星に願いを
キャラメイク画面を眺めながら晶は指が止まっていた。
その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
『うぅ……、ついにこうなっちゃったかぁ。』
晶の視線の先にあるパネルには選択できるキャラがひとつだけ表示されていた。
そう、選択肢がひとつだけになってしまったのだ。
タブリンの言葉通りの状況に晶は怯む気持ちを押し殺すことが出来ない。
少し顔色を悪くしながらその頬を両手で挟み込む。
『大丈夫、大丈夫。
みんなだって死に戻ったけど大丈夫だったんだ、
私もきっと大丈夫、大丈夫なはず、大丈夫であって、お願いだよぉ・・・』
晶はそろそろと指を伸ばし【狗賓】を選択する。
「どのアイテムを使用しますか?」
女性の声のアナウンスが流れる。
使用出来るアイテム欄には【生贄の魂】と【熊鬼の剛腕】しか存在しない。
『あ、もう【甲虫の角】とかは無いのかぁ。
【しゃくじょー】に吸収されたってことかな?』
いずれにしろ選択肢は激減してしまった。
覚悟を決めてアイテムを二つとも選択して【SRスタート】に触れる。
「それではゲームスタートです。
魔界の王を目指し、戦うのです。」
『え?アナウンスが変わった!』
晶は驚きと共に光の奔流に呑み込まれる。
そして気が付けば草原と林地の間の荒地に立ちすくんでいた。
『え?なんでアナウンス変わったんだろ?』
晶はいそいそと仲間たちにメッセージを作成し始める。
ナッキィあたりにいちいち送るなと言われそうだが、
晶は少しでも仲間たちとの意思疎通の機会を増やしたかった。
父親に似たのかも知れないな、と晶は微笑みながら送信していく。
メッセージを送信し終えて、晶はひと仕事終えたように額の汗を拭う仕草をする。
晶は仮想現実内でもこういった意味のない行為を好んで行う。
観劇趣味が影響しているのかもしれない。
ここで晶は自分の肉体に違和感を覚えた。
『おや?』
額に当てられた右手、そこから繋がる腕、肩、そうその【肩】の部分。
晶の視界に映る右肩には【小さな狼の頭】が付いていたのだ。
『ぐげぇ!なにこれ!?』
慌てて左肩も見てみるとこれまた同じような狼の頭が付いていた。
ぺたぺたと本来の頭を確認してみる。
【狗賓】と同じ角の生えた狼の顔のようだ、若干毛が長くなった気はする。
後ろ側の毛をファサファサとかき上げると少し気持ち良く感じた。
今度来里にブラッシングでもしてもらおうか、と考えながら右腕をおろす。
だがそこで再び違和感に襲われる。
『右腕が下がりきらない?』
右腕を持ち上げ自らの右脇腹を覗く。
そこにはもう一本右腕があった。
「・・・・・・。」
もはや言葉も出ない晶は同様に左腕ももう一本あるのを確認し、
その増えた両腕が自分の腹の前で合掌しているのだな、とぼんやり眺めた。
『へぇー、顔が三つになって、腕が四本になったかー。
へぇー・・・・・・』
放心状態になりながらも晶は現状を受け入れようと自分の身体を隅々調べる。
既にインドラが三つ首の象になっていたのを見ていた為、
落ち着きを取り戻すのに時間は掛からなかった。
インドラの例が無かったら確実にパニックに陥っていただろうと晶は思った。
『そういえばライも腕が四本あったなぁ。』
インドラに比べインパクトが弱かったが来里も同様の変化をしていた。
考えてみるとタモンの烏天狗も腕とは別に羽根が生えていた。
『なんとか使いこなさなきゃ、だね。』
改めて集中すると両肩の頭は五感を備えているようだ。
単純に感覚が三倍になるわけではないが、視界は広がった。
不思議な感覚にまだ慣れていないが、晶は三つ首を受け入れ始めていた。
『あとはこの両腕か、うーん、動かないなぁ。』
来里は危機的状況で急にもうひとつの両腕が動き始めたらしい。
晶もいずれ動かせるようになるのを期待して少しずつ練習し始めた。
動き始めて気付いたが、視点もやや高くなった気がする、
体格的にはペナルティは発動していないように思えた。
ここで晶は意を決したように立ち止まる。
『ふぅ~……、スキル確認しますか。』
デスペナルティの懸念がどうにも拭えない晶はおそるおそるスキルを見てみる。
『おぉ~、全然変わってない、良かったぁ~。
お?むしろなんか増えてる?
【吸気精】?ってのと【降魔】?ってのが増えてるなぁ。
どんなスキルなんだろ?』
名前だけではどんなスキルなのか晶には判別出来ない。
【SR】のゲーム内なため、検索することも不可能だ。
『さすがに新スキルのことをメッセしたらナッキィが怒りそうだなぁ。
自分で試して探るしかないか。
はふぅ~。』
晶はスキルが減っていないことに安堵感を覚え深く息を吐く。
そして以前同様に新スキルの発動方法を様々な動きをして調べ始めた。
だが今回は偶然見つけることも出来ず、遂には断念してしまった。
『ふんぬぅ~、これはあれかな?この動かない両腕に関係すんのかな?
だとすればもう諦めるしかないね、戦いながら探るしかない。』
晶は少しだけ空腹感が感じられ始めたところで移動を決意する。
『とりあえずザラタン殿にリベンジしたいもんね。
強くならなきゃだね、
ん~、砂漠が見えるけどどうしよっかな?』
強者の風格を湛えたザラタンに晶は敬称を付けることで賞する。
あの亀蟹を強くなるための師と感じており、侮ったり憎んだりするのは憚られた。
まずは近場の砂漠へ行くことにした。
砂漠ではまだNPCを数種しか見つけられていない。
強敵が潜んでいる可能性は高かった。
『ナッキィは【バジリスク】に負けたみたいだしなぁ。
私もまだ挑みたくはないなぁ。』
晶の感覚ではバジリスクはヒュドラの同等以上の強さが感じられる。
現状では真っ向勝負で勝てる気がしない相手だ。
出てきたら【瞬動】で逃げ出そうと心構えしながら砂漠に侵入していく。
『そういえば私のこれって【狗賓】から進化したってことだよねぇ?
三つ首で四つ腕のモンスター?なんだろ?ケルベロスとかかなぁ?』
晶は自分の正体がわからずモヤモヤする。
ハッキリと知るためにはもう一度死んでキャラメイク画面で確かめるしかない。
それは嫌だな、と晶は鼻皺を寄せる。
晶は極力負けたくないのだ。
後で母方の祖母エミリィに訊こうと決めた晶は周囲を眺める。
既に大蠍は全て逃げ出している。
亡霊も近付いてこない。
唯一デスワームだけが相手をしてくれるようだ。
地中を泳ぎ近付いてきてくれるデスワームに晶は感謝すら覚える。
ゴバァッ
地中から砂を撒き散らし跳び上がって登場したデスワーム。
晶は慣れた動作でその突き上げ攻撃を躱し伸びた胴体へ再接近する。
そして電撃を伴う竜巻パンチと礫を伴うキックを容赦なく叩き込んだ。
デスワームのぬめりを感じさせる胴体は即座に砕け散り電子の塵へと変わりゆく。
胴体から頭と尻尾へ火が燃え移るように塵になる様は不思議な光景に映る。
「ミミズくん、キミたちのおかげで私、こんなに強くなれたよ。
ミミズくんももっと強くなるのかな?
新しい技とかあれば見せて欲しいんだけど。」
消えゆくデスワームに晶は語りかける。
もしかしたらハルピュイアのように強くなる個体が出てくるかもしれない、
晶はそう考えてなるべく多くのNPCに語りかけたいと考えていた。
『でもマンティコアとかフルフルとは話したくないなぁ。』
誰しも好みというものはある、晶にも受け付けないNPCは存在するのだ。
それから晶は寄ってくるデスワームを全て直接打撃で斃し続けた。
デスワームは新技を繰り出すことなく、同じ動きを繰り返す。
その数が二桁を越えさらに何匹か倒したところで新スキルが得られた。
『【土竜大将】かー、
よくわかんないけどミミズくんはもう寄って来ないなぁ。』
晶は空腹が収まらないまま砂漠に佇む。
早く強敵が現れないかと心待ちにしている状態になっている。
そんな晶の頭上から待望の強敵の声が聞こえてきた。
「鬼女よ、数多の屍を糧にしてきたようだの。
業深き鬼が跋扈するこの地獄はまさに畜生道よな。」
晶が見上げると、そこにはなんとも不可思議な生物がいた。
大きな獅子の頭に動物の脚が五脚等間隔に付いた怪物が浮かんでいたのだ。
「鬼女って私のこと?私ってどう見ても人狼じゃない?」
晶の問い掛けを不思議生物は鼻で笑う。
「貴様は自分のことが分かっておらぬようだな。
貴様のその血に飢えた姿は鬼そのもの。
【星狼鬼】で間違いあるまい。」
不思議生物の言葉に晶は何故か疑問を抱かなかった。
なるほどそうなのか、とすぐに納得した。
「ならば【タラカースラ】が一影、我が名は【アスラ】。
貴公も名乗られいっ!」
この晶の名乗りに不思議生物も微かな驚きと共に応える。
「ふん、50の軍団を率いる序列10番の地獄の大総裁、
星の【ブエル】とは我輩のことだ、さっさと墓の下へ赴くがよい。」
ブエルの静かな言葉と共に晶の周囲には音も無く怪物の群れが現れた。
それは奇怪な生物の群れだった。
頭は獅子のもの、胴体は山羊、その背には蝙蝠の翼が生え、尻尾は蛇なのだ。
そんな怪物が十数頭で晶を取り囲む。
「【キマイラ】だね、
【ブエル】、部下はこれだけ?
この子たちだけじゃ私は倒せないよ?」
「な、な、な、なにおぅ?
減らず口を後悔しながらくたばるがよいわぁ!」
この晶の挑発にブエルは簡単に乗せられてしまい声を荒げる。
戦局に応じて繰り出すはずだった残り二団も繰り出してしまった。
猿の頭に虎の脚、狸の胴体に蛇の尻尾なのは【鵺】という妖怪、
山羊の上半身に魚の下半身なのは【カプリコーン】という怪物、
どちらも後に祖母エミリィに教えてもらい名前が判明したものだ。
そんな怪物がそれぞれ十数匹出現した。
だが晶は落ち着いている。
【ザラタン】に勝つにはこの程度の怪物は蹴散らさなければ話にならない。
晶が肌で感じている怪物たちの【強さ】はザラタンに比べ微弱なものだった。
「【ブエル】、じゃあ戦おうか。
私とキミたちと、どちらが生き残れるか、
いざ!勝負っ!」
晶の勇ましい啖呵が切られ、砂を舞い上がる風に煽られるように、
怪物たちは躍りあがり敵目掛けて殺到していくのだった。




