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激闘の残滓


快適な睡眠を終え、晶は朝の光と身体に伝わる微弱な電気刺激で目を覚ました。

ベッドから起き上がり、下着を含め全て着替え始める。

BOXに入れておけば洗濯ロボットが短時間で新品同様に返却してくれる。

丁寧にたたまれクローゼットに並べて入れてくれるオマケ付きだ。

晶はお気に入りのうちのひとつの上下セットを身に付け、

気分で選んだ服を着ていく。

晴れやかな気分のまま部屋を出て居間に飛び込んでいく。


「おはよー!」


元気な晶の挨拶に父と母は目を細めて挨拶を返す。

父と母が二人で料理をロボットから受け取りテーブルに並べ始める。

晶がそれを手伝っているうちに祖父母も居間に来ていた。


「あのね、昨日ね、またエミばぁばのとこ行ってお話ししてきたの。」


「あら、マムとどんなお話ししたの?」


「モンスターとか悪魔の話、

 エミばぁばってゲームすごい詳しかったよ、ビックリしたー。」


晶は昨夜のフォーラムの話も含め色々話し出す。


「そっか、ゲームで繋がる人間関係もあるもんな。」


「というか今はほとんどそうでしょ?

 私たちみたいに仕事で会って結婚する人、少ないみたい。」


「パパも今度一緒に【SRシックスロード・リィンカーネーション】やろうよぉー。

 アキがぶっ倒してあげるからぁー。」


だよ親子で殺し合うゲームなんて、

 殺伐とし過ぎだろ、パパはやんないぞ。」


「んもぉー、冗談なのにぃー。」


晶は朝食を終え、仕事部屋へ向かう父を見送った後、

自分も自室に戻っていく。

昨日と同じように朝から【SR】を楽しむためだ。

全包ベッドのおかげで筋肉痛などは起きていない。

万全の体調で臨めるのだ。


ポッドに身をゆだね、電子世界へと意識を旅立たせる。


健康診断を終え、ホームに着くとメッセージがあることに気が付いた。

見てみるとナッキィからだった。

【SR】だと協力して闘うのは難しそうだが、

別のゲームをするときは是非協力プレイをしよう、とのお誘いだった。

こうして知り合いが増えていくのは良いことだと晶にもわかる。


HCヒュージコンピュータが推奨するように、

知り合いから友人へと人間関係を育めるようになることは、

この直接接触がほぼ失われた現代ではとても大切である、ということだ。

晶はナッキィに了承の旨を返信し、いくつかのゲームの名前を伝えた。

ナッキィの趣味に合うものがあればいいのだが、と晶は願うばかりだ。


ほかに急ぐ案件は無いようなのでいよいよ【SR】をスタートさせる。


キャラメイクのパネルを確認して、晶は少々落胆した。


『うぁ~、キャラ変わってないじゃん。』


晶の目の前のパネルには前回同様、

【狼】【鉤爪猫】【角大兎】【水牛】【大蛇】【大梟】

の六種類の動物の名が表示されていた。


『結構強くなったと思ったんだけどなぁ~?

 強さだけが進化条件じゃないのかなぁ~?』


そんな、少しガッカリした気分で【大梟】を選択してみる。

ナッキィとの戦闘中にそんな話をしていたのを思い出したのだ。



すると晶に思いもしない出来事が起こる。



「【甲虫かぶとむしつの】を使用しますか?」


と女性の声のアナウンスが流れたのだ。



「えぇっ!?

 角を使用する?

 いまこのタイミングで?

 それって頭に角が付くのかな?」


晶の問い掛けにナビゲーターは反応しない。

さすがHCが作成したゲームだと感じられる、

【人間の無知】というものにすごく不親切だ。

そこらへんは人間側が勝手に把握するしかないのだろう。


『おっ、おっ、おっ。

 ってーことはぁ~、

 【大梟】はキャンセルだぁ~。』


晶はパネルを操作してキャラメイクの設定画面に戻す。

角がどう使用されるかは不明だが、

攻撃用にセットされるのは間違いないだろう。


六種の猛獣たちの中で、角があれば闘いの幅が広がりそうなもの、

それを慎重に見極めなければいけない、晶は真剣な顔で考え込む。

もしかしたらこの一回で【甲虫の角】は消えてしまうかもしれないのだ。

慎重にならざるを得ない。


『牛とウサギは既に角があるから除外。

 猫は爪があるから付くなら頭かな?そうすると頭突きが弱いから除外。

 大梟は素早いけど体重が軽いからなぁ、突き刺す攻撃は厳しい、除外。

 そうなると蛇、もしくは再び狼かぁ・・・』


晶の中で決断の瞬間がやってきた。


「よぉーし!決めた!」


「【甲虫の角】を使用しますか?」


「もっちろん!【はい】だぁー!」



「それではゲームスタートです。


 生き残るため、戦うのです。」


晶は【甲虫の角】の影響がどうなるか期待しながら【SR】の世界に乗り込んだ。



目を開けると晶は岩場にいた。


タモンと話した場所とは別のようだ。

身体は前回ウィッカーマンにやられた時と同じぐらいの大きさに思える。

目線の高さが同じぐらいだ。


角は生えているのだろうか?

晶はどうにか自分の姿を見ようとぐるぐる回り始める。

しかし奮闘虚しく角は確認出来なかった。

ふさふさした尻尾が見えるばかりだ。


ふと、晶は地面に自分の影があることに気付く。

太陽は雲に隠れているためぼんやりしているが、確かに影だ。

自分の姿を影で確認してみる。


頭に角が生えていた!


『やっぱりと言えばやっぱりかな。

 そこ以外に生えてたら邪魔だもんね。

 ふふふー、でも格好良いんじゃない?

 んー、【一角狼いっかくおおかみ】爆現でしょ!』


そう、選択したのは【狼】だった。


スキルを確認すると前回獲得した【突き刺し】が残っている。

いや、残ったのではなく【甲虫の角】を使用した影響なのかもしれない。


角はどんな感覚なのかと晶は頭を振ってみる。

すると不思議なことにつむじ風が発生して前方へ飛んで行った。


「は?」


思わず晶は声に出して疑問を発してしまう。


『んんん?

 いま、何が起きた?』


晶は先刻と同じ動きで角を振ってみる。


やはりつむじ風が発生して前方へ飛んで行く。


『えぇ?

 これって特殊攻撃なのかな?』


晶は近くの岩に向けてつむじ風を飛ばす。

岩に当たったつむじ風は周囲の砂を撒き散らしながら消えていく。

どうやらあまり攻撃威力は高くないようだ。


『でもこれは便利かもしんない。

 念願の遠距離攻撃だし。

 【甲虫の角】のおかげなのかな?

 ウサギとかでもこの風の攻撃できたのかな?』


むむむ、と晶は考えてみるが、答えが出るはずもない。

ふと思い出してアイテム確認をしてみる。

すると【甲虫の角】はまだ欄内に存在していた。


『おぉ~、良かった、無くなってない。

 でも死んだら無くなるかもだなぁ、油断できないね。』


晶は角の存在がイレギュラーなものに感じていて、

いつ無くなるか分からない、そんな心構えだった。


晶がここぞとばかりに頭を振り続けつむじ風で岩を攻撃していると、

スキルに【辻風つじかぜ】が薄く追加された。


『おっ、スキルが付いた、

 ってことはぁ~、この風の攻撃は簡単には無くならない、かな?』


しかし油断しないと決めている晶は空腹を感じるまで

何回もつむじ風攻撃を繰り返した。


やがて空腹感を感じ始めたころ、晶の嗅覚に覚えのある臭いが感じ取られた。


『あの餓鬼がきってやつだ。

 よぉ~し、この【辻風】の試し撃ちだぁ~!』


【甲虫の角】による恩恵に心躍っている晶、

気持ちそのままに軽やかな足取りで餓鬼のいる方向へ進んで行く。


餓鬼は一匹だけだった。

特に気配を消さずに近付いたので向こうもこちらに気付いているようだ。

「ギャギャッ!ギャギャッ!」と耳障りな奇声を上げている。

晶は【螺旋突破】で近付いていき、【辻風】を仕掛ける。


「ギギッ!

 ギャ?」


餓鬼の土手っ腹にクリーンヒットしたはずのつむじ風だが、

大したダメージは与えられなかったようだ。


餓鬼はこちらを馬鹿にしたような仕草で手を叩き合せている。

そんな煽りに晶はまんまと乗ってしまう。


「こ・い・つー!

 ムカついちゃったんだからねー!」


晶は先程の【辻風】を餓鬼の顔面に向けて飛ばす。


餓鬼はその攻撃を読んでいたのか横に飛んで躱す、


しかしそこには一角狼がその鋭い角を突き立てんと猛然と迫っていた。


餓鬼は為す術なくその鋭い角の一撃をまともに喰らい、砕け散った。


『ほっほぉー、もう餓鬼程度だと練習台にしかならないなー。

 しかし【辻風】は攻撃力ないなぁ~、進化すればいいんだけど、どうかなぁ?』


晶は未だ止まない空腹感に鼻皺を寄せながら、

次の獲物を探しに駆け出した。

今回は山とは逆方向に向かっている。

【ウィッカーマン】にはまだまだ挑めないからだ。

まずは対多数の戦法を獲得したい。

【辻風】では無理だろう。


『でもさっきの角攻撃はかなりの威力だった。

 【突き刺し】と【頭突き】のスキルが効いてるのかな?』


考えながら走る晶だったが、その嗅覚での【気配探知】は怠っていない。

近くに初めて嗅ぐ匂いを発見した。


晶は慎重に岩場を進む。

やがて岩場の陰から奇襲をかけようと狙っている【鉤爪猫】を探知した。


「姿は隠せても匂いが隠せてないよ。

 ネコちゃん、出ておいで。」


晶のそんな煽り言葉に豹とも思える鉤爪猫が不機嫌さを隠しもせず姿を晒す。


「まったく、狼も犬と同じで鼻がいいんだな。

 ん?

 お前その角はなんだ?

 狼じゃないのか?」


「カブトムシに勝ったら手に入ったんだよ。

 だから私は一角狼なーのだー。」


「頭の悪そうなこと言ってやがんな、

 馬鹿じゃねーのか。

 おい、お前、名前は?」


「む、

 そういう時は自分から名乗んなさいよ。」


「ちっ、クソ生意気な女だ。

 偉そうに言いやがって・・・

 俺はプルフラスだ。」


「私はアスラだよ。」


晶は基本的にプレイヤーと話すのは好きなのだが、

こんなに非友好的に接されるとその気持ちも萎えてしまう。


「じゃあ正々堂々勝負だよ。」


「はん、甘ちゃんなこと言いやがって。

 すぐ絶望させてやる。」


もう晶はプルフラスが何を言ってもイライラしてきていた。


無言のまま駆け出し距離を縮めると全力で【遠吠え】を上げる。


「ワオォーーン!!」


「ウッ!なんだ!?身体がっ?」


硬直するプルフラスの顔面に間髪入れず【辻風】を連発で叩き込む。


「グァッ!目がっ!」


怯んでいる隙に晶は全力で突っ込んで行きその殺意の角を突き立てる。


晶の嫌悪感が籠もった角は鉤爪猫の顔面を貫き、そのまま胴体まで貫通した。


晶はプルフラスに末期の言葉も発せさせず電子の墓場へ葬り去った。



ほんの少し話しただけなのに晶はかなり嫌な気分になっていた。

おそらく性格的によほど合わない相手だったのだろう。

しかし晶は空腹感が消え去るのを感じていた。

嫌な奴だったが強さは持っていたらしい、


『なーんかな気分だなぁー。

 仲良くしようって思わないまま接してくる人って、

 どんな気持ちで話してるんだろ?』


晶の父が言っていたようにこの【SR】は殺伐とした魔界だ。

仲良くしようとしても結局殺し合うことになるだろう。

しかしそれはゲーム内だけの話だ、と晶は考えている。

スポーツゲームなどでも試合終了後はノーサイド、

負けた悔しさは練習などで利用すればいいという考えだ。

先程のプルフラスのような非友好的タイプには今まで馴染みが無かった。


『あぁ~あ、

 なんかやる気なくなっちゃった。』


晶は脳内でシステムを呼び出す。

目の前に半透明のパネルが出現したのでクリアアウトを選択する。

【SR】では初めての途中退出となるので少しだけ緊張している。

一応ナッキィ達の話では、周囲に敵がいない状況ならばペナルティは無い、

と聞いているのだが、不安な気持ちは完全には拭えない


そんな憂鬱な気分のまま視界は暗闇に隠れ、

気が付けばまた白い世界に戻されていた。



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