていく。
晶の視界を遮る岩壁は、もう見飽きてしまうぐらい変化が無い。
だが永遠に続く筈も無く、その灰色の断崖はゆるやかにカーブを描き始めた。
『はひぃー、やっと違う景色が見れるよー。』
左側に続いていた森林もその木々の数を減らし、既に疎らになっている。
右側の岩山の先には岩や砂利が広がり登り坂のようになっていた。
『うーん、行ってみるしかないか。』
緩やかに続く登り坂はその先がどうなっているのか隠すように続いている。
坂の先には紫色の空が不気味に広がるばかりだ。
晶の索敵能力は坂の途中にひしめく群れの存在を感知している。
おそらく五十は下らないだろう数の生物が晶を待ち構えるように凝集していた。
『あの切裂き蛙みたいな奴じゃないといいなぁ。』
素早く小さい敵性生物が群れているならばそれは脅威となる。
晶は群れを避け回り込むように移動してみるが、
坂道を塞ぐように広がる群れは晶の存在を既に把握しているような動きを見せた。
『うげげ、ついてきちゃうじゃん。
やだなぁ、なんか気持ち悪いのが出そうな予感。』
今まで出遭ったNPCは気持ち悪くない方が少ない。
その予感は当たる確率が高いように思われた。
群れは晶に近付こうとはしてこない。
晶の方は無理をしないで夜も【SR】をする予定なので突貫はしたくない。
どうにか少数ずつ倒せないかと移動を繰り返すが全て失敗に終わる。
だが、ほぼ障害物が無いため遠目に群れの正体は確認出来た。
『あれはロックゴーレム?ロックエレメンタル?
とにかく岩の怪物っぽいなぁ。
殴って倒せるものなのかな?』
晶は【瞬動】で高速移動しているのだが岩精霊たちは何らかのスキルでその行先を遮断するように先回りする。
その未知の移動方法を不気味に感じ、晶は突破が躊躇われる。
『やだなぁ、数人ならいいけど数が多すぎるよぉ。
転んだりしたらボコボコにされちゃうよね。
一撃ももらわないで全員粉々にしないとなぁー。』
晶は少しだけ近づき観察を続ける。
未だ望遠する状態だが先程よりは怪物たちの様子が認識できた。
灰茶色の岩精霊たちは岩の塊で熊の頭が無いようなフォルムをしていた。
太い胴体の胸部分に顔が付いており、腕や脚も太い、時折その両腕を地面に叩きつけて岩を発生させている。
近付く晶を威嚇するように坂の上から岩は転がってくる。
距離があるため晶の所へ届くころにはかなりのスピードになっている。
中には大きめの岩もあるため直撃を避けて動き回る必要があった。
それを五十以上の岩精霊たちが一斉に行うため、やがて雪崩のように岩が転がり始めた。
『うーわ!退避!たいひーっ!』
晶は慌てて斜め下に向かい駆けおりる。
岩の雪崩をなんとか回避して晶はまた豆粒に見える距離になった岩精霊たちを睨みつける。
『くっそー!【軍荼利颯天】を先行させれば接近は出来るけど・・・、
でも近付いたら投石の集中攻撃されちゃうよね。
うぅ~!思ったより難問だぞこれはぁ~!』
晶は転がってくる小石を躱しつつ打開策を練る。
しかし良い解決方法は浮かんでこない。
錫杖を【玻璃】から【珊瑚】に変え竜巻を起こしてみる。
しかし空中を駆け昇り突破するには距離があり過ぎると感じた。
それに空中で投石を雨あられと浴びれば負傷は確実に思えた。
さらに【珊瑚】から【白銀】に変化させる。
【吸気精】を強化させ咆哮で全体の動きを鈍らせ突破出来ないか考える。
だがこれもまた断念する、【岩精霊】本体には効果があるだろうが、
その前の岩雪崩をまともに喰らってしまう気がした。
前回のように破損してしまうのは心の底から勘弁だ。
そこで【白銀】から【瑠璃】へ変化させてみる。
未だ効果不明の瑠璃錫杖を眺めながら落石を躱してゆく。
『あれ?』
石を回避する際に晶は違和感を覚えた。
不思議そうな顔で晶は錫杖を見つめる。
瑠璃色に輝く相棒はシャランッと音を鳴らし落ち着いた佇まいで右手に収まっている。
晶はもう一度落石を軽快なステップで紙一重になるよう回避する。
『これは……?』
晶は前回瑠璃錫杖を顕現させた時のことを思い出していた。
『さっきは集中が深く出来るとしか思わなかったけど・・・、
ルリィになると【感覚が鋭くなる】のかもしんない。
これは・・・いける?』
晶は瑠璃錫杖片手に坂の上方へ視線を向け、一気に駆け出した。
再度、岩雪崩が晶に襲い来る。
数分前の焼き直しの光景が晶の眼前に迫ってきている。
だが、今回は晶の右手に握られた相棒の色彩が違っていた。
「視えるっ!視えるよルリィ!すごいよ!」
無意識のうちに晶は声を上げて瑠璃錫杖を称賛する。
今の晶は眼の前の岩雪崩の一粒一粒が感覚で理解出来ていた。
頭上から転がり落ちてくる落石をギリギリで躱しながら駆け登り、
岩の無い場所目掛けて八艘飛びしていく。
ぐんぐんと迫り来る三つ首四腕の人狼に岩精霊たちは射出する岩の数と速度を上げて対抗する。
横に広がった陣形を変化させて人狼の動線を塞ぎ止めようと密集し始める。
人狼は左腕を振るい大きな竜巻を前方に起こし先行させる。
雪崩のほとんどは竜巻に巻き込まれて上方へ弾き飛ばされるが、
斜め方向からも岩は人狼目掛けて投げ込まれる。
迫る岩を時には躱し、時には拳で逸らし、人狼はもう岩精霊たちの至近距離へと届いた。
岩精霊は人狼が接近した段階で半数が地に潜った。
観察時の不可思議な移動方法は地中に同化する瞬間移動だったと判明する。
地に潜った次の瞬間に人狼の足元に数十の岩精霊がまとめて現れたのだから。
「たぁぁ―――っ!!!」
脚を掴まれる寸前で人狼は垂直に跳ね上がる。
だがそのままでは投石の格好の餌食となってしまう。
そこで人狼は己の真下に竜巻を発生させた。
ビュゥッ!
角度を計算されて射出された竜巻は人狼をさらに上空へと跳ね昇らせた。
そしてさらに人狼は何もない空中を蹴って坂道と平行に斜めに跳び上がる。
一回、二回、三回と【多段空歩】で宙を舞い移動する人狼。
既に多段空歩で三回移動出来ることは把握していた。
群れよりかなり上方へ着地した人狼はまず相棒の色彩をコーラルピンクに変化させた。
「でええぇぇりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ―――――っ!!!!!」
人狼は高速で両の脚を回転させ坂の下に礫を放ち始めた。
人狼に迫らんとしていた岩精霊たちは一瞬のうちに礫に砕かれ半数が原形を留めぬ姿に変貌して電子の塵となる。
だがまだ半数の三十近い個体が残っており、
地に潜りまた現れる神出鬼没な動きで人狼に的を絞らせない。
が、再び人狼は相棒の色彩を変化させる。
ラピスラズリの輝きを湛えた錫杖を口に咥え、
人狼は地から湧き出る岩精霊たちを粉砕してゆく。
人狼の研ぎ澄まされた五感は岩精霊たちの出現場所を的確に捉え、
モグラ叩きのように現れた岩精霊の顔面を蹴り砕き飛び回る。
敵わないと見たのか残り数体になった岩精霊たちは退却し始めた。
が、人狼はそれを許さない。
届く範囲の数体は礫を叩きつけ倒し、
最後の一体は金色錫杖の【号砲必撃】で木端微塵にした。
錫杖を労いながら送還し、晶は右手で額の汗を拭う真似をして微笑む。
「ふひぃー、いい戦いだったよロックエレメンタルたち。
ルリィの力に気付かなかったら大苦戦してたかもだね。」
にこやかに相手の健闘を称える晶。
空腹がだいぶ軽減されている。
五十を超える数を倒したのだからそれも当たり前なのだが、
それを差し引いても岩精霊たちはなかなかの強さだと思われた。
晶は上機嫌のまま坂を上り、ついに登りきった。
『おぉー、これは【高原】ってかんじだねー。』
そこには今までの全く違う景色が広がっていた。
緑の芝が一面を覆い尽くしていて所々に大木が生えている。
もしかしたら果樹が生っているかもしれない、と思わせるほどそこには生命力が溢れている気がした。
右側に岩山がそびえているのを眺めつつ晶は高原の中央に向かい歩を進める。
そして急に凛と響く声を耳にした。
「穢れにまみれた人の子よ、この世界に何を求める?」
心臓を鷲掴みにされたような驚きに身を震わせつつ、
晶はすぐさま頭上に声の主がいることを認識した。
見上げた先には紛うこと無き【天使】がいた。




