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一切唯心造


とぼとぼと荒地を歩む三つ首四腕の人狼。

来里らいりでも見たらそれはひどく弱々しい姿に感じられて驚くだろう。

やがて人狼は歩みを止め、脳内パネルを操作し、魔界から姿を消した。



「はぁ~ぁ」


あきらは深い溜息を吐き、ポッドから降りる。

時刻は家族の夕食の時間に少し早いものだった。

気持ちが落ちた状態のまま自室を出て居間へ向かう。


「あれ?アキラ、【SR】はもう終わったの?」


「うん、今日はもういいんだ。」


落ち込んだ様子の晶に母や祖父母は顔を見合わせる。


「どうした晶?今日は来里とかインドの小僧たちと共闘したんだろ?

 うまくいかなかったのか?」


祖父憲吾の問い掛けに晶はゆっくり横に首を振る。


「ううん、それは大成功だった。

 みんなに助けられて感動して泣いちゃうくらいうまくいった。」


「フゥム、じゃあどうしてそんな暗い顔してるの?」


母エリーゼの質問に晶は今日の出来事を話していく。

共闘が成功して大幅に強くなれたが、

アルマロスを置いてきぼりにしたような気持ちになったことを伝えた。



「そうか、で、そのアルマロスって嬢ちゃんにメッセージは送ったのか?」


「うん、強くなったら闘おうって送っといた。」


「じゃあそれでいいんじゃねーか?

 向こうだって同情はいらねーみてーだしな。」


「ケンゴ、そういうことじゃないでしょ?

 アキラはアルマロスって子とわだかまり無く勝負したいの。

 そうでしょ?」


「うーん、そうなのかな?

 今なんか……気持ちが乗らない感じ。」


晶はエリーゼに膝枕してもらいながら母の膝をぐりぐりと撫でる。

母はいつも通り慈愛に満ちた眼差しで晶の頭を撫でている。


「まぁまた来里とかとフォーラムで話したらどうだ?

 今日そんなに仲良くなったなら話せば気分も変わるだろ?」


「うん、でもみんな強くなったら闘おうって言うから・・・、

 あんまりすぐに会わないでおこうみたいな雰囲気だし・・・」


「それはアキラがそう思ってるだけじゃない?

 ご飯食べたらメッセージ送ってみれば?

 きっと応えてくれるよ、それに来里は闘わないんでしょ?」


「うーん、そうかな?

 でも来里はみんなの情報をまとめる役になったから・・・」


うじうじと悩む晶にエリーゼや祖母ハンナはお手上げ状態になる。

するとある意味家族で一番空気を読まない憲吾が晶に説教を始めた。



「晶、六道輪廻と同じ仏教絡みで【一切唯心造】って言葉がある。

 世の中の全ての出来事は自分の心が造りだしたものだ、ってぇ考えだ。

 晶が今日仲間たちと共闘して【朋友の赤誠】ってやつを手に入れたり、

 そのアルマロスって娘と蟠りが出来たのも、晶の心が造ったってことだ。」


「ふへぇ?じぃじ、どういうこと?」


ポカンとする晶に憲吾はさらに話を続ける。


「本来は仏の心をどう理解するかっていう言葉らしいけどな。

 この世を地獄と思うか極楽と思うかは人の心次第、って解釈もある。

 晶、友達とどういう心で向き合うかで友達の在り方は変わるってことだ。

 じぃじの言ったこと、ゆっくり考えてみちゃどうだ?」


晶は寝転がったまま祖父の言葉を咀嚼する。

答えは出ないが何か心に引っ掛かっていたものは少し消化された気がした。


晶はそのまま母に促され父の部屋へ夕飯を知らせに行く。

父吾朗は晶が難しい顔をしているのに気付きあれこれと話しかける。

父の気遣いを嬉しく感じ晶は自然に笑顔になる。


笑顔で居間に戻ってきた晶を見て家族はホッと胸を撫で下ろす。

思い悩むことは人間的成長に繋がることではあるが、

愛する娘・孫娘には極力笑顔であって欲しいというのが親心だ。


夕飯を家族で囲み晶は今日の戦果を報告する。

共闘により今いるエリアでの探索に目途が立ち、

新たなエリアへの展望が開けてきたことを目を輝かせ語る晶。


家族たちも【SR】においてHCヒュージコンピュータが、

何らかの意図を持ってその設定を作製したことに疑いを持たなくなった。

共闘で全員に恩恵があったことや、NPCが明らかに知性や感情を持つこと、

プレイヤーの進化や強さの在り方などをかなり真剣に話し合った。


「アキラ、【SR】はただのゲームじゃないみたいだよ。

 おかしなことに巻き込まれないように気を付けるんだよ、わかった?」


「わかってるってばぁば。

 アキはHCに怒られるようなことはしないから、安心して。」


晶はなおも言い募る母や祖母を宥め自室に戻る。

仲間たちはまだ【SR】をしていると思われるので、

来里にメッセージを送り、母方の祖父母に会いに行く。



「ワーォ!アキラ!

 今日のアキラもすっごくキュートだよー!」


「ふへへ、もー、レオじぃじはいっつも大袈裟だよー。」


レオナルドとエミリィの熱烈歓迎を受け晶はご満悦だ。

ご機嫌なまま【SR】の話以外にもいろいろな話題に花を咲かせた。

その中には憲吾の言っていた【一切唯心造】の話もあった。



「なるほど、そーね。

 アキラの心が友達と仲良くなりたい想い一杯ならきっと仲良くなるーよ。」


「えへへ、エミばぁばに言われるとなんか安心するー。」


「あれ?レオじぃは?アキラ?」


「もちろんレオじぃじに言われても嬉しいよー。」


晶とレオナルドは仮想現実内で抱き合ってぐるぐる回る。


「レオじぃは仏教あんまわかんないけどね、

 心の在り方はわかるよ。

 【主の御心のままに】そう思って人生を過ごせばいいんだよ。」


「ふへぇ?なにそれ?」


「世の中の全ては神様によって為されるものだから、

 人間は心安らかにそれを受け入れるだけでいいの。」


「へぇー、好き放題しちゃっていいってこと?」


「ノンノン、清らかな心で神を受け入れなさいってこと。」


晶は理解が追い付かないがレオナルドがまたアメリカンジョークを飛ばし始め、

その話題はそのまま流れ去ってしまった。



三人でしばらく過ごした後、晶は自分のホームへと戻ってきた。

すぐに来里から返信があったことに気付いた。

晶は時刻を確認してフォーラムへ移動する。




「あ、姉ちゃん!やっと来た!」


「ごめーん、ちょい遅れた。」


来里が珍しくテンション高く迎えてくれる。

その横ではインドラが穏やかに微笑んでいた。


「インドラ、今日は楽しかったね。」


「もう本当に楽しかったよ。

 全力で戦うのは本当に素晴らしいね。

 あ、聞いたよ、アスラまたキャラ進化したの?」


「そうなんだよー!

 インドラみたいに頭が三つになっちゃった!アハハー!」


ナッキィから手の内をあまり晒すなと言われたのはもう頭から追い出し、

晶は思うままにインドラと来里相手に楽しく話し続けた。


インドラも晶の真っ正直な話に乗って自分たちの戦いの様子を話してくれる。

そして真っ直ぐに話しつつもお互いに闘いになったらどうなるかまで話し合う。



「インドラは大きいからなぁ、ザラタンに負けたのがまだ頭にあるなぁ。」


「ワタシはアスラの腕から出る見えない刃が怖いよ、

 足とかやられたら動けなくなりそう。」


「二人が戦う時は僕が審判しようか?

 怪我したら治せるし。」


「いやいや、死んじゃうまで闘うんだから審判いらないでしょ。」


「そうだね、中途半端な決着はしたくないね。」


「うわぁ」


女性二人の旺盛な闘争心に来里は鼻白む思いに包まれる。

来里も何度も死に戻っているため、やられる痛みは知っている。

あんな痛い思いを与え合うことを何故こんなに楽しげに話せるか理解に苦しむ。



「それで【ブエル】っていう変な悪魔に【タラカースラ】って言われてさ、

 そんでやっと自分が何に進化したか分かったの。」


「ワゥワ、アスラ【ターラカ】なの?

 狼の何かじゃなかったの?」


「ふへ?狼女のままだよ?狼の頭が三つで腕が四本、

 エミばぁばに聞いたけど【タラカースラ】ってインドの鬼女なんでしょ?」


「そうなんだけど狼は全然関係無いはず……、どういうことかな?」


「たぶんだけどプレイヤーごとに進化の仕方が違うじゃないですか、

 それと同様に姉ちゃんは基本狼の能力にキャラ進化が加算されてるんじゃ?」


来里の推測に晶とインドラはフーンと考え込みながら来里を見やる。


「なるほどね、つまりシャチ君はずっと象人間の進化を続けるのかな?」


「ほほほ、それはすごく良いね!

 でもシャチ君はずっとそのままでもいいと思うよ!」


「うえー?僕もっとカッコイイやつか強そうなキャラがいいんだけど。」


困惑する来里を見て晶は面白そうに話しかける。


「ハンドルネームも強そうだから【シャチ】にしたの?」


「違うよー、名前をもじったんだよ、姉ちゃんと一緒。」


「へ?どういうこと?」


要領を得ない晶に来里はインドラに断りを入れコンタクトを外し、

晶と一対一のコンタクトで説明する。

どうやら苗字の柘植つげを別の読み方でシャチにしたらしい。


再びインドラを加え三人で話を続ける。


「ほほほ、二人は仲が良くて羨ましい。

 ワタシも早く何でも話し合えるようになりたいよ。」


「そうだね、私も気兼ねなく話したいとは思うなぁ。

 HCの【推奨】がたまに邪魔に感じるよね。」


「うーん、でもHCは人間同士のトラブル回避のためにしてるからね。

 僕はある程度のルールは必要だと思うなぁ。

 その方が逆に自由を感じることが出来ると思う。」


「くはー、シャチ君は真面目だねー?」




晶は来里をからかいながらもまた【一切唯心造】について考えていた。


この楽しい時間も自分の心が造りだしているのだろうか?


自分の心に応えてくれるインドラと来里に自然と感謝の気持ちが芽生えていた。



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