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現れた怨念


晶は手に入れた【甲虫の角】をどうにか使おうとしたが、

半透明のパネルをどういじくっても何も変化は起きなかった。

何か要素が足りないのだろうか?

それは新たなスキルか、それともキャラクター自体か、

いずれにしろ今の状態では何も出来ないのだろう、

晶はそう判断してパネルを消した。


『おお?

 なんか視界が高くなったような?

 身体、おっきくなった?』


微妙な違いだろうが、確かに視界の位置が変わったように思う。

足が伸びたのか全体に大きくなったのかは分からないが、

身体に変化があったのは間違いない。

甲虫に勝った影響は様々にもたらされていた。


『よし、もっかい山に向かってみよっかな。』


晶は山に向かって駆け出す。

体内時計の感覚だと、そろそろHCヒュージコンピュータから

ゲーム終了を告げる推奨メッセージが届きそうな頃だ。

その前に少しでも今までと違う景色が見たかった。


途中、何度か芋虫は見かけたが無視して先を急ぐ。

空腹感は未だ襲ってこない。

好都合とばかりにどんどん山に向かって走り続けた。

途中大きな兎がいたのでプレイヤーだろうなとは思ったが、

今は時間が無い、と誘惑を振り切り駆け抜ける速度は緩めなかった。


どれくらい走っただろうか。

晶は小さな沼が連なっている場所に出た。

その沼は泥混じりで全く透明度が無い。

下手をすれば底なし沼というやつかもしれない。

沼にハマらぬよう注意しながら速度を落とし慎重に進む。


さすがに空腹感が晶を襲い始めていた。

しかしこの異様な景色を目の当たりにしてはその感覚も薄れる気がする。

紫の空を反射させる泥沼はさながら地獄という世界の光景に見えた。


ふと進む方角に枯れ木が何本か連なる場所を見つけた。

そしてそこに人型の何かが立っているのが分かる。

それはかなりの大きさに感じられる。

現実の晶の三倍か四倍はありそうなほどの高さだ。

しかし全く動かない。

生物ではないのだろうか。

ここで晶はその狼の嗅覚で離れた場所にいる巨大な人型の様子を窺う。


『うわ、くさっ!

 あの子供みたいなヘンテコ生物と似てる臭いだ。

 じゃあアレもNPCノンプレイヤーキャラなのかな?』


晶は泥沼を避けながら慎重に近付いていく。

どうやら巨大な人型は植物のツルのようなもので組み上げられた人形のようだ。

頭部には人間の顔を模した仮面が付けられている。


『あ、な~んだ。

 人形かぁ・・・

 ん?

 でも何か変だな?』


晶がその弱い視力ではなく、嗅覚で人形の気配を探るとすぐに気付いた。


『ぐぇっ!

 植物の中に動物の死体がギッシリじゃん!

 キンモッ!キモキモ気持ち悪ぅーーっ!!』


そう、巨大な人形を形成するツルの中には、

ヤギやヒツジなどの動物の死骸が編み込まれていたのだ。

その異様で背徳的な腐肉の塊に晶は嘔吐感すら覚えた。


晶が思わず後ずさりすると、


ミシミシ、と音を立て巨大な人形は動き始めた。


『ぐげげー!

 やっぱり敵だったー!』


そしてそれに呼応するように晶の周囲には

人型の骨が土の中から次々と姿を現してくる。


『うわー!

 スケルトンだー!

 めちゃめちゃいるじゃーん!

 に、に、に、逃げるっきゃない!』


周囲を見渡し逃走経路を見出そうとするがどこにも穴が無い。

というかスケルトンたちは十数体はいそうだし、

その手には枯れ木が材料と思われる棍棒を持っており、

状況は絶望的に思われた。


周囲を取り囲むスケルトンの群れ、

前方から近づいてくる巨大な腐肉人形。


『えぇーい!

 イチかバチかってやつだー!』


晶は全力で巨大な腐肉人形に向かって走り出す。

その股の間を抜けてこの場からの逃走を図ったのだ。


ボタ、ボタ、


その人形の股下部分にヤギやヒツジのゾンビが落ちてきた。


『ぎぃえー!きんもーっ!』


慌てて急停止をする晶、


そしてその頭上には腐肉人形の巨大な腕が振り下ろされた。


「ぐきゃっ!」


拳骨を喰らったような痛みに目を回した晶はそのまま暗闇に呑み込まれていった。



晶は白い世界に戻されていた。

先ほどの戦いの際にHCからメッセージが届いていたのは分かっていた。

確認すると案の定推奨メッセージだ。

健康維持のため本日のVRゲームはここまでにするのが望ましいとのことだ。


『まぁHCの言う通りなんだよね。

 慣れない四足歩行とか五感の違いで結構クタクタだなぁ。』


晶はホームに戻り、ほかのメッセージの確認を終えると電子世界から帰還した。



自分の部屋を出て居間に入ると祖父母がお茶を飲んでいた。

晶は祖母の傍に座り込みながら身体をすり寄せる。


「あー、アキも飲むー!」


「はいはい、いま持ってくるね。」


「ハナ、甘やかしちゃダメだ。

 アキラ、自分で持ってこい、もう14歳だろ?」


「ぶぅ~、じぃじの意地悪ぅ~。」


不貞腐れる真似をしながら晶は立ち上がり、

キッチンへ向かいロボットのパネルを操作する。


冷たい紅茶が入ったセラミック容器を片手に、

晶は鼻歌を歌いながら居間へ戻る。


「ねぇねぇ、じぃじ、ばぁば。

 【SRシックスロード・リィンカーネーション】の話ぃしていい?」


「おう、ウサギとネコの次は何になったんだ?」


「あのねあのね、オオカミだよ、

 ワォーンって吠えてぇ、ばんばん敵を倒したんだよ!

 でも最後はゾンビとかスケルトンに囲まれてやられちゃったぁ。」


「あらぁ、どんな敵倒したの?

 ばぁばに教えて?」


「うんうん!

 あのねあのね・・・」


晶は祖父母に午後から再開した【SR】についての説明を始めた。

話の中で晶にはその詳細がわからなかった

奇妙な生物や巨大な人形についても言及した。


「なぁ~んかね!

 くっさくて、きんもち悪いの!」


「それ、多分じぃじ知ってるぞ、その子供みたいなやつ。」


「えぇ~?

 なになに?

 あいつ何なの?」


「そいつぁ【餓鬼がき】っていうまぁ日本の妖怪だな。

 地獄にうろうろしてるやつで、常に腹ぁすかせてる下っ端妖怪だ。」


祖父は少し得意げに餓鬼について説明している。


「へぇ~、妖怪かぁ~。

 なんかほかのゲームで見た気もするかも?」


「そのおっきい人形、ばぁば知ってるんだよ。」


「えぇ~?あれは何なの?」


「フィンランドに伝わる生贄いけにえの人形だよ。

 【ウィッカーマン】って名前。

 ばぁばの国でもそういうお話、伝わってきてたの。」


「へぇ~、ドイツとフィンランドって近いんだっけ~?」


晶は祖母のハンナの膝に頭を乗せ寝っ転がりながらその白い顔を見上げる。


「ん~、日本よりは近いよ。」


「えへへぇ~、そうなんだぁ~。」


「ばぁばよりもエミばぁばの方がそういう怪物とか悪魔の話、詳しいよ。」


「えー?なんでだろー?」


「エミばぁば、いっぱいゲームしてて、

 そういうのいっぱい調べたんだって、すごく詳しいよ。」


「へぇ~、

 じゃあまたわかんないヤツ出てきたら訊いてみよぉ~。」


「アキラ、日本の妖怪ならじぃじ分かるからな。」


「わかってるよもぉ~、じぃじったらぁ~。」


孫にいいとこ見せようと対抗心を燃やす祖父に笑いながら、

晶は家族の団らんの時間を幸せに感じていた。

戦いしかない【SR】の殺伐とした世界、

それはこんな平和な現実をより有り難く感じるために作られたのだろうか。

それがいくつかある正解のうち一つではないか、と晶は思案する。

タモンが言っていた【HCの意図】、それがずっと心にしこりを残していた。


父と母を加え五人で夕飯を食べ終え、

しばらく団らんの時間を楽しみ、晶はまた自室に引き篭もる。


【SR】についてのフォーラムに参加するためだ。


いつもの健康診断をクリアし、ホームの空間に至る。

ディスタンスモードで自分の姿におかしいところがないかチェックする。

以前個性を強調するために大きいリボンの装飾を付けたことがあったが、

あれは大失敗だったと晶は強く反省している。

何事もやり過ぎは良くない、と猛省している。

会う人みんなにニマニマと笑われたのは今でも腹立たしい思い出だ。


『ほどほどでいいんだよね、何事も。』


そんなことを思いながらパネルを操作して【SR】のフォーラムを検索する。


いくつかある中で、晶はハンドルネーム検索をしてみた。

まずは【タモン】を調べる、タモンとはもう一度話したいと感じていた。

しかし、残念ながらどのフォーラムにもタモンはいないようだった。

次に【バビロン】を調べてみる、どうやらいるようだ。

しかし、晶はだまし討ちされた相手と仲良く話す気分ではなかった。

なんとなく調べただけだ。

最後に思い出した名前を検索する、【ナッキィ】だ。

どうやらナッキィもいるようだ。

晶はナッキィのいるフォーラムに向けパネル操作で移動を開始した。


移動空間を抜けると見慣れたフォーラムの出入り口へと到着した。

すり鉢状の空間になっており、円形にテーブルや椅子が設置されている。

それぞれ思い思いの場所で適当な相手と話し合い、

自由に参加し、自由に退席している。


晶はパネルを呼び出し【ナッキィ】を再検索する。

すると一人の女性の頭上にマークが光るのが感じられた。

その女性の許へ人混みを避けながらするすると近寄る。


「あの、すいません。

 【ナッキィ】さん、ですか?」


晶が話し掛けた相手は褐色の肌で短髪の眼光鋭い女性だ。


「え、そうだけど。

 あなたは?」


どうやら同時翻訳機能は正常に働いているようだ、

晶はホッとしながら返事をする。


「私、アスラです。

 さっき【SR】で勝負した。」


「アァーオ、アンタがアスラか。

 いまあん時のアンタの鳴き声の話をしてたの。

 みんなとも話そうよ、おいで?」


「あ、はい!」


それまでも【SR】の話をしていたのだろう、

フォーラムだから当たり前だが。

ナッキィが話していたグループに晶も加わり、

スキルや強くなっていく傾向、進化の予測などを話し合った。

狼の【遠吠え】にはやはり威圧効果があるようだが、格上には効かないらしい。

晶もやられたウィッカーマンには全く効果がなかったそうだ。


「あのウィッカーマンってやつ、強過ぎだよね?」


そんな晶の意見にほかの面々も次々賛同する。


「あれはあのエリアのボスなんだろうな、桁違いの強さに感じた。」

「周りに湧いて出るスケルトンも結構な数だろ?

 あれって単独では無理なんじゃない?」

「こっちも協力体制で挑む、ってことか?

 でもウィッカーマンにトドメを刺したやつが有利になっちまうだろ。

 そこはどうすんだ?」

「なるほどな、

 みんな強くなるわけじゃないのか。」


うーむ、と議論に停滞感が漂う。

【SR】は他のゲームと違い、

協力して敵を倒してもトドメを刺したものが力を総取りらしい。

まるでHCがプレイヤー同士の協力を阻害しているかのような設定だ。


「一人ずつ順番に挑むか?」

「誰も最初に行かないやつじゃん、それ。」

「それに倒せそうになったら順番守らなくなりそうだしな。」

「【SR】内だとみんなモラルを失うみたいだな。」

「たしかになぁ、腹減ってるのも影響すんのかな?」


また議論はその展開スピードを鈍らせる。

ここで晶はナッキィに話し掛ける。


「あ、ナッキィ、そういえばカブトムシ、倒したよ。」


「へぇ~、やるじゃん、アスラ。

 どうやって倒したの?」


そこで晶はナッキィに甲虫かぶとむしとの激闘を語り出す。


「なるほどね、あの薄羽かぁ。

 大蛇だとその方法は使えないね。」


「えー?

 躱しながら噛み付けばいいんじゃないの?」


「蛇は噛み付いて毒を流し込まないと勝ち目がないんだよ。

 噛み付きに大した威力は無いの。」


「そうなんだぁ。

 じゃぁ、脚か首関節に噛み付けばワンチャンあるかも、ぐらいかな。」


「いや、それやるくらいなら素直に狼でやり直すよ。

 でも蛇には蛇の戦いやすさもあるからね。

 カブトムシには相性悪いだけで。」


「そっかぁ~、

 あ、でもカブトムシ倒せば【甲虫の角】手に入るよ?」


この晶の発言に周りの面々は一気にざわつく。


「なんだそりゃ?

 え?アイテム確認の欄?聞いたことねぇぞそんなの。」

「カブトムシ倒したやつはいたけどそんな話聞いてないな。

 あいつ隠してたのかな?」

「いや、確率の問題なんじゃないか?

 激レアアイテムかもしれないぞ、それ。」


だが、晶がその使用方法が不明であることを告げると熱は冷めていった。

やはり低確率ドロップアイテムであるだろうとのことで、

何かしらが進化した際に使用可能になるのではないかという結論に達した。


色々【SR】について面白い話は聞けたが、

ナッキィが退席するのに合わせて晶も退席することにした。


「じゃあねぇ、ナッキィ。

 また会おうね。」


「あぁ、またね、アスラ。

 今度【SR】で会ったら負けないよ。」


「うふふ、こっちの台詞だぁ。」


仮想現実の中で二人は手を振り合い別れる。


晶はホームに戻ると人工知能の授業の中から

古代の妖怪や悪魔についての講座を見つけ、

少しの間聞いていたが、何か味気ないものを感じ、

母方の祖母、エミリィに教えを乞うべくパネルを操作し始めた。


祖母エミリィと祖父レオナルドとの

団らんというには少しオカルト色の強い話を終え、

晶は仮想現実を終了させ、ポッドから身体を起こし、

単身型全包ベッドに移動してその身を沈み込ませていくのだった。



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