奔放な研究
森林のエリアボス【牛鬼】を倒した恩恵は大きいように思えた。
晶は【熊童子】戦以来の力の湧き立ちに期待が高まる。
喜び勇んで脳内パネルを開きスキルの確認を行う。
『あ、やっと進化したぁ。
【金剛破邪】が【七宝調伏】ね。
【しゃくじょー】がますます強くなるなぁ。』
晶は右手の相棒をニマニマと見つめる。
『えーと、あとはアイテム【牛鬼の糸】を取っただけかー。
まぁ【タラカースラ】に進化したばっかだし、しょうがないか。
しゃくじょーのスキルが進化しただけでも良かった。』
感じた力の湧き立ちはおそらく身体能力向上に回ったと思われる。
錫杖を片手で振り回すと風切り音が今までと違って聞こえた。
「いいぞーしゃくじょー。
光ってるじゃないのー。
でも【七宝調伏】って何なのかな?
しゃくじょー、わかる?」
本気十割で錫杖が応えてくれるとは思っていないが、
遊環を煌めかせる錫杖を見ていると何か教えてくれそうに感じてしまい、
本気が一割ほど混じる。
しばし相棒を眺めていた晶だがやがて溜息を吐き黙考する。
『さて、これからどうしよう?
新スキルの練習しようにも【七宝調伏】はよくわかんないしなぁ。』
晶は錫杖を振り回しながら歩き始める。
まずは森林を抜け荒地で休憩するためだ。
またマンティコアが出てきてはたまらない。
道すがら晶は錫杖に話しかけながら歩みを進める。
様々試して【七宝調伏】とは何なのかを探り続ける。
「単純に考えればしゃくじょーを使った攻撃力が上がったってことだよね?
でも本当にそれだけ?
字の意味で考えると金剛から六種増えてるよね?
それともしゃくじょーが七種類の姿に変わるのかな?」
先程から晶はずっと錫杖に語りかけ続けている。
以前錫杖を初めて呼び出したときが偶然の声掛けだった為だ。
今も何か言葉によるスイッチが入らないか、と心のどこかで期待している。
「しゃくじょーの時みたく名前を呼べばいいのかな?
【錫杖】、うーん、【剣】【カタナ】【槍】【ハルバード】【ヴァジュラ】
【宝棒】【象鞭杖】、えーとあとは・・・」
結局何も変化は起きない。
武器名は違うのか、と晶は言葉の種類を変える。
「じゃあ・・・【宝】だからなぁ、
【サファイア】【ルビー】【トパーズ】【エメラルド】・・・、
えーと、もう浮かばないよー。
どうしよ【しゃくじょー】なんかある?」
三つ首四腕の厳つい姿の人狼が弱々しい声で手に持つ錫杖に話しかけている。
歩く振動により錫杖は遊環が擦れて音を鳴らし煌めいている。
晶にはそれが錫杖の返事のように感じられ一人語りを続けてしまう。
「しゃくじょーは金色にピカピカ光ってカッコいいよね。
あ、【宝】といえば金銀財宝かな?
ホログラム童話でそんなのが出てきたなぁ。
しゃくじょーは金だから銀もあるのかな?」
途端に錫杖が音も無くピカリと強い光を放った。
ピタリと足を止め右手に持つ錫杖をじっと見つめる晶。
「【しゃくじょー】?」
戸惑いながら再び呼びかけて見つめ続ける。
だが錫杖には何の変化も見受けられない。
埒が明かないと感じた晶は森林を抜けるためダッシュし始めた。
一気に森を抜け林地との間の荒地で錫杖の研究をするために。
全力で駆け抜ければあっという間に荒地に到着できた。
晶は勢い込んで右手に錫杖を呼び出し再び語りかける。
「しゃくじょーしゃくじょー!銀色になれるの?」
先程と同じような質問をしたが今度は錫杖に変化は見られない。
「うんむー、しゃくじょーは気軽には話せない感じ?
でもさっきは反応してくれたよね?
しゃくじょーと意思疎通出来るようになるのが楽しみだよー。」
晶は手首をクィッっとスナップを効かせ動かし錫杖を消し収める。
もう掛け声無しでも錫杖の出し入れは可能になっている。
晶はこの無機質の相棒にかなりの信頼を寄せている。
それだけに先程の返答を思わせる発光に大きな衝撃が内面を震わせていた。
「金色しゃくじょぉっ」
掲げた右手にジャランッと錫杖がいつも通り現れる。
手首をスナップさせ消す。
「銀色しゃくじょぉっ!」
少し緊張気味に錫杖を呼び出すとなんら変わらぬ錫杖が現れた。
まじまじと観察してやはり何も変化が無いことを確信して消し去る。
「うーん、絶対なんか変わると思うんだけどなぁ?
呼び方かな?【銀】って違う言い方何があるかな?」
そこから晶はいくつか試してみる。
錫杖を呼び出しては消すことを繰り返す。
「白銀しゃくじょーっ」
スッ
「シルバーしゃくじょーっ」
スッ
「白銀しゃくじょーっ、
あっ!?」
晶は右手に現われた錫杖の色に驚愕する。
いつもの金色ではなく銀色に煌めく錫杖が右手に握り締められていた。
「お、お、お、お、おぉぉぉ!!
ウワオー!しゃくじょーのニューヴァージョンッ!
すんごいぞしゃくじょーっ!」
晶は興奮のあまり叫び出す。
何が凄いのか分からないがとにかく「すごい!すごい!」と跳ね回る。
はしゃぎまくった挙句無意味に竜巻や礫を撒き散らす。
【SR】初心者が遠目で目撃したら確実にエリアボスと勘違いするだろう。
「よーししゃくじょー!
キミの新たな力は何だー!?
いっぱい調べるぞー!」
そこから晶は一転して黙り込み白銀錫杖の使用法を試し始めた。
振り回す際の手応え、地面に石突を叩きつけた時の遊環の鳴り方煌めき方、
両手で握り構えて眼を閉じ今までとの違いが無いかを全身で確かめる。
「……うーん、ちょっとだけ、体力回復が早い、かも?
そういうことかな?ねぇしゃくじょー?」
白銀錫杖は荘厳な美しさを湛えたその身で晶の視線を撥ね返す。
「金色は今までのしゃくじょーだよね。
そんで白銀しゃくじょーに変化した。
他にもありそうだよね?」
晶は錫杖を手首の動きで消し、再び様々な呼び方で錫杖を出し入れし始めた。
「ふひぃ~、づかれだぁ~。
お腹も空いてきちゃったよぉ~。」
金色に輝く錫杖を両手で握り締め、
杖のように自分の体重をかけもたれ掛かる。
『んー、【吸気精】でちょっと体力回復しよっかな。
となるとー、誰と戦おうかなぁ?』
晶は既に弱い敵が逃げていくスキルを多数所持している。
【鬼殺し】【蛾の天敵】【蒼翼祓魔】
【河童の天敵】【土竜大将】【同族殺し】
というスキルのため、既存の六箇所のエリアでは強敵以外遭遇しなくなった。
スタスタと林地を抜けるまで普通に歩いたが何者も寄って来ない。
林地では先程ハルピュイアとグリフォンを退けたので、
もう残るはエリアボスの【以津真天】ぐらいだろう。
歩きながら晶は思考を続ける。
『んー、いないかなー?
ちょっと弱くてー、亡霊系じゃなくてー、
舐めてかかっても心が痛まないようなやつー・・・』
そんな晶に近付いてくるものがいた。
晶はその存在の接近を無感動に迎え入れる。
「おい貴様!昨日はよくも卑怯な不意打ちをしてくれおったな!
26の軍団を率いる序列34番の地獄の大伯爵!
この【フルフル】様を謀った罪は重いぞ痴れ者がぁっ!」
鹿頭の悪魔、フルフルがまた会うなり晶を罵倒し始める。
晶は三つ首四腕になり少しだけ大型化しているが、
フルフルは同一人物と確信しているようで、晶はそれを不思議に思う。
「えー?それホントに私かなー?
キミみたいな悪魔なんて私会ってないかもだよ?」
「ハンッ!馬脚を現しおったな下等生物めがっ!
貴様のことは【ブエル】様より聞き及んでおるわっ!
嘘で塗り固められた自分の人生を恥とも思わんのか貴様はっ!」
確かに晶は今ちょっと惚けてみたが嘘を言ったつもりは無かった。
しかしどうやら悪魔同士はネットワークが繋がっているようだ。
フルフルやブエルのようなよく喋る系の悪魔は仲良しらしい。
「ぶー、嘘ついてないよ。
キミと話したくなかっただけだもんねー。」
「喋れば喋るほど浅慮を晒すな貴様は!
知能が低いならばそれを自覚して我のような高貴な者の前ではひれ伏せぃっ!」
「私は弱いのに偉そうなやつは大嫌いなの。
キミは、ま・さ・に、そういうタイプ。
ぶん殴りたくなる代表的存在だよ。」
晶は心の中でHCに感心する、
人間のことをよく理解できていると。
人間がイライラするような行動原理がこのフルフルには設定されているのだろう。
すなわちHCが人間の感情はどうすれば揺り動かせるかを理解しているということになる。
『HCが感情機能搭載のロボットを創る日も近いかもなぁ。』
そんなことを考えながら晶は眼の前のフルフルの罵詈雑言を聞き流していた。
「聞いているのか貴様!
それともその低い知能では我のような高尚な者の言葉は理解出来ぬか!
もうよい!
出でよ、我が下僕どもよっ!」
そんなフルフルの号令によって地面からゾワリと無数の影が湧き出てきた。
その影はやがて黒馬に乗った黒騎士の姿へと変貌する。
しかしその騎士にも馬にも、首が存在せず代わりに青白い炎が揺らめいていた。
「おっ、【デュラハン】だぁ、知ってる知ってる。」
「気安く我が下僕の名を呼ぶな痴れ者!
さぁ、潔く我が下僕の槍に貫かれるがよいわっ!」
フルフルの言葉に従いデュラハン十三騎が晶に向かって動き出した。
主人の命に従い脇に構えた槍によって晶を貫かんとしているのだろう。
「しろがねっ!」
晶が白銀錫杖を呼び出しその石突で地面を叩き遊環を鳴らし煌めかせる。
「ウオオオォォォ―――――ン!!!!」
そして大きな咆哮を上げた。
【魔狼の咆哮 改】【吸気精】【降魔】の併せ技だ。
だが、今回は晶の想定外のことが起きた。
吸い込む力が格段に違っていたのだ。
そしてそれは白銀錫杖から放たれる光によって為されていると思われた。
白銀錫杖から光線のような光が放たれデュラハンとフルフルを貫く。
そうして貫かれたところから光の粒子が舞い上がっていき、
それを晶の両肩の狼の口がどんどんと吸い込んでゆく。
十三騎のデュラハンは全て吸い込まれ、フルフルも地上へ落ち、膝を震わせる。
晶は空腹感は収まっていないが、先程まであった倦怠感は消えていることに気付いた。
「なるほどね、吸気精と降魔の強化がしろがねの力の一つ、ってことかな?」
白銀錫杖の遊環が揺れてもいないのにピカリと光る。
偶然なのか意志があるかわからないが、晶の心に嬉しさが湧き上がる。
満面の笑みを心の中で浮かべながらスタスタとフルフルの許へ歩み寄る。
そして、
ボゴォッッッ!!!
全力でぶん殴って電子の墓場送りにした。
一瞬で砕け散ったので末期の言葉は無い、特に聞きたいと晶は思わなかった。
まだまだ自分は強くなれる、その思いだけが今の晶の心を独占していた。




