煌めく相棒
晶はインドラと来里と別れホームへ戻る。
名残惜しさはいつも感じるが今日はひとしお寂しく思われた。
別れ際に二人にハグをした際にはインドラに目を丸くされた。
心に余裕を取り戻した晶は再び居間で家族と談笑する。
心底では気持ちの齟齬は残るものの、
今すぐ解決できる類いのものではない。
就寝の挨拶を交わし晶は自室に向かいベッドへ潜り込む。
『今日という日を私は一生忘れずにいられるかなぁ?』
【友達】という存在を肌で感じられた日、
【友達】という存在と気持ちがすれ違った日、
【友達】という存在と素直に話せた日、
晶は今日という日を、いつか振り返った時に、どう思い返すか、
そんなことを考えながら、次第に穏やかな寝息をたてて、安らかに眠り始めた。
朝の光を感じて晶は目を覚ました。
まだ微弱電気による目覚まし機能は作動していない。
まばたきを繰り返しながらゆっくりと仰向けに体勢を変える。
『今日は何をしようかな?』
未だ眠気を微かに感じながら考えるうちに数回心地良く微睡む。
『【申請】して今日は一日【SR】してみようかな?』
うまく働かない思考回路で晶は今日という日は【自由に過ごす日】と決めた。
そう決めてしまうと今こうしてだらだらしていることが勿体無く感じ始めた。
すぐに跳び起きて着替えを完了させる。
「おや、アキラおはよう。
どしたの?今日は早いね。」
「なんか目が覚めちゃったんだ。
【申請】して今日は授業無しにするつもり。
体力の限界まで【SR】をやってみる。」
「えー?無茶しないってママと約束したでしょ?」
「無理はしないよー、ただ今日は自由にやってみたくなったの。」
母を宥めて晶は伸びをしながらソファに沈み込む。
パネルを操作して本日の授業設定を無しに【申請】する。
普段真面目に授業を受けているため問題なく許可される。
そのまま母とお茶を飲みながら他愛もない話をした。
やがて父や祖父母も加わり、久々に【SR】以外の話を沢山した。
今まで家族と数え切れないほど話してきたはずなのに、
まだ晶が知らない話を両親祖父母から聞かされる。
朝食を終えても晶は色々な疑問をぶつけ、色々な質問に答えた。
話し疲れたところで晶は自室へ戻り【SR】を始めた。
晶は旅立つ、知らないことばかりの世界に向けて、探究心の赴くままに。
「それではゲームを再開します。
魔界の王を目指し、戦うのです。」
『今日は魔界の王を目指す戦いはしないつもりだよ。』
アナウンスに対し晶は心の中で異を唱えながら目を閉じる。
光の奔流が閉じたまぶた越しに感じられる。
それがおさまり目を開けると見慣れた紫の空が見えた。
『これで、何回目のプレイだっけかなー?』
今日が配布日から数えて十日目であるのはわかっていたが、
何度目のプレイなのかは数えていなかった。
特にこだわっているわけでもないのでそんな疑問はさらさらと消えゆく。
昨日なんとなくクリアアウトした場所は砂漠と草原の間の荒地だった。
『まずはのんびり歩こうかな。』
晶は錫杖を取り出し、ぶんぶんと振り回しながら歩き出す。
ジャランジャランと遊環を鳴らし、遊ぶように錫杖を操りながら踊り歩く。
空腹感はあるが耐えられない程ではない。
寄ってくる敵がいれば倒せばいい、そんな気分だった。
草原に入るとすぐに大百足が出現した。
これで対戦は三度目だろうか。
前回は来里と大蟹の戦いを見守りながら戦った記憶がある。
晶は平常心で大百足と対峙する。
「ムカデくん、また会ったね。
今日は余所見無しの全力でお相手するよ。」
大百足はギチギチと牙を鳴らすと晶の左斜め上から弧を描き飛び掛かってきた。
晶はそれに対し全力で宙を殴りつける、全開の【軍荼利颯天】の発動だ。
竜巻が突進する大百足の頭部と激突し、その勢いを弱める。
その間に晶は【瞬動】で駆け寄り地表の胴体部分を全力で殴り始める。
以前は砕けなかった表皮がバキバキと音を立て割れていく。
「しゃくじょーっ!」
その割れた部分目掛け錫杖を突き入れる。
錫杖の槍先が胴体の反対側まで突き抜ける手応えを感じたあと空中へ飛び跳ねる。
大百足が必死に反撃して晶へ爪の一斉射撃を行ったのだ。
黄色く長い爪が先程まで晶がいた場所に次々と突き刺さっていく。
晶は【多段空歩】で空中を駆け、大百足の頭部付近で今度は脚を振り抜く。
【金剛夜叉礫】によって大百足は牙をへし折られ、さらに触角まで失ってしまう。
再び砕けた表皮部分に舞い降りた晶は交差した両腕を全力で解き放つ。
【毘摩狼斬】によって出現した真空の刃が大百足を両断した。
それでもなお大百足は晶に一撃を加えようと頭部を打ち付けてきた。
「しゃくじょ―――っ!!」
晶はそれに対し錫杖の投擲で応える。
大百足は頭部を貫かれ力無く地に墜ちもがく。
そのままでも電子の塵となると思われたが晶は全力で介錯する。
勢いよく両手を叩き合せ【迦楼羅狂焔】を発動させたのだ。
ゴオオォォォ―――――ッ!!!
大百足は踊り狂う炎の蛇に呑まれ消えていった。
「ムカデくん、次は新しい技を見せてよね。」
晶はNPCも強さを変化させることを確信している。
声を掛けることで次回の対戦時に変化が起きることを期待していた。
以降草原では晶の前に現われるNPCはいなかった。
何回かプレイヤーが近くを通ったが強敵は見当たらなかった。
向こうも晶を見るとギョッとした動きをして逃げ出していった。
三つ首四腕の大きな人狼は見た目にインパクトがあるようだ。
晶は初回プレイで草を食べてあまりの不味さに吐き出したのをふと思い出した。
進化した今の状態ならどう感じるだろうか?
思い立った晶は疎らに生えた近くの草を千切り口に入れ咀嚼する。
「ボゥエ!まっず!」
初回プレイと全く同じリアクションで草を吐き出した。
『んー、最初にプレイした時ってあと何思ってたかなー?
あ、五感が感じられるのに感動してたか。』
晶は地面にごろりと横になる。
兎の時は出来なかったので寝ながら地面をガリガリと爪で削る。
ダンダンと【追衝殴打】で地面をさらに深く抉る。
一メートルほど掘ったところで何も無いことを確認しやめた。
『ザラタンのあのツルツル滑る液体喰らったときも、
こうやって掘れば脱出できたかな?
いや、あん時は掘ること自体が出来なかったかー。』
穴の中に八つ当たりで礫を叩き込みながら晶は益体も無い考え事をする。
晶がぼんやり空を眺めると雲が流れていることに気が付いた。
『上空は風が流れてるんだなぁ。』
しばらく見上げていると何やら鳥ではない何かが飛んでいるのを発見した。
『あ!タモンが言ってた【ドラゴン】だっ!』
急激にテンションが上がった晶は飛竜を追いかけ始めた。
飛竜はかなり上空を飛んでいるため大きさが判別できない。
晶は【瞬動】を使いかなりの速度で移動しているが一向に追いつかない。
やがて進路上に森林が出現したところで晶は飛竜追跡を断念した。
『くっそー、ただ疲れただけだったー。
お腹すいたよー。』
ちょっと気ままにやり過ぎた、と少し反省した晶は周囲を見渡す。
強敵がいないか探してみるが近くにはいないようだ。
『うーん、気は進まないけどまたアイツを倒すかー。』
晶は気乗りしないが腹を満たすため、森林の奥へと分け入っていく。
そうして再会したのは幸か不幸か気持ち悪いアイツではなかった。
「おんやぁ、久しぶりだねクロイヌくん。
あ、お名前【バーゲスト】くんだったかな?」
晶は同族のつもりで親しげに声を掛けるが、
向こうからしたら似ても似つかぬ化物と思われても仕方ない姿をしている。
角を持つ黒犬、バーゲストはヘルハウンドの群れを引き連れ唸り声で威嚇を続けていた。
「あらー、キミたちお話は出来ないかなぁ?
キミたち結構頭いいよね?連携うまいし。」
話しかけ続ける晶を黒犬たちは徐々に包囲していく。
「んー、戦うしかないか。
しゃくじょー!」
晶は右手に現われた相棒を地面に叩きつける。
じゃらんと音を鳴らし錫杖は遊環を強く煌めかせる。
「えっ!?」
途端に黒犬たちは砂の城が崩れるように光の粒子を放ち消え去っていく。
黒犬の長であるバーゲストはグルルと唸りもがき苦しんでいる。
晶は事態がよく分からないが苦しむバーゲストを錫杖で突いて介錯する。
電子の塵となるバーゲストを見つめながら晶は状況を整理する。
『しゃくじょーの力が強くなったから?
ううん、きっと【降魔】スキルの影響だよね?
エミばぁばの言った通りだ!』
母方の祖母エミリィに【降魔】の意味を訊いてみると、
悪魔を屈服させることだと教えられた。
【悪魔】がどの範囲を示すか不明だが、とりあえず亡霊系には効くようだ。
晶は森林を進み、また黒犬の群れと出会い、同様に錫杖の力で圧勝した。
『てことは、砂漠でブエルの呪いを吸い取ったのは【吸気精】の方ってことだ。
よしよし、わかってきたぞー!』
今日は意味の無い自由な行動をしようと思い立ち滅茶苦茶してきた晶だが、
思いがけず判明した新スキルの内容に気持ちが湧き立つ。
「よーし!しゃくじょー!
この勢いでここのエリアボス、倒しちゃおっかー!」
右手に持つ頼れる相棒を高々と掲げ、
晶は満面の笑みで【牛鬼】打倒を宣言した。