女面鳥再び
【牛鬼】がどういう存在かは既に予習してある。
晶はインドラから聞いていた牛鬼の特徴を思い出し周囲を見渡す。
六つの眼で慎重に木々の枝を視線によって包んでいく。
『蜘蛛の糸があちこちに張られてるんだよね。
ここらへんには・・・無いみたいだね。』
以前森に入った時には牛鬼の気配を察知して逃げ出した。
おそらく気付かぬうちに蜘蛛の糸に触れてしまい牛鬼を呼び寄せていたのだろう。
牛鬼には【以津真天】と同様に【強者の圧】を感じた。
インドラと来里もそのようなことを言っていた。
牛鬼のやっかいなところは【毒】があるところだ。
インドラは来里と協力して挑んだため、
毒攻撃は【浄化牙】で癒しながら戦えたらしい。
晶としては毒攻撃をいかに躱すかが重要命題だ。
また、牛鬼は八本の脚全てが鋭く尖った爪でできているらしい。
それに口から吐き出される粘液や糸での攻撃は当たったら最後絡め取られる。
糸はなかなか切れなくて耐久力はかなり高いとのことだった。
簡単に燃やせるようだが晶の【迦楼羅狂焔】は連発出来ない。
『攻撃や糸の妨害を躱しつつ脚か頭部を狙い撃つ、
ザラタン戦と同じ戦法になるのか、なんか工夫出来るとこは無いかな?』
考えている内にまた黒犬の群れが近付いてきているのが感じられた。
『この流れはまずい。
また【鬼殺し】的なスキルを取っちゃって強敵が現れて、
倒したところでエリアボスが出てきちゃう気がする。』
そう考えをまとめた晶は走り出す。
【瞬動】を使った高速移動に黒犬たちは追いついてこれない。
晶は再び森林の入り口付近に戻ってきた。
『よしよし、今日は出たとこ勝負はしないんだから。
ちゃーんと考えて、【自由】に戦うって決めてるんだもんね。』
晶は空腹感を堪えながら深呼吸を身体全体を使い行う。
晶は今日は自由気侭にプレイしようと決めている。
なんとなくの流れで激戦に臨みたくはなかった。
【心の余裕】を維持したまま【SR】を満喫したいのだ。
『インドラから聞いた話で牛鬼の一番嫌な攻撃はアレだよね。
小さい蜘蛛を吐き出してそれに捕まると毒を受けるやつ。
それさえクリアすれば戦えるんだけどなぁ。』
晶は牛鬼の最も厄介な攻撃方法に頭を悩ませる。
インドラはその攻撃に対し【天上の白炎】や【電光雷轟】の広範囲攻撃で迎撃し、
撃ち漏らして毒を受けても来里の【浄化牙】で回復出来たとのこと。
牛鬼から吐き出される蜘蛛は小さいと言っても人間の頭程度の大きさはあるようだ。
晶の【心眼】で捉えることは十分可能だろうと思われた。
しかしそれを一度に倒す方法が思いつかない。
同時に牛鬼本体の攻撃も躱す必要がある。
『うーん、現状では難しいのかな?
いや、いまは何も工夫してない、
手持ちの武器を上手く活かして戦う方法は無いかなぁ?』
晶はスキル確認をして自分の戦闘スタイルを見直してみる。
まずは最近使用していないスキルが無いか探してみる。
【魔狼牙】は噛み付き攻撃だ、まだ【禍獣】のキャラの頃に取得したスキルだが使用頻度の少なさから進化が止まっている。
【メテオタックル】は体当たり攻撃、これもかなり前に取得しているが使用頻度は少ない、ここから進化したらどうなるかとの興味は持っている。
【金剛破邪】は錫杖を操る杖術のことだ、頼れる相棒に晶はいつも助けられているがこのスキルもなかなか進化しない、使い方に工夫が必要なのだろうか?
【毒撃】は尻尾による毒針攻撃、【尾擲撃】は尻尾で叩く攻撃だ、どちらも使いどころが無いまま燻っている、この先も燻り続けるだろう。
『うむむぅ、あとはいつも使ってるスキルかー。
新スキルの【吸気精】と【降魔】もあるけど、
まだ発動方法もわかってないしなー。』
晶は逆立ちしながらスキルについて考える。
両肩の狼の顔が圧迫されて歪む、少し痛い気がする。
『それにこの合掌してる両腕はピクリとも動かないし。
困ったもんだよ、ホントにー。』
今度は寝転がって仰向けになり、尻尾で身体を持ち上げようとしながら考える。
『【迦楼羅狂焔】とか【多段空歩】はすんごく疲れるからなぁ。
練習で連発するとゲーム終了時間が早まっちゃうよねぇ。』
手足の爪による爪先立ちをしてプルプル震えながら思考を継続する。
しかし良い工夫案は浮かばず新たなスキルも見つけられなかった。
傍から見たらただ奇行を繰り返しただけに見えたことだろう、
だが晶は恥ずかしく思わない、やりたくてやっている奇行なのだから。
やがて空腹感に耐えられなくなり林地へ移動を始めた。
ハルピュイアかグリフォンと戦って飢えを満たそうと考えたのだ。
『ピュイピーどうなってるかなぁ?
また強くなってるかなぁ?』
晶はハルピュイアの変化を楽しみにしながら林地へ到着した。
晶の希望通りハルピュイアは現れた、ただ、一人ではなかった。
「久しぶり、ピュイピー。
元気してた?」
「ピュイ!」
「キミも久しぶり、グリフォン。
あれから強くなった?」
「クァ――!」
ハルピュイアはグリフォンと仲良く一緒に登場した。
「あれー?君たち他のNPCとかに攻撃するタイプじゃなかった?
なんで仲良しなの?あ、恋人同士になったのかな?」
「ピュイ!」「クァ――!」
二匹の反応が肯定なのか否定なのか判別できないまま、晶は襲われた。
前回も見せたハルピュイアの羽根攻撃とグリフォンの羽根攻撃、
二匹同時に行われたため範囲が広がり晶に逃げ場所は無い。
「てりゃっ!」
晶は前方に【軍荼利颯天】を放ちその後を追走した。
竜巻が羽根を上空に押し上げ進み、後ろを走る晶には当たらない。
そして【多段空歩】でグリフォンに迫り、両腕を振り放ち狼爪を顕現させる。
【毘摩狼斬】によって生み出された真空の刃は避けようと横移動を始めたグリフォンの胴体を切り裂き貫いていった。
晶は更に空を蹴り後ろから飛来したハルピュイアの鋭い羽根攻撃を躱し着地した。
「さぁどーするピュイピー?
一人になっちゃったぞー?」
悪戯っ子の笑顔をしながらハルピュイアを挑発する晶。
するとハルピュイアは初めて怒りの表情を見せた。
「ピュイ!ピュイ!」
二度高く鳴いたかと思うとハルピュイアは高速で移動を始めた。
それはグリフォンが得意とする横移動も含めた動きだ。
「うわわっ!」
晶が思っていた以上にハルピュイアは進化していた。
ハルピュイアが翼をはためかせると竜巻が出現して晶に向かってきたのだ。
『でも当たらなきゃいいし当たっても大したこと無さそう』
と晶が考えた瞬間、ハルピュイアは竜巻に向けて大量の羽根を注ぎ込んだ。
「うぇっ!?」
竜巻に飛び込んだ羽根は全方面に向かって飛び散らされる。
しかも竜巻は一つでは無かった、第二第三の竜巻がいつの間にか創りだされ、同様に羽根を撒き散らした。
「うぐっ!」
一回目の竜巻からの羽根は躱せた晶だが第二波以降はまともに喰らってしまった。
痛みに鼻皺を寄せて唸る晶にハルピュイアが迫る。
その最大の攻撃手段である足の鉤爪で晶を捕らえんとしているのだ。
「しゃくじょぉっ!」
晶は相棒を呼び寄せハルピュイア目掛けて横薙ぎに振る。
だがハルピュイアは素早く横移動で躱し晶の左肩にその鉤爪を喰い込ませた。
「ピュイッ!!」
そのまま左肩を砕くかと思われたハルピュイアが急に狼狽えた声を上げて鉤爪を離し上空へ逃れる。
そのとき晶は感じていた、また両肩の狼の口が何かを吸い込んだ感覚を。
『【吸気精】が発動したんだ、錫杖を振ったからかな?
何にしろ助かった、ピュイピーめ、強くなったなぁ。』
晶は上空に逃れて警戒した顔つきのハルピュイアを睨む。
身体に刺さったハルピュイアの羽根がじくじくと痛むが構ってられない。
「ピュイピー!さすがだね!
さぁっ!この【アスラ】の強敵たる強さをもっと見せてっ!」
晶は言うや否や再び右腕を振り竜巻を起こし追走した。
ハルピュイアも竜巻を起こすが晶はその竜巻にむけ腕を振る、
晶の竜巻の方が格段に大きいためハルピュイアの竜巻は消し飛ぶ。
ハルピュイアは晶の竜巻に羽根を打ち込むが羽根は全て上空へ昇ってしまう。
「しゃくじょぉっ!」
万策尽きたハルピュイアの眼前に晶は躍り上がりその胸元へ錫杖の槍先を突き立てた。
「ピュイピー、ビックリしたよ、すごく強くなってるじゃん。
もっと強くなれるの?」
「ピュイ」
「次会うのが楽しみだよ、またねピュイピー。」
「ピュ」
電子の霧を放ちながら消えゆくハルピュイアと話す晶。
ハルピュイアと戦うといつも何かに気付かされる、そう晶には思えた。
ハルピュイアを見送ったあと、晶は身体に刺さった羽根も消えているのに気付いた。
羽根が刺さっていた部分はまだ少し痛む、
それを己の慢心の報いと晶は謙虚な気持ちで受け止める。
『気持ちに余裕を持つのは大事だけど、相手を舐めちゃダメだよね。
ごめんねピュイピー、グリフォン。』
晶の空腹感はかなり軽減された、それはハルピュイアの強さを物語っている。
晶は今の戦いで様々なことを学べたように思えた。
『竜巻に羽根攻撃みたいに、技は組み合わせられるのかぁ。
それに技の特性を活かした戦い方、
あと【吸気精】の発動も確認できたし、ピュイピー流石だよー。』
晶は改めて敵NPCでしかないはずのハルピュイアへ感謝の念を送った。
それはインドラや来里に向けるのと変わりない、素直な気持ちの発露だった。